プロローグ 1
「やっと手に入ったよ、つかれたぁ」
俺は駅前のケーキ屋の前で、二時間粘って買うことができた「さっぱり苺のショートケーキ」を抱えて息を吐く。オシャレな店から出てきたジャージ姿の俺に若干不快な視線を向ける人はいるものの、都会らしく数秒経てば空気に馴染んだ。
「いくらなんでもケーキに二時間はない、もう絶対に行かない」
妹の高校合格のお祝いにあいつが前から気にしていたケーキを買うことにしたものの、世間様の甘味にかける情熱を少々甘く、いや、煮詰めた果汁に砂糖を大量投入するくらい甘く見ていた俺は、どうせこれだけ時間をかけても「おなかいっぱ~い」とか言って平気で食べ物を残しやがる素敵な女性陣の熱烈な視線を全身に浴びながら、話題のスイーツ店で孤高奮闘してきた。てかジャージそんなに嫌? 店員さんすら若干の否定の感情見え隠れしてたよ?
ここまで頑張ったのもシスコンとまで言われるほどではないものの、それなりに大事にしているあいつのため。戦利品を抱え、これから兄は自宅に帰還します!てな感じですぐ帰るはずだったんだけど、目の前に妹の姿。そしてあいつが持っているものにはとても見覚えがある。
「「かぶった!?」」
残念ながら考えることが若干似ているらしい。なんせ俺も先日志望大学に合格した身だからだ。
俺たちは、普段は生クリームが苦手であまりケーキは食べないものの、お祝いごとがあるとは一緒にケーキを食べたがる。おそらくあのなかには俺の好物のあれが入っている。
「買ったのは?」
「「ショートケーキとモンブラン」」
「「やっぱり」」
こいつはショートケーキが、俺はモンブランが好きで、大抵の場合その二つを買うことになる。普段なら相手の好みを悩まなくていいのだが、今回はそれが仇になったらしい。
「ま、しかたないか。一個づつ食べよう」
「はーい」
俺の「妹を驚かそう大作戦」は若干の不具合が発生したものの、一応は驚かせたことと、横にいるこいつを笑顔にできたことで成功とみなそう。うむ。
帰り道にいままでの受験のストレスを言葉と一緒に吐き出すように、好きな漫画やアニメ、ラノベとかの話をする。
お互い好みのジャンルは少し違うが心地良い時間だった。
だけど、そんな時間は突然終わりを迎えてしまった。
「お、お兄ちゃん。足元になにか……」
「え?」
目線を下げると地面に色とりどりの光を放つ魔法陣みたいなものが描かれていた。
そこで俺はなんとなく、察する。
「あー、一緒にケーキ食えなくてごめん」
「なんで平然としてるの!?早く逃げてよ!」
「いやー、なんでか気づいたら体が動かなくてねー」
さっきからなんとか動こうとはしているものの、金縛りにあったように首から上しか動かせない。
あいつが顔を真っ赤にしながら俺に近づこうとして、見えない壁に阻まれている。どうやら俺限定の魔方陣らしい。
「私を一人にしないでよ……なんでみんな置いていくの!?ねえ!!」
妹は見えない壁を叩きながら必死に訴える。
あいつに親族は俺しかいない。……みんないなくなってしまった。
「……悪い。絶対に帰ってくるから」
帰ってくる。その言葉に反応してあいつは笑う。涙を流しながら。
「待ってるよ?帰ってきたら最新のケーキだからね?」
「ああ、わかった。苦行だが、やろう」
「苦行って」
若干呆れながらあいつは魔方陣から離れる。
そして無理やり作った笑顔で俺に見送りの言葉をかける。帰ってくることを前提とした日常の言葉で。
「気をつけてね」
「ああ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」