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彼女の旅路

翼があるのに空を飛べない。

その事実は幼少のサフィニアに重くのしかかった。

「サフィニアちゃんもそのうち飛べるようになるよ!」

友達や周りの大人にそう言われなくなったのはいつからだったか。皆の声は次第に励ましから嘲笑ちょうしょう、目は期待から失望に変化していった。

子供は同じ年代で集まって色々なことを教えてもらう。

言語やこの世界のこと、仕事、生きるためのすべを教わる。そしてもちろん飛び方もだ。

サフィニアは決して落ちこぼれではなかった。理解が深く、早い。むしろ優等生に近かった。飛ぶこと以外に関しては。

何故サフィニアは飛べないのか。

もしかしたら理由はないのかもしれない。でもそれなら一体何を責めればいいのだろう。

だから皆は最も可能性がある者を責めた。

彼女の母親は鳥人ではなかった。


「サフィニア、どうしたの?」

サフィニアの母親はそう尋ねた。

彼女の体は泥だらけで、怪我もしている。

「…あいつらが悪い」

母親はやれやれとため息をつき、彼女を呼び寄せた。

「あんまり暴れちやだめよー?あなたは女の子なんだから」

よしよしと頭をなでた。

我が子ながら本当に申し訳なく思う。

最近毎日のようにサフィニアはボロボロで帰ってきた。その理由というのが他でもない、母親だ。

皆表立っては言わないが、陰口をたたかれているのを母親は知っている。

皆とは違う、それだけで周りから奇妙な目で見られる。言うなれば軽い人種差別。

この鳥人村は日本のある山奥に存在する。人知れず、独自の文化を形成していた。どのくらい昔からあったのかは分からないが、そんなことは気にせず、皆幸せだった。

ある日この村一番の戦士、鷹の翼を持つ男が結婚した。相手はこの村の生活に欠かせない道具を取引する、外側の世界の人間。おとなしそうで、もちろん翼も持っていない。

サフィニアは鷹の翼を持って生まれてきた。しかし…飛べない。

母親は日に日にいたたまれない気持ちが増していった。せめて飛ぶ感覚が分かれば…と。

村のはずれにババ様と呼ばれている人が住んでいた。その方は魔法が使えるという噂があり、皆に慕われるとともに頼られていた。

「ちょっとお母さん、ババ様のところに行ってくる」

そう告げたのはサフィニアが10歳になって間もない日の夕方。

「何をしに行くの?」

「んー?少しお話をするの」

そっか、と言ってサフィニアは母親を見送った。

ここから先の話はサフィニアが後から村の人に聞かされた、推測の話だ。

母親はどうやらババ様とある約束をしていたらしい。

サフィニアと別れた後、村のはずれ、ババ様の家に母親は現れた。

「翼がほしい」

ババ様は母親の願いを叶えるため、魔法を使った。

翼を手にいれた母親は闇夜の空へ消えて、二度と帰ってくることはなかった。

ババ様の使った魔法は『コウモリの翼の魔法』。夜だけ背中に光る翼がはえ、どんな者でも空を自在に飛べる。

母親は偶然この魔法の噂を聞き、ババ様にお願いしたのだった。

しかし、この魔法には欠点がある。それは夜にしか飛べないこと。そして、光る翼が太陽の光で照らされると翼が消えてしまうことだ。

母親は太陽に照らされ、堕ちたか、逃げたのだろうというのが村全体の結論となり、皆口には出さないが、暗黙の了解で母親は死んだ扱いになった。

5年の月日が流れた。

サフィニアはまだ飛べなかった。

その日、サフィニアは夜空の下、ババ様の家にいた。

自分は母親のような失敗はしない。そう確信していた。しかしそれは過信だった。

サフィニアも堕ちた。鳥人の住む大空から、人間の住む大地へと。



「…大変だったね」

サフィニアの話を静かに聞いていた晴子は静かに感想を言った。

「後悔…すごく…後悔してて、色々なこと…全部が最初に戻ればって…」

サフィニアの瞳から涙が溢れた。会ってすぐの晴子にこんなにも話せるのはサフィニアにも不思議だった。安心できる雰囲気が晴子にはある。

「何で母さんを引き止めなかったのかとか…どうして私は同じ失敗をしてしまったのかとか…もう…悔しくて…」

晴子はそっとサフィニアを抱き寄せ、ゆっくりと頭を撫でる。

「大丈夫よ。大丈夫。あなたはきっと強い子よ」

晴子の腕の中で嗚咽が漏れた。

「村の記憶…あるんですけど、風景とか…人の顔とか…全部がぼんやりしてて…」

晴子はサフィニアの蒼い髪を撫で続ける。

「母さんの顔も…」

それきりサフィニアは言葉を発することができなくなり、泣き声だけが辺りに静かに響いた。

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