01.謎の生物? フユウオを求めて
《 主な登場人物 》
リコル 魔法剣士の少女。真の「竜槍」を求めて奮闘中。
セニア 忍者。イザリ家の現当主スズセの妹。放蕩娘。
ジン 侍。空気が読めない男。セニアの恋人。
ここは東方の港町、シレトゥクの魚市場。
その中をかけずり回っているのは、小柄な少女と、鎧姿の青年。
「あーもーッ! ない! ないじゃないの!
今旬のフユウオがっ! どこにもッ!」
少女は目的のモノが見つからずいきり立っており、青年の方はそれに引きずられている、といった様子だ。
声を荒げている少女の名はセニア。
幼い容姿と子供っぽい仕草に似合わず、イザリ家を束ねる頭領の血を引く、忍者である。
引きずられている青年……は、実は青年ではなかった。リコルという名のれっきとした女性。職業は魔法剣士。竜槍「ドラグニル」の元・所持者であり、訳あって命を狙われてしまっている。今、男装しているのも敵の目を欺くためであった。
実はもう一人、ジンというセニアの恋人の少年も一緒に出てきているのだが……現在は別行動。彼もリコルと同様、命を狙われてしまっているため……まあ、それは後ほど語るとしよう。
「……ねえ。いい加減あきらめた方がいいんじゃない?」
リコルはおずおずと、息を切らせているセニアに申し出た。念には念を、というセニアの案により、リコルは声色を低くする飴を使っているため、いつもより声が太い。
追っ手から逃れるため、リコルとセニア、そしてジンは、シレトゥクの町に到着するとイザリの屋敷に匿ってもらう事になった。
実に一週間もの間、三人はイザリ家から出る事を許されなかった。その息抜きという意味合いもあり……セニアたっての願いで「フユウオ」なる秋の旬の魚の買い付けに付き合う事に。
だがセニアからフユウオの話を聞く限り、その容姿はまっとうな魚ではなく……異形の怪物のようだった。リコルはすっかり食す気がなくなっていた。
「なーに言ってるのよ! 飛び出さんばかりのつぶらな瞳と触覚! 一度食べたら夢の中に出てくるほどの忘れられない珍味! 今が一番脂が乗ってて美味しい時期なんだから! こーなったら意地でも見つけてやるのよ!」
セニアはチャレンジ精神をメラメラと燃やし、ぐっと力強く拳を握る。リコルのか細い抗議はあえなく却下された。
しかし妙だ。朝の早い段階から魚市場まで足を運んでいるというのに、フユウオらしき姿はどこにも見当たらない。この調子では別行動で市場の反対側から回っているジンの収穫も期待薄かもしれない。
市場の中には他の客の姿も大勢見える。キョロキョロしているところを見ると、どうやらセニア達と同様の品物を探しているらしい。外見はともかく、人気なのは確かなようだ。
「うーん……でもさセニア。これだけ探しても見つからないって事は、とっくの昔に誰かが買い占めちゃったんじゃ……」
「許すまじ独占! 許すまじブルジョワって感じね!」
「うん、だからあきらめ……」
「かくなる上は、そのブルジョワ野郎を見つけ出すのよっ!
そして頼み込んで1~2匹譲ってもらいましょ!」
「え、でも……」
「だーいじょうぶ! まだ日が昇ってからそう時間経ってないわ!
探せば見つけられるハズよっ!」
どこまでもポジティブシンキングというべきなのか。
「どこぞの金持ちが買い占めた」というリコルの推測は、セニアの闘志の火に油を注ぐ結果となった。
またズルズル引きずられる。リコルが違う意味での諦めの境地に達した時。
「お待ちになって! テオ様!!」
突如として、鈴の音のような幼い女の子の声が、背後から響いた。
その言葉にリコルはビクリとした。「テオ」というのは……他でもない、リコルの弟の名前である。
まさか、そんなはずは……辺りを見回す。
今は遥か遠い西方の地にいるはずの弟の姿は、ない。
空耳か? しかし……後ろを振り向けば、そこには小さな10歳前後の女の子が、ちょこんと立っていた。少し汚れているが見るからに古着ではない上等な衣服と、丁寧に手入れされた金髪が、少なからず庶民の娘とは違う、上品な雰囲気をかもし出している。
それだけなら市場にうっかり迷い込んだどこぞのお嬢様といった風だが……奇妙な事に、豪華な装丁がなされた大きな本を、大事そうに両手で抱えるように持っている。
「……え、えと……」
セニアも突然の事で混乱しているらしく、言葉が出ない。彼女もテオの名前は知っている。どころか、かつて一緒に冒険をした事もある間柄だ。
「テオ……って、もしかして……」
女の子は夢見るようなうっとりした視線をセニアの隣にいる……男装したリコルへと向けている。
「テオ様! 英雄騎士のテオ様よねっ!
感激っ! ホンモノだわっ!! アル爺の言った通り!」
嫌な予感は的中した。
どうやらこの女の子。リコルの事を「テオ」と勘違いしているらしい。
しかもこの反応からして……盛大に脚色され、後の大ベストセラーとなる「テオ語録」の愛読者である事は、間違いないようだった。
(つづく)