10.愛の対決? 槍萌えvs脂肪燃え
魔法剣士リコルは商人の娘モニカを捕えていた海賊5人を叩きのめし、残るは奥に控える用心棒のみとなった。
彼女は油断なく槍を構え直すと──巨漢の、いや常人の三倍は横幅があろうかという太ましい姿がゆっくりと立ち上がった。
「──ようこそ、美しいお嬢さん。
私はオークロード。脂肪界随一の紳士で通っている者です。
もっとも、今はしがない用心棒でしかありませんがね」
「ご、ご丁寧にどうも。わたしはリコル。モニカちゃんを助けに来た冒険者よ」
直立した豚そのものの容貌から想像もつかぬ美声で丁寧に自己紹介され、思わずリコルもお辞儀をして挨拶を返した。
「リコル殿、ですか。良いお名前です。
しかも先刻の素晴らしき愛に満ちた口上!
貴女がいかに槍を愛するお方なのか、よーく伺い知る事ができました」
「貴方は──分かってくれるの?」
「勿論です! 私とて我が身に宿す皮下脂肪をこよなく愛し、この美しき肥満体型を維持するために、日夜たゆまぬ努力を続けている身!
さしずめこの戦い。槍を愛する貴女と、脂肪を愛する私との──『愛の対決』と呼ぶに相応しい」
二人のやり取りを遠目で見ていたモニカは、何やら心がモヤモヤしていた。
(何かしら、この会話……! シリアスなのよね?
あたしを巡っての最終決戦! 盛り上げなきゃーって思うのに。
何でだろう、そこはかとなくツッコミ入れたい……!
これがアル爺の言っていた『笑ってはいけない』状況って奴かしら……!)
「貴方、海賊に雇われているだけよね? この船に乗ってる海賊たちは、わたしの仲間が間もなく片付ける。
雇い主がいなくなっても戦い続ける気なの?」
「ふッ……私は雇い主や金のために戦っているのではないのです。
言うなれば己のため。仮に戦いを止めるにせよ、己の信条に決着をつけてからでなければならない!
貴女に味わっていただきましょう。我が体内の悪玉コレステロールの恐ろしさをッ!」
「確かに恐るべき響きを持つ謎の言霊ね……! でも何故かしら。
その恐ろしさ……一番味わいそうなのは貴方自身のような気がするわ……!」
オークロードはさらに一歩前に進み──全身が露になった。
すっぽんぽんだった。
「──えっと、あの──オークロードさん? 服はどうしたの?」
「あ──失礼。モニカ嬢に我が美しき宴会芸『たゆたう波の腹踊り』を披露すべく着替えの最中だったのです。
よもやこの時を狙いすまして襲撃に来るとは、やりますねえお嬢さん!
油断です。まさに一瞬の油断」
「上で現在進行形で戦闘の喧騒聞こえてるわよね。
にも関わらず着替えてるとか、一瞬どころじゃなく油断しまくりでしょ貴方」
「せめてズボンを履いてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ──わたしとしても全然嬉しくないサービスなんで……」
という訳で、オークロードが戦闘用のズボンを履き終えるまで待つ事になった。
3分後。豚はだぼついたズボンと首飾りを身に着け、そして得物たる大剣を手にし、改めてリコルを向き直った。
「お待たせいたしました、お嬢さん。
さあ、始めましょう! 我が肥大化した脂肪細胞の名にかけて!」
「じゃ、じゃあわたしは竜槍ドラグニルにかけて……」
オークロードは大剣を振りかぶろうとして──船倉の天井にぶつけた。
『あ』
巨漢の豚亜人が振り回すのに相応しい、長く重い得物は──船内で振り回すにはいささか不都合なようだ。
オークロードはしばし試行錯誤していたが──やがてどうにもならないと見切りをつけ、大剣をそこら辺の床に捨てた。
「ふッ……有利な地形を戦いの場に選び、早くも我が武器を封じるとは。
見事な手腕と智謀です、美しいお嬢さん。久々の強敵の出現に、我が全身の動脈も滾って硬直化待ったなしです」
「…………」
もはやどこからツッコんでいいか分からない、奇妙で危険な香りのする発言に、リコルは押し黙ってしまった。
「仕方ありませんね。この技だけは使いたくなかった──
私にとっても危険を伴うのですが、背に腹は代えられません」
徒手空拳となったオークロードは──拳法の構えのような、腰を沈めたポーズを取った。
「はああああ……! 燃え上がれ我が体内脂肪よ……!
拳に宿り、敵を撃つ炎となれ……!!」
ゴウッ!
直立した豚の全身から、白熱したオーラのようなものが立ち上ったかと思うと──その太い両の拳が炎に包まれた!
「!?」
「ふッ……驚きましたか? これぞ脂肪界に伝わる秘奥義!
体内の脂肪を爆発的に燃焼させ、その熱を両の拳に一点集中する事で、炎を操る妙技なのです!」
「そんなッ……武器に炎を宿す魔法とかはよく耳にするけど……!
貴方、自分の両手に炎なんて纏って……熱くないの? 大丈夫?」
「愚問ですね! ちょっと熱いけど我慢しているに決まっているでしょう!」
「ちょっと熱いんだ……我慢しなきゃいけないんだ……
どうしよう、何かしら。この凄いんだけど微妙に凄くない感……!」
しかし、馬鹿馬鹿しいからといって楽観視はできない状況だった。
両手に炎を宿したオークロードは──次の瞬間、信じがたいスピードでリコルに突進してきた!
寸での所で躱したものの、オークロードは勢い余って部屋の壁を突き破り、盛大に破壊する。
炎の技よりも、警戒すべきはその圧倒的な質量だ。巨大な脂肪の塊とはいえ、猛スピードでぶつかられたらリコルとて重傷は免れないだろう。
「図体の割に、速いわね貴方──!?」
「巨大であれば動きが鈍い──それは誤った固定観念というものですよ。
ひとつ教えて差し上げましょう。南方の巨大な半島国家では、私のような体型を維持したまま、キレッキレの舞踏を踊れる者が王の証を得るのです!」
拳に炎を宿したオークロードの怒涛の突進がリコルを襲い続ける!
体格差もさる事ながら、躱した直後にすれ違いざま槍で切りつけても──分厚い脂肪に阻まれ大した傷を負わせられない。圧倒的なパワーの前に、小手先の槍技は用を成さない事は自明の理であった。
しかし──しばらくすると、二人の戦いを見ていたモニカが突如叫んだ。
「どうしよう……! なんかお腹が空いてきちゃった!」
まったく緊張感のない発言。しかし──リコルも気づいた。
鼻を心地良くくすぐる、美味しそうな匂いが辺りに立ち込めている事に。
原因はオークロードの炎による、両の拳の焼けた香りであった。
「確かに香ばしい……! 豚肉が食べたくなってきたわ!
あ、そうか。オークロードさん! 貴方がさっき『危険を伴う』って言ったのはそういう──」
「違いますよッ!? 断じて違います!
長時間燃やしているとさすがに火傷するって話でして!
……二人して私を物欲しそうな目でジロジロ見ないでいただきたいッ!?」
飢えた女性二人の恐ろしい視線を受けて、用心棒たる肥満の紳士は悲痛な叫びを上げたのだった。
(つづく)




