捌
「あいつは旅伏真っていう名前でね、元いた高校の悪友だったんだ」
不審者から逃げた後、直江君は自分から話してくれた。直江君が自分から話してくれたことは滅多にないので、新鮮な気がする。
「あいつは何て言うか……予想できないところがあってね、そこが気に入って」
「そうなんだ……じゃあ、どうして逃げたの?」
「転校する半年ぐらい前かな、あいつに悪い噂が流れ始めたんだ。裏サイトで拳銃を買ったとか、そこら辺の不良と色々やったとか。そういう奴だから、君は近付かない方がいい」
「わかった、気を付ける」
そんなやり取りがあった、その次の日。
「ねーぇ! あーそびーましょー!」
「……うるさい……」
旅伏真が家の前で私を呼んでいた。
「ねーぇ! いるんでしょー? お話しよーよー!」
「ちょっと、あの子何とかしてよ」母が不機嫌そうな顔で私をなじる。
「近所迷惑になるわ。早く行ってあげなさい」
「はーい……」
一応まともな格好をして家の前に出ると、昨日と同じ服をきた不審者――旅伏真がそこにいた。
「旅伏真です、よろしく。まずは謝っておこうかな。この前怖がらせたことと、家の前で大声を出したことと」
「はあ。……で、用事は何ですか?」
近付かない方がいいと昨日聞いたばかりだ。手短に終わらせたい。
「つれないなあ。まだ話は終わっていないよ。迷惑かけたお詫びに、君の聞きたい情報を教えてあげようと思ってね……例えば直江のこととか」
「……」
「俺は君より直江のことをよく知っているつもりだ。大丈夫、何もしない」
「……わかった」
追いかけられたことを忘れた訳ではないが、直江君の事を訊きたいという気持ちの方が強い。
「じゃあ家に入って」
「はーい、お邪魔しまーす」
「さて、何を訊きたい?」
「まず、私を怖がらせた理由」
直江君のことも気になるが、まずはそこから。
「ああ、あの日はこの街を散策してたんだ。そしたら君が来た。制服を着てたから高校生かなって思って、直江のこと知ってるかなーって。で、話をしたかったと」
「あの時ポケットから出したのは?」「ナイフ」「なんでナイフ」
そう訊くと旅伏は不思議そうに首をかしげ、
「……? 話を聞くのにナイフは必需品でしょうよ? ナイフがないと答えてくれるか分からないじゃん」「……」
やっぱりこいつは不審者だったか。素直に直江君の言葉を受け入れれば良かった。だがもう遅い。
「いつも同じ服なのは?」
「同じのを何着も買ったからさ。この服が一番よく似合う」
「そう……じゃあ、そろそろ本題。直江君のことだけど」「どうぞ」
「彼のこと、どう思う?」「また随分アバウトな質問だね。君はどう思うの?」
「正直、人と世界が違うような。彼は、自分の心には誰もいないって表現してたけど」
「そうだよ。分かってるじゃないか。誰の心にも誰もいない。それを信条に生きている」
「でも、それだけじゃないように見える」
旅伏は困ったように微笑み、やがて言った。
「直江はさ、弱いんだよ」「どういうこと?」
「うーん……直江は、ことあるごとに怖がっているんだよ」
「何を?」
「たぶん、世界を」
「よく分からない」
「お嬢ちゃんにもじきに分かる。他に訊きたいことはない?」
「うーん、もうないかな」「そう。じゃあもう帰った方がいいかな? あんまり好かれてないみたいだし」
「ゆっくりしていけばいいよ。一応、君はお客さんなんだから」
「ああそう! じゃあゆっくりしていくよ!」
どうやら旅伏は遠慮しない性格らしい。ちょっと後悔。
「……じゃあ、そろそろ帰るよ」
その後旅伏は本当に居座り、実に四時間が過ぎた。
「うん、気をつけて」
「ありがとう。ああ、忘れるところだった」「?」
「君に大事なこと言わなきゃいけなかった。君は直江とは別の道を歩むんだろうね」「まあ……ね」
そうだった。私はその事を考えなくてはならない。ドタバタしていたせいで忘れていた。
「君と直江はもうすぐ離ればなれになると思うけど、それまで直江の事、よろしくね」
「うん、任せて」
私の言葉を聞くと旅伏は微笑み、私の家を去っていった。




