プロローグ
「転ぶ事を恐れない事かな」
彼女は凍結した道をローファーで難なく歩きながらそう言った。 雪道を歩き慣れていない俺にはそんなことは不可能で、少しでも滑らなそうな所を見極めながら飛び移るように少しづつ足を伸ばす。 彼女の足跡をなぞりながらその道を歩けば滑らないのかともおもったがそんな事はなく、俺では間違いなく転んでしまう道を彼女は絶対に転ばない魔法がかかってるかのように胸を張って進んで行く。
「アドバイスになっていない。 それ本当に ただのローファー? 靴底にスパイクとかしこんでるんじゃないの?」
「そんなの邪魔なだけだよ。 慣れれば目を瞑ったって歩けるようになるよ」
彼女は笑いながら、くるくるとその場で一回、二回と独楽のように回転する。 スケート選手のような優雅さだ。 産まれたての子鹿のような足取りの俺の前でそんな事をされても嫌味にしか思えないのが難点だけれど。
平坦な道を歩き、少し長い坂に差し掛かった。 勿論この道も凍りついている。 これは登るのは無理だ、と俺は思った。 しかし彼女は鼻歌交じりに登って行く。 ハイキングのような足取りだ。
夕陽の逆光に照らされた彼女は坂の上で僕を待っている。 登らねば、と思うが足が前に出ない。 滑るイメージしか湧いてこない。
「さっき言った事を思い出してー」
坂の上から応援するように彼女が言う。
転ぶ事を恐れないーー
「転んだって、最悪骨折くらいだよー」
「ほんと最悪な例を出さないでくれよ……」
一気に恐くなってしまった。 ただ道を歩くだけで骨折のリスクがつきまとうなんてなんて生きにくいんだ、と俺はこれから先の生活に不安を感じた。
やっとの思いで坂を登り切る寸前まで進んだ。 彼女が手を伸ばす。 俺は飛び込むくらいの勢いで必死にそれを掴んだ。 勢いが強かったのか坂の一番上の所で押し倒すような形になってしまった。 彼女の華奢な体か雪に少し埋まる。 慌てて体をどけた。 彼女は少し恥ずかしそうにしながらもはにかみながら、頑張ったねと言った。
目的地はこの坂の上だったようで、街を一望できる彼女のお気に入りの場所、らしい。
「歩く練習にもなったでしょ?」
彼女は一仕事やり終えたような表情でそう言った。
「下ばっかりみて歩いてたけどこの街はなかなか綺麗なんだよ? 早く歩きながらそういう風情も楽しめるようになればもっと早くこの街を好きになれると思うなー」
夕陽に照らされた街は、雪景色もあいまって俺が今までに見たことのないような明るさを発している。 もう夕陽も沈むというのに不思議な気分だった。
景色に魅入っていると顔に何かが当たった。 雪玉だ。
「ようこそ、雪降る街へ」