レイン家にて。 1
「うふふ、ジョセフィーヌの毛並みは最高ですわね」
俺がリリスに召喚されてから一週間が経った。
結局名前はジョセフィーヌに決定してしまった。二十歳手前の日本人男性にジョセフィーヌ……。
リリスは余程俺のことが気に入っているのか、それとも処分される可能性から守ってくれているのか、四六時中一緒にいる。一応お手洗いの時だけは逃げている。
妹の世話してたから思う部分はないものの、もう少し恥じらいをですねぇ。あ、犬に使う気はない?そうですか。
ちなみにこの体は食事も排泄も必要としない。魔物って便利ね。
「ああ、ここ。ここですわ。耳のコリっとしたとこが最高ですの」
まあ、弊害がないわけではないが、情報収集としては今の状況は大変役立っている。食事の際は専用の椅子(召喚した次の日にはできてた)で美味しいお肉を食べながらリリスの両親から様々なことを聞けたし、謹慎中での学習のため、教育係がいるのだが、その話でもなかなか学べた。
まずここはレーヴァ王国という国。貴族、王族の権威が強く、特にここ、レイン家を含めた四公爵家はかなりの強権。さらに四公爵家にはそれぞれ担う属性(火水風土)とそれに対応した秘密兵器があるなんて食事の場でオヤジさんがポロっと言ってた。その流れだと王家がとんでもないもの持ってそうで怖い。
あとプチドックがいかに使えないかを良く知った。そりゃもう懇切丁寧に説明された。
いささか心に傷を負ったものの、魔物の知識はなかなか興味深かった。
「しっぽ。しっぽって素敵ですわよね。もう名前の響きからして素敵」
まずランク。プチドックは最低ランクのG。強さは子供でも倒せる強さ。
……逆に考えるんだ! 子供に危害を与えない適度な遊び相手だと!
あ、むり? そうですか。
お次は属性。高位の魔物なら複数の属性を持っていたりするらしいけど、この犬は無属性のみらしい。
火は攻撃、水は回復、風は万能で、土は防御や物理攻撃として重宝される。光は日中なら最強属性で、闇は精神系の魔法が使える。だが無属性はほぼ価値がないそうだ。
……いじめかな?
「なぜ!? なぜ肉球とはこんなにも絶妙な弾力なのでしょう!?」
でも、それとは別に気になることが多々ある。魔法とか、魔物とか、そういうファンタジーでのお約束については楽しく学べたが、どうも貴族、というより教育係が教える「貴族の矜恃」に歪に感じるのだ。
明らかに平民に対する差別意識をすり込んでいたり、年齢に見合わない、リリスが理解出来ないことを、こうである! と信じ込ませるような教育をしているのだ。
どうも色々きな臭い。リリスが謹慎になった理由は知っている。婚約者の第一王子に近寄ってきた平民の女の子に対して、お茶会で差別意識全開で攻撃。その内容を女の子が王子に報告。それに怒った王子がリリスとの婚約を破棄。同時に退学にまで追い込もうとしてリリスの両親から待ったがかかったわけだ。
「あらあらあら、ジョセフィーヌは男の子ですものね。やっぱり将来のために番を探すべきかしら」
やめてっ! そこはデリケートなのっ! セクハラで訴えるわよっ!
……こほん。
まずおかしいのが平民の女の子。王子から好意を抱かれて恋仲に陥るならば王子ちょっと立場考えようねーで理解できるが、どうやら女の子から近づいてきたらしい。憧れを抱くのはわかるが、どう考えても王族に恋仲を求めて近づくのはリスキー過ぎる。それともそのリスクがわからないほどの天然娘なのか。まあ、レイン家目線だから修正が入っている可能性は大いにあるが。
次に王子。婚約者がいて、王子という立場。しかも婚約者相手は王家としても意向を無視できない四公爵家の御令嬢だ。それが平民の女の子のために公共の場で断罪を行うか? 普通の感覚ではない。王族に普通なんて求めるべきじゃないかもしれないけどさ。
最後にリリス本人。両親からも差別意識について言及されているのに違和感を感じていない。まるで差別することが常識であるように思い込んでいる。だが、あの時のメイドに対する怒りを見たとき、確かな賢明さを感じたのだ。決して差別意識に気がつかない愚かな子ではないはず。
ならば……。
「ジョセフィーヌ……ああ、ジョセフィーヌぅぅうううう」
落ち着きたまえ、リリスよ。