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44、彼の敵は彼自身

 「城へ行くんだろう? お供するぜ」

 足を引きずっているウィズに肩を貸してくれながら、ベレッタ刑事の太い指が、森の向こうを指差した。 言われてみればなるほど、その先には鬱蒼と茂る木々に下半分を隠された、巨大な城が見えている。 ヨーロッパの映画に出てくるような、堂々たる白亜の古城だ。

 「あそこに何があるの?」

 歩き出すウィズにあたしも肩を貸す。

 「あの城の中に、『くだん』がいるんだ。 僕を人質にして」

 「ウィズを? って、ウィズはここにいるじゃない」

 「そう、だけど城の中にもいる。 忘れないで美久ちゃん、ここは僕の夢の中だから、出てくるキャラはみんな僕なんだよ。 『くだん』と君以外はね」

 「このベレッタさんも?」

 「そう」

 「さっきの天使も?」

 「そうだよ。 『くだん』に支配されるということは、自我が壊滅するってことなんだ。 だから、誰も彼もが『くだん』の言うとおり動くようになったら負けさ。 さっきまでそうなりかけてたけど、美久ちゃんが来てくれたおかげで、こうして援軍が手に入ったわけ」

 「援軍?」

 「所沢刑事のこと。 彼は美久ちゃんと違って、実際いる人間がゲートを潜ってきたわけじゃない。 僕が頭の中でやっとこしらえることができた、架空の武器なんだ。 これまで武器を出そうとしたり、城が爆発するところを想像しようとしたり、いろいろ頑張ったけど、『くだん』の作るイメージに負けてしまっていたんだよ」

 ウィズは感慨深げに目を閉じて、何度もうなずいた。

 「結局、助けてくれるのは道具じゃなくて、人なんだな。 僕がバカだったよ」

 そう、ウィズは馬鹿よ。 もっと早くに頼ってきて欲しかったわ!


 森の中を歩くうちに程なく、これまでのウィズの苦労がわかった。 ありとあらゆるものが彼を捕まえようと近づいて来るのだ。

 寄りかかった木から枝が伸びてウィズにしがみつく。

 斧やつるはしを持った小人がわらわらと出て来て、取り囲んで捕獲を企てる。

 鹿の群れにも襲われたし、木こりの親子に追いかけられた。 もちろんストレートにお城の兵隊らしき人たちもウィズを探し回っていた。


 ベレッタさんは、足の悪いウィズを庇いながら、そいつらを時には撃退し、時にはやり過ごしたりして、安全確保に努めてくれていた。 彼がウィズの「保身」のために急遽作られた架空の存在であることは明らかだった。 

 でも、その前に、夢の持ち主であるウィズが、足の傷をいつまでも治せずに不自由そうにしていること自体が、彼本来のコントロールを失っている証拠なのだ。 それが『くだん』のせいだとすれば、このベレッタさんが登場した意味は大きい。




 薄暗い森を抜けると、唐突に視界は開けた。 

 抜けるような青空の下に、石畳の広い道路。 両脇には古風な門と豪華な庭園を持つ大きな屋敷。 繊細なバルコニーがついた宿屋らしき建物。 そして何よりも驚きなのは、行き交う人の雑多な事。

 荷袋や天秤棒を担いだ商人。 学生。 刀を差した武士。 仕事に出かけるサラリーマン。

 馬車、自動車、自転車、馬、バイク。

 「なんなの、これ」

 建物は中世ヨーロッパで統一してるのに、人間の時代考証がてんでバラバラだ。

 あたしは呆れかえって、まだ森の隅っこで隠れて待っていたウィズとベレッタさんのところへかけ戻った。


 「デタラメに人が通行してる感じだわ。 必然性がないっていうか」

 「ってことは、出てったら一発で見つかっちまうか」

 ベレッタさんが腕組みをして唸った。

 ウィズは大きな切り株に腰掛けて、黙って考え込んでいる。

 「あたしが行くわ。 どうせウィズが行ったら、遅かれ早かれ捕まるだけでしょう。

  ね、お城へ行って何をどうすればいいの?」

 ウィズはしばらく黙ったまま、頭の中で何かを見ている様子だったが、やがて顔を上げてあたしの顔を見上げた。 そしていつもの、ちょっと困ったような笑顔未満の表情でポツリと、

 「3つ、やり方がある」と言った。


 「1つ。 捕虜になってる僕を説得して、一緒にここに逃げてくる」

 「説得するだけ? 閉じ込められてるんじゃないの?」

 「いや、自分の意思で城にいるんだ。 それが『くだん』に支配されるってことだから」

 「城のどこにいるの?」

 「場所は決まってないよ、自由に動きまわってるんだから。 でも、美久ちゃんなら会えばすぐわかるはずだ」

 「わかった。 2つめは?」

 「城中の人間を扇動してクーデターを起こして、『くだん』を殺すこと」

 そ、それはできっこない感じがする。 こっちは魔法使いじゃないんだから。

 「難しすぎるからパス。 3つめは?」

 あたしの問いかけに、ウィズは唇を結んで首を振った。

 「この策はまず無理だ、訂正する。 方法は2個だけ」

 「一応教えてよ」

 「できっこない」

 「いいから、言うだけ言っといて!」

 強引に押し込んだら、あたしの好きな憂い顔で、魔術師は最後の方法を教えてくれた。


 「城の受付に直接行って、『くだん』に面会を申し込む。 会って話をして、僕の体から撤退してくれるように心を込めて頼む」

 「あら、穏やかじゃない。 クーデターより簡単そう」

 「本気で言ってる?」 ウィズが気色ばんだ。

 「相手は100年以上も、人の体を渡り歩いて生きながらえて来た命根性の持ち主だよ。 お願いされたくらいで宿主に同情して止める甘ちゃんなら、初めからそこまで生き汚くなれてやしないだろう。 諦めた途端に、ヤツは死んでしまうんだから、説得されるくらいなら、目の前の美久ちゃんを喰らい尽くして生きる道を選ぶよ。 いい? この方法は絶対やっちゃだめだからね」


 念を押されるまでもなく、その時はあたしも、3番目の方法を試そうなんて思ってもいなかった。

 最初に言われた「捕虜のウィズを説得する」方法が一番大丈夫そうだと思ったし、それほどいろんなことをやってみる余裕があるとも思えなかったからだ。 ウィズの肉体は、ここに至って既に24時間以上飲まず食わずで昏睡している計算になるので、急がなきゃいけない。


 

 

 「それにしたって、ベレッタさんまであたしと一緒に来なくても良かったのに」

 大通りの雑踏を、城に向かって通り抜けながら、所沢刑事に話しかけた。 この頼り甲斐のあるオジサマは、いつの間にか最新の防具を手に入れて、ソフトタイプのロボコップとでも言いたいコスチュームであたしの隣を歩いていた。

 「あたし、できればウィズについてて欲しかったんだけどなあ」

 「そいつはあんまり意味がねえだろう」

 「どうして?」

 「ここはトカレフの夢の中なんだから、そこいら中にあいつがいるわけだろうが。 その中の1人だけを守っても、お前さんが消滅しちまったらおしまいだ」

 「あたしがいなくなっても、ウィズが全員捕虜にならなけりゃいいんでしょ?」

 「理屈はそうだが、お前さんナシで勝てるってんなら、トカレフがわざわざお前さんを呼びに行ったと思うか? 奴さん、未来を読んで、そのあとで行動するもんだろう?」

 「まあね」

 「おまけに人に頼りたがらねえ悪い癖がある。 とどのつまり、他に方法がねえから頼ったわけだ」

 「あたしが来なきゃ、負けるってこと」

 「現にお前さんが来たから、俺が出てこれたんだろうが」

 

 あたしは前方にそびえ建つ、白壁の城壁を見上げた。

 多分、攻略は容易くはない。 それでもやるしかないのなら、全力を尽くそう。

 あたしの体は、今研究室にある。 仮にここで死んじゃったりしても、本体に影響はないだろう。 でも、あたしの愛する魔術師は、失敗したら戻ってこないのだ。


 城と言うから、よほど堅固な守りを施してあるのかと思いきや、外壁らしきものもなく、いきなり敷地に入り込めてしまったから驚いた。 城外にはあんなに兵隊がウロウロしていたのに、ここでは衛兵らしき人間も見当たらない。 あたしたち以外にも雑多な一般人がぞろぞろ入って来て、庭園の庭木の前で写メを撮ったりしている。


 「無用心じゃないの。 敵とか泥棒が入り込んだらどうするの」

 「いないんだろうさ」とベレッタさん。

 「いないって、敵が?」

 「もともと自分(てめえ)1人の世界なんだ、保身のためのシステムなんざ要らんだろ。 城は権力の象徴として、『くだん』が据えたもんなんだろうさ」

 「じゃあ兵隊さんは?」

 「トカレフを捕らえるための人足だろ」

 「抵抗されるって思ってないってこと!? ウィズってそんなに弱いの?」

 「まあ、弱いってえのか、たまたま弱く出来てるところに入り込むのが、『くだん』の怪物たる所以てもんだからな」

 「ウィズの弱点に……」

 少なからずドキッとした。 ウィズは魅力的だし、強くないとは言えないけど、確かにほかの人より弱いところも多いヤツだから、攻める方はさぞかし楽なんじゃないかという気がする。 

 

 その時、にわかに周囲の空気が動いた。 そぞろ歩いていた暇人たちが、何やらどよめいて一定方向を見ている。 そちらに携帯を向ける人もいる。

 耳をつんざく音量で、ラッパがファンファーレを奏でた。

 人の波が自然に動いて城壁に駆け寄り、物見高く人垣を作ると同時に、城壁からの道を開けた。

 あたしたちも慌てて同じように人垣になりながら、隣で顔を輝かせて携帯を構えている若い村娘に聞いてみた。

 「あの、今から何か始まるんですか?」

 「知らないの? あの方がお通りになるんですよ」

 「あの方って」

 「魔法使いです!」


 ドッと湧き上がる歓声に、地面が振動した。 その人影は城の一番高い塔の窓から現れ、空中に巻かれた金色の粉を足場に踏みながら、何もない場所を苦もなく歩いて地面に降り立った。

 それは若い男性で、非の打ちようもなく整った、月のように白い顔と、漆黒の黒髪を持っていた。 純白の長着の上に羽織った天鵞絨(びろうど)のマントは、一見すると地味な黒に見えたけど、近づくと細かい刺繍が施された濃紺の生地で出来ていた。 そういうものに詳しくはないあたしでも、絶対高価(たか)いってことだけはわかるぞ。

 隣にいたあの村娘が、黄色い声でなにか叫んで頬を赤くしている。

 

 「これってウィズの望み? なにかの間違いじゃないの?」

 あたしは呆然として、ベレッタ刑事に問いかけた。

 そう、魔法使いと呼ばれた青年の顔は、間違いなくウィズだった。 富だの名声だの人気だのにはおよそ興味がないはずだったウィズが、ここではその全部を手にして満足そうに笑っている。 そのことがあたしには信じられなかった。 

 道路に降り立ったあとも、ウィズの足は地面を踏むことなく、数ミリ上の何もない空間を踏みしめて歩いていた。 人々は彼の行く手に手を差し出して握手を求め、豪奢なマントに触れたがった。

 

 「ウィズ! こっち見て!」

 あたしは叫んだ。

 あたしの瞳を切れ長の両眼が捕らえる。 瞬間、魔法使いの顔がぱっと明るくなった。

 「美久ちゃん! 美久ちゃん! 美久ちゃんだ!!」

 いきなりあたしの体が空中に持ち上がり、人々の頭上を超えて数十メートルもすっ飛んだ。

 どよめきと感嘆の声を浴びながら、次の瞬間あたしはウィズの腕の中。 

 「美久ちゃん、よく来てくれたねえ!」

 なんだか知らないけど大きな拍手が起こった。 いや、やたらと恥ずかしいんですけど。


 確かにウィズよね。 間違いはなさそうだ。

 顔を覗き込んだけど、違和感はない。 ところが。

 「美久ちゃん1人で来たの?」

 「ううん、ベレッタさんがついてきてくれたわ。 ほら、あそこ」

 もといた人垣のあたりを指差すと、魔法使いは笑顔のままでふうんとそちらを見やり、次の瞬間、黒い杖を構えて刑事さんに向かってひと振りした。

 「あッ!!」

 止める暇もなかった。 杖からほとばしった白い光が、一瞬でベレッタ刑事の姿を黒い影に変えたのだ。 そのまま影はゆっくりと縮れて、空気に溶けてなくなってしまった。


 城内が騒然とした。 その時に人々の口から上がったのが、悲鳴じゃなくて歓声だったことで、あたしはことの重大さを悟ったのだった。

 この世界じゅうが、ウィズの敵なのだ。 ウィズ本人までも!


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