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4、預言者対脅迫者

 「あんた、そうだあんただ!」

 ウィズのマンションの入口近くで、知らない男に腕を掴まれた。

 よれよれのアロハシャツに、目つきが悪いやくざ系の中年男だ。

 「その顔、覚えてるぞ。 あいつに会うんだろう。 連れてってくれよ!」

 挙動不審に恐怖を覚えて、掴まれた腕を振り解こうとすると、突然襟髪を掴まれて吊り上げられた。

 

 「何をしとる。 やめんか!」

 静かだが、ドスの利いた声。 

 中年男の手首をギシギシ締め付けるほど握ったのは、ベレッタさんこと所沢刑事だった。

 最近の彼は、すっかり喜和子ママのお遣い番と化しており、この時もウィズに届ける食料だかお土産だかの袋を、片手にぶら下げていた。


 中年男は刑事に向き直り、ねめつけるように顔を近づけた。 そして次の瞬間、前触れもなく殴りつけたのだ。

 あたしが上げた悲鳴に反応して、あっという間に黒山の人だかりができた。

 その時集まって来た人は、中高生にしたら1クラス分では足りないくらいの人数だったのだ。

 中年男は泡を食って逃げて行った。

 普段迷惑だと思い込んでいた人種に、計らずともあたしたちは助けられたことになる。 そう、悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのは、ウィズを追いかけ回していた報道陣だったのだ。


 ウィズがやらかした「告発」の反動たるや、壮絶極まりない物だった。

 マンションの入口に押し寄せた報道陣にとどまらず、郵便受けを出来立てのポップコーンみたいに爆発させた手紙の山、内容は抗議と称賛が半分ずつ。

 HPのメールも満杯、当然電話も携帯も鳴りっぱなし。

 更に翌日、警察が母親を重要参考人として取り調べを始めたと報道されると、今度はウィズに番組出演の依頼アタックが殺到した。 これはつまり、電話の本数が倍になり、名刺の束が郵便受けポップコーン作戦に参戦したと言うことだ。 



 後でわかった事だが、この日あたしを脅しに来た中年男は、取り調べを受けている母親の亭主だったらしい。

 うまいこと報道陣が追い払ってくれたのはいいが、素直に感謝する気にはならなかった。

 その代償としてあたしとベレッタさんは、彼等にがっちり周囲を固められ、マイクを突き付けられる羽目になったからだ。

 「如月さんと一緒にいらっしゃった方ですよね?」

 「今日は彼に会いにいらっしゃったんですか」

 「ちょっと会わせて頂けませんかね」

 「先ほどの男が誰だかご存知ですか」

 「ちなみにそちらの男性は……」

 まずい。 ベレッタさんが警察関係者と知れたら、この上また余計なことを書かれそうだ。

 マスコミは、ウィズが超能力を使って警察の捜査に介入しているのではないかと疑っている。 そうだったらオモシロいだろうと、無責任に書き散らしている週刊誌が一部に存在していたのだ。


 「すみません、通してください」

 「通してくださいっ」

 聞き取るのも面倒な質問のマシンガン攻撃をかわそうと躍起になっていると、不意に静寂が訪れた。

 報道陣が息を飲んで沈黙したのだ。

 エントランスの自動ドアが開いて、そこに魔術師が立っていた。

 

 ウィズはいつもの癖で、体を斜めにしてドアから滑り出て来ると、あたしとベレッタさんの前へ踏み出し、背中の後ろに庇ってくれた。

 ベレッタさんの手から荷物をもぎ取り、ついでに彼の耳に囁く。

 「ありがとうございます。 ついでにここから、美久ちゃん連れて帰ってもらえませんか?」

 あたしは慌てて首をぶんぶん振った。 何にも悪いことをしてないのに、ひとり逃げ出すみたいな事は嫌だ。


 Tシャツにジーンズと言う軽装だったが、魔術師のモデル並みに長身で均整のとれた体は、その場に場違いな威圧感をもたらした。 集まった人たちの表情が一瞬こわばる。

 「ここに集まって騒いでおられると迷惑なんです。

  どうしたら解散してもらえますか」

 美貌の眉間にしわを寄せて、ウィズが言った。


 カメラマンは大喜びでシャッターを切り始め、記者たちが嬉々として食いついて来る。

 「お騒がせして申し訳ありません」

 「コメントしていただければ退散します」

 「警察が動きました、よかったですね如月さんっ」

 あんたらはお友達ですか、と内心イラついたのはあたしだけじゃなかったようで、ウィズがぴしゃりと言い放った。

 「いいわけないでしょう、誰も助からなかったのに。

  そんなことで喜んでていいんですか!」


 マイクの林が、一瞬たじろいで揺れ動く。 

 無理もない。 ワイドショーに出演した時の飄々としたウィズしか見てない人は、このテンションは信じがたいと思っただろう。 あの時は姫神教授の代理みたいなものだったし、虐待問題も絡んでなかった。


 その時、報道陣の中から、地味な背広にフレームのないメガネをかけた若い男が歩み出て質問した。

 「そうおっしゃるってことは、如月さんなら助けることが出来た可能性があったということですよね。

  未来が見えるっていう事は、そういうことでしょう?」

 挑戦的な言い方だった。 ウィズの眉間のしわが更に深くなる。

 「見えた未来を変えることは、そんなに簡単じゃない」と、ウィズ。


 「そうですか? 例えば、私だったらの話ですけどね。

  今話題沸騰の預言者であるあなたが私に『あしたあの場所で君は娘を殺す』と予言したら、例え殺す予定がなかったとしても、少なくともその場所に娘を連れて行くのは避けます。 それくらいの抑止力はあるでしょう」

 「そうでしょうね」

 ウィズは素直にうなずいたあと、皮肉っぽく付け加えた。

 「そして殺人は未然に防がれ、僕は自分の預言が正しかったと証明する手段を失うんだ。

  きっとあなたは言うでしょうよ。 もともと出まかせを言っただけだったんじゃないのか、って」

 「なるほど、預言者のパラドックスというわけですな」

 ノーフレーム眼鏡は口の端で笑った。


 「つまりあなたの能力は、世のため人のためにはならないとお認めになる?」

 「そんなことは言ってない」

 ウィズはムッとした様子で反論した。

 「未来を見ることで人が救える例は、ごく一握りだと言ってるんです。

  見るのが現在なら、救えるものはもっと増える」

 「如月さんの能力で、行方不明者を見つけるとか、そういうことですかね?」

 「それも一つの方法ですね」

 「ではそれを番組で企画しましょう。 そしたら出て頂けますか?」

 ノーフレーム、わざとらしく高飛車な言い回しをする。 魔術師は鼻白んだ。

 「テレビ出演の依頼は、基本的に受けてません」

 「そうおっしゃるだろうと思ってました。 いえいえ、決してお逃げになったと思ってるわけじゃありませんよ」

 嫌味なやつだ。 周りの報道陣は、面白いことになったと目を輝かせて見ている。

 その時、ノーフレームはウィズにすり寄って、手の中にあるものを仔細あり気に見せた。 他のレポーターたちに見えないように工夫した角度で、だ。

 「番組に出ていただけるなら、捜索願が出ている子供の資料をたくさん準備しますよ。

  その中のひとりでも2人でも、生きて見つけ出せるなら幸いだし、最悪でも遺体が出ればそれはそれで供養になるわけですからね」

 

 一瞬で血の気が引いた。

 ノーフレームの手の中にあったのは、引き伸ばした写真の束だった。

 その一番上にあったのは、見覚えのあるミヤハシ父の顔。 そう、以前「バレンタインマン」として、親友の寺内 まどかがパソコンのウィルスに使ったあの写真だ。

 ノーフレームの手が、二枚目の写真をウィズに見せた。

 「隠れた犯罪者の居所を暴く、と言うのもいいかもしれませんね。

  逃亡中の指名手配犯とか、ネット犯罪の犯人を見つけるとか」


 2枚目の写真に写っていたのは、まどかの姿だった。 どこかの店の防犯カメラらしく、上からのショットだ。

 普段とはちょっと違う感じの黒い帽子をかぶって、サングラスで顔を隠している。

 ウィルスのケアをするために、ネットカフェに行った時の写真だと思った。

 3枚目の写真には、きりっとした美人が写っていた。

 朝香センセだ。

 怜さんと同じ顔だけど、怜さんじゃなくてレイミセンセだった頃の。

 分裂した第二人格、女性キャラの朝香センセ。


 「ぜひ出演をお願いしたいですね。

  受けて下さいますよね、如月さん」

 一体いつから、テレビの出演依頼って、脅迫がらみでやることになったんだ?

 

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