拾壱
直江君の血痕を頼りに進むと、一棟の廃工場に辿り着いた。
物音はしないが、なぜか廃工場の中から光が漏れている。
呼吸を整え扉を勢いよく開けると、正面、使われなくなった電子機器や工具などがうず高く積み上げられて山のような様相になっているその頂上に、それはいた。
「やーぁ、お嬢ちゃん!久しぶりだね!」
「……旅伏、真」
いつもの帽子は被っていない。そのせいか、妙な親近感を感じた。
「すごいだろう? この照明、全部俺一人で用意したんだ。いやー重かった。特にこの……」「ねえ」
私は旅伏のテンションに苛立ち、会話の主導権を奪った。
「この前、君が私の家に来たとき、大事なこと訊き忘れちゃったんだ」
「いいよ。答えてあげる」
「君は、ここに何しに来たの?」
私の質問を聞いた途端、旅伏は大声で笑い出した。
「はぁーっははははは! いいよ!実にいい!俺はその質問を待っていたんだ!この前訊かれても適当に誤魔化すつもりだったが、今となっては隠す理由も無いからね!」「……」
「直江を殺すためさ」
旅伏の顔から笑顔が消え失せ、替わりに憤怒とも悲哀とも見える表情になる。
「あいつはね……人間じゃないんだよ。どんなに人間の真似事をしても隠しきれない違和感! 君も感じただろう? あいつはこの世界じゃ幸せになれない。あいつは弱くて弱くてしょうがないんだよ。あいつの傷は身体中にあるんだ。初めてそれを見たときからずっと哀れで、だから俺が側にいて、それを忘れさせてやろうと思ったんだ」
それは、初めて聞く旅伏の真剣な意志だった。
「でも結局、無理だった。あいつが転校していってからもずっと考えてたよ。そしたら、ある時気付いたんだ。もういいじゃないか、そんなに怖いなら。この世界から解放してあげてもってさ」
「直江君の家を襲ったのも君の差し金?」
「そうだよ! でも失敗したから殺して処分した」
「処分って……」
「直江がここに来たとき、俺は喜びにうち震えたね。俺の気持ちが届いた様で。でも直江は途中で逃げたんだ。まだ生きていたいんならそれでもいいかなって。俺はてっきり助けを求めに出ていったんだとばかり思っていたけど、どうやらそうじゃなかったらしいね」
「直江君は死んだよ」
「そのようだね……さて、同じ質問をそっくりそのまま返そう。お嬢ちゃんは、ここに何しに来たの?」
「私は、君を倒しに来た」「へーぇ、勝てると思ってんの?」「勝てるよ」
私が自信満々で言い放ったのを疑問に思ったのか、旅伏の顔が歪む。
「理由を聞こうか」
「直江君の身体、お腹から血が流れてた。よく見ると拳銃で撃たれたんだって分かる。どうして拳銃?ナイフの方が手に入りやすいし周りに気付かれやすいだろうに」
「銃が好きなんだよ」
「理由はそれだけじゃないでしょう? ナイフじゃ直江君に勝てないかもしれなかったんだよね。いくら剣道三倍段って言っても君はナイフで直江君に勝つ自信がなかった。あの覆面の人達を殺したときも同じ」
「ナイフも持ってるよ」
「それは万が一に備えているだけ。きっかけは君が私を追いかけたとき。君は私に追いつけなかったよね。そして、最後に君の名前である『真』……」
「何が言いたい」
「君、女の子でしょう。それも、体力が乏しい部類に入る」
少しの沈黙の後、旅伏は再び笑いはじめた。
「くくく……直江でも気付いてなかったのに」
「幸い、ここは障害物が多い。最初から拳銃で攻撃するって分かっていれば対応できる。そして近接戦闘なら私が絶対に勝つ」
旅伏はゴミの山から降りてきて堂々と言った。
「さあ、果たしてそんなに上手くいくかな……っ!」
台詞が終わるのと同時に旅伏が拳銃を私に向ける。どん、という轟音が私の耳を突き抜ける。
「!」
私はすかさず移動し、物陰に隠れる。そこでどん、どん、どん、と三連発。
「どこに隠れたか分かってればさぁ!撃ちまくりゃいいだけなんだよ!」
さらに轟音は続く。
(一発、二発、三発……四発!)
四発目が聞こえた瞬間に私は飛び出し、旅伏に向かって走り出す。
「はっ!この銃は最初に一発装填すれば九発撃てるんだよ!」
言いながら旅伏は照準を合わせ、引き金を引いた。
拳銃の弾は私の左腕を掠める。ここまでは想定内。 私はスピードを落とすことなく旅伏に接近、直江君のナイフをポケットから出して素早く斬り込む。
「っ!」
旅伏は拳銃を捨て、ナイフで応戦する。
しばらく斬り合い、私は旅伏の息があがっているのを確認。そろそろ仕上げだな。
私は旅伏のナイフを弾き飛ばし、わざと隙を作りつつ旅伏に斬りかかる。
「銃が一つだと思うなよ、馬鹿が!」
そう言って旅伏は後ろに手を回し、さっきと同じ型の拳銃を掴んで私に向け、撃った。 私の身体はさっきまでの勢いを失って、その場に崩れ落ちる。計算通り。
「ふふ……」
「何が可笑しいのかな、お嬢ちゃん。まだ戦うつもりかい?」
「いや、もういいよ……」
私はゆっくり起き上がって、よろよろとその場を立ち去った。やはり旅伏は追ってこない。
廃工場が見えなくなったあたりで私は携帯電話を取り出し、直江君の携帯に電話をかける。直江君のポケットに携帯はなかったので部屋に置いてきたか、あるいは……
『はーい、もしもし?』
ビンゴ。
直江君はあの廃工場で携帯を落としたのだ。そして旅伏が拾った。全てが私の予想通りに動く。
「悪い知らせが二つあるよ……聞く?」
『遺言と思って、聞いてあげるよ』
「一つ。もうすぐ君は破滅するよ」
『警察が来るってこと? 別にいいよ。刑務所に飽きたら自殺でもするさ』
「二つ。それ無理だから」
『何? どういう……』『動くな!』
電話の向こうが騒がしくなってきた。予め警察を呼んでおいたのだ。
「君って本当に何も知らないんだね――刑務所も警察署も、被疑者を簡単に死なせてくれる訳ないじゃん。それぞれの面子がかかっているんだから」
電話の向こうでは相変わらず大捕物が続いているようだ。これでは私の話など聞こえていないだろう。
「ま、いいか……」
私は電話を切り、道を急いだ。
満天の星空の下、私はようやく学校に辿り着いた。頭がクラクラする。しかしここまで来てしまえばもう急がなくてもいいだろう。
階段を上がり、直江君がいる教室へ。
扉を開けると、直江君の身体はそこにあった。私はその隣へ座る。
「よい、しょっと。ふう」
さっきと同じように直江君の手を握る。やはり冷たかったが、思った程ではなかった。私も同じように冷たくなり始めているからだろうか。
「直江君……最後に私、言いたいことがあるんだよ」
私の腹部から血が流れて止まらない。もうすぐ私も死ぬ。
「昨日までの私だったら、直江君の言うことそのまま鵜呑みにしちゃったんだけど、今はちょっと違うよ」 足の感覚がなくなってきた。とても寒い。
「確かに、人は一人で生きて一人で死ぬんだろうけど……君の人生には私の影響があって、私の人生には、確かに君の影響が残っているんだよ。だから私達はこういう結末を迎えたんだ。直江君が死んじゃった事は悲しいけど、これが、私達の道……二人で行く道なんだって思ったら、嬉しい」
目が霞み、意識が朦朧としている。とてもとても怖い。この世界から拒絶されているみたいだ。
「私も、もうすぐ行くから……」 視界がどんどん暗くなり身体の力が抜ける。もう、指一本動かせない。
「……」
そして、私は死んだ。




