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32、階段下で育っていたのは

 門柱の呼び鈴は、押して見るまでもなく明らかに壊れていた。

 「ごめんくださーい」

 と、あたしが声をかけてる間に、さっさと屋敷の中に入ってしまうウィズ。

 そりゃ自分で「観て」人が出て来そうにないのを確認してやってるんでしょうけど、誰かに見られたら困るから人がわざわざ……っておい! 聞いてますかコラ!

 

 外と同じく家の中も、カビ臭く埃だらけで、おまけに薄暗い。 ウィズはためらう事なく居間を通り抜け、その奥にある扉を開けた。

 6畳ほどの書斎が現れた。

 木の天井、木の床、木の本棚。 木材の値段ってよく知らないけど、かなり格調高い感じがする。 室内に置かれたソファセットも、高級そうな革製だ。


 その皮に真っ赤な液体が、ありえない水たまりを作っていた。

 ソファに突っ伏す格好で床に座り込んだ、背広姿の男。 

 立派な口ひげのあるかなりの老人で、頭髪もきれいな総白髪だ。 その後頭部が真っ赤に染まっており、その血はまだ乾いてもいない。 床に転がったガラス製の大きな灰皿が凶器って、わかり易すぎてミステリーには使えないね。


 足が床にくっついて進まなくなった。

 魔術師は軽く眉をひそめただけで、血だまりを避けながら近づき、老人の顔の前に手のひらをかざす。

 「死んでる。 たぶんたった今さっきだ」

 「だ、誰なの?」

 「知らないけど、現在ここで『くだん』を飼ってるってことは、三瀬のトップの人だろうね」

 「『くだん』がいるの、ここに!? じゃ、その『くだん』が殺したの?」

 「いや、殺したのはやっぱり優亜ちゃん」

 「また!?」

 あたしは怖くなって、ウィズの腕にしがみついた。 だって、タイミング的に考えて、殺人者はまだ屋敷の中にいる。

 「一体どうなってるの、あの子は!」

 「シッ」

 ウィズがあたしの唇を指先で封印した。 そのまま静かに耳を澄ます。


 断続的に響いてくる、怪しげな声。

 女の声だ。 方向はあたしの足の真下あたり。

 思わず顔が赤くなる。 あたしだってその道に精通してるわけじゃないけど、人間がこういう声を出しながら何をやってるかくらいは知ってるぞ。

 ゆっくり室内を見回したウィズが、部屋の壁に作り付けになっている大きな木製の本棚の1つに近づき、その左端を掴んで、ドアを開けるように引っ張った。


 本棚がごろごろと弧を描いて動き、現れた壁の表面には、人ひとり通り抜けられる幅で、かすかなつなぎ目が。 うわっ、映画でよくある欧米風隠し扉だ。

 扉を押すと、奥にあるのは壁に囲まれた、踊り場のような狭いスペース。 その右手に、暗く狭い階段が地下に向かって伸びている。


 あっ、あっ、と喘ぐ声が急に近くなった気がする。

 優亜の声だ、とやっとわかった。


 「ウィズあたし、ここを知ってるわ。

  夢の中で見た階段よ、ほら、ミヤハシに捕まって階段落ちした時。

  一番下で伸びてたあたしを、赤ちゃんが来て覗き込んだのよ」

 「その子には今からすぐ会えるよ。 もっとも、現実のその子はもう赤ちゃんどころか、おっちゃんかじっちゃんかって歳だけどね。 おまけに鬼畜でスケベだし」

 「まさか下にいるのがそいつ!」

 「そ。 優亜ちゃんにこの声出させてるのがそいつ」

 とか言いながらサクッと降りて行く気かい!


 「待ってウィズ、まずいんじゃない」

 「終わるまで待つ?」

 「そうじゃなくてっ!」

 危機管理意識までズレてんのかこの男は。 ここは殺人現場で、下にいるのが犯人なんだったら、現場に踏み込まずに警察を呼ぶべきでしょうが!


 携帯がまだ壊れたまま放ったらかしだったので、あたしはウィズを急かして、彼の携帯で通報してもらおうとした。

 「あ!」

 取り出した携帯が、ウィズの手からスルリと飛び出し、書斎の方へ飛んで行った。 まるで紐か何かで引っ張られたみたいだ。

 書斎にひとりの男が立っていた。

 右手にウィズの携帯、左手に例の、ガラスの灰皿。 

 顔は国籍のわからないダンディな中年紳士。


 「困るねコロちゃん、簡単に警察なんか呼ばれちゃ。 優亜はここに監禁されるのを嫌って逃げ続けて来たのに、刑務所に入るんだったら同じことになっちゃうじゃないか」

 「サイモンさん、いつからそこに……」

 ウィズが唖然としている。 この魔術師の後ろを取るなんて、普通の人間には絶対に無理と思うんだけど。


 あたしの魔術師が、とても悲しげな笑顔を作った。

 「これでやっと合点が行きましたよ。 サイモンさん、あなたが本物の『くだん』なんですね」

 「違う」

 サイモンさんは口の端で吐き捨てるように言い、灰皿をゆっくりと持ち上げた。 ウィズがあたしを背中に庇う。

 「この前『ウィザード』で見せてくれた手品で、車のキーを持って行かれた時からずっと考えていたんです。 あなたは時々、マジックじゃない魔法を使う。

  察するにその右手で、物を手元に吸い寄せることができますね」

 「できない」

 「さっき右手に火傷をしてましたよね。 あれは、落ちて来る火のついたダンボールから、僕らを助けてくれたからです。 違いますか」

 「違うね」

 「今も、車の音も玄関のドアの音もしないのにあなたはここに現れた。 

  瞬間移動もできますね、『くだん』の力で」

 「できない」

 「それがあなたのマジックだ。 出来ることは出来ないと言う。 ホントの事を隠すために、信じろとは言わずに信じるなと言う。 ゆめ信じることなかれ、ってね。

  マジシャンなら、タネも仕掛けもありません、って言うんじゃないのかな。 あなたは逆を言うんだ」


 それまで薄く笑っていたサイモンさんの顔が、スーっと固くこわばった。 そういう顔をするとダンディな紳士が、ドラキュラ伯爵か何かのように妖怪じみた顔立ちに見えてしまう。

 「能ある鷹は、爪を隠さなきゃならないんだよ、コロちゃん。 でないととんでもない目に会うんだ。

  君だって今までいろいろあったんだから判るだろうに」

 あたしは息を飲んだ。 サイモンさんの姿が突然霧のように空気に溶けて見えなくなり、次の瞬間、背後に現れたからだ。 あたしのすぐ後ろ、階段の踊り場の上に。

 

 あたしを抱きとめようとしたウィズの腕が宙を泳いだ。

 サイモンさんに腕を掴まれたと思った一瞬で、目の前の壁が一変して、あたしとサイモンさんは書斎側に移動していたのだ。 後ろから首に手を回されて、暴れても逃げ出せない。


 ウィズは隠し扉の前に座り込んで目を見張っていた。 その足元に、二つに割れたガラスの灰皿。

 「外れてしまったか。 手元に引き寄せるのは得意だけど、ぶつけるのは照準が合わなくて苦手なんだ」

 「さっきは助けてくれたのに」

 ウィズが呆然とつぶやく。 サイモンさんがフンと鼻先で笑った。

 「さっきって、優亜が人を殺す前だろう? 今とは事情が違うんだよ。 前にも言ったとおり、私は優亜のためなら人くらい平気で殺せるからね!」

 マジシャンの手の中に、黒光りする不吉な塊が現れた。

 マジック用のおもちゃの拳銃、にはとても見えなかった。 


 ウィズの表情が、迷子の子供のように悲しげに歪む。

 あたしは怒りで目の前が赤くなりそうだった。 偶然じゃないんだ、サイモンさんは絶対、わざとウィズを傷つけようとしている!

 考えるよりも早く体が動いてしまった。 あたしは肩先を押さえつけて自分を羽交い締めにしていたサイモンさんの腕に思い切り噛み付いていた。

 「美久ちゃん!」

 ウィズの叫び声に混じって、サイモンさんの口からうめき声が漏れる。  

 「この、お嬢さんはっ!」


 形容し難い衝撃が全身を貫いた。

 体が宙を飛んだのか、景色が勝手に動いたのか。 ウィズのやった「検索」よりもひどい視界のチラツキ、次いで襲って来たのは、背中と後頭部を中心にした激痛。

 痛みで呼吸が止まり、これは絶対死んだと思った。 だのに意識はしっかりしている。

 あの時と同じ階段の下に、あたしは横になっていた。

 地面は無数にひび割れの入ったコンクリート。 カビと糞尿の悪臭で鼻が曲がりそうだ。

 

 黄ばんだコンクリートの床の上に、ボロボロになった毛布が敷いてある。 その上に優亜が裸で横たわって、呆けたような表情でこっちを見ていた。

 優亜の白い体の上に覆いかぶさっているものを見て、痛みで朦朧としたあたしの頭はおかしなものを連想していた。 畳んでに積まれた敷布団の上に、黒いサッカーゴールのネットを丸めて置いてあるところだ。

 よく見ると、白い布団に見えたのは、ざらついた肌を持つ、異様に膨らんだ人間の体だ。 置かれたゴールネットに見えたのは、ものすごい量の髪の毛だった。


 そいつはゆっくりと顔を上げ、あたしの方を振り返った。

 顔の質量が優亜の倍はある。 恐ろしく大量の生白い肉が、顔の周りについているのだ。

 背中の肉は、豆腐で作ったスケートリンクのよう。 お尻の周りは絞りそこねて垂れ下がった生クリームを50倍に拡大してみましたという感じだった。

 そう、優亜とセックスしていたのは、ブクブクに太った老人だった。 こんなに太っていてセックスが可能なのかというのも驚きだけど、人間の体に、こんなに脂肪がつくことが可能なのかという単純な驚きの方が強かった。 

 でも起き上がったそいつの体を見て、もう一度、今度は恐怖から旋律が走った。

 そいつには、両腕の肘から先と、両足の膝から下がなかったのだ。

 

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