27、仙人の逆鱗
ウィズが撮り終わった動画をYOU TUBEにアップしたのは、朝日が窓ガラスを白く染める時間だった。
ほかのメンバーは我が家のリビングで雑魚寝をしていた。 みんな、怜さんが心配で帰るに帰れなかったのだ。
ところがあたしはその全員を、結果的にたたき起こしてしまった。
「なんでこ、ここ、カットしてくれてないの!?」
あたしの剣幕に、ウィズは澄まして答えた。
「今の段階じゃ、これくらいないと、誰も見ないと思うけど」
「なんてことするのよ! 消して! 消してえ!」
大いびきをかいていたベレッタ刑事が飛び起きた。
体がでかいのでカーペットの隅っこまで追いやられていた、姫神教授がのそのそと頭を上げる。
動画の中のウィズは、浮世離れしたふわふわのオーラをまといながら動いていた。
肉眼だけでモノを見ていない彼は、後ろ向きに歩いてカメラに笑いかけたり、ろくに相手の顔を見ずに声をかけたり、とにかく唐突な動作が多い。
一つ一つの仕草が他の人と違う。 本当に天人か何かが、生まれて初めて地に足をつけて歩いているようで、見慣れているあたしでもその違和感に目を奪われた。
新聞の1面予測を皮切りに、魔術師は10ばかりの予言を画面に向かってやったあと、夜明け前の町外れで終了の合図を出した。
あたしがカメラをオフにしようとした時、ウィズはとんでもないことをした。
あたしの方に突然駆け寄って来て、止めるまもなくカメラを挟み込んだままあたしにキスしたのだ。
しかも。
「ちゃんと消してよ!?」
あんなに念を押したのに、仙人様はそのままで投稿あそばしたのだ。
動画には、キス顔で近づいて来るウィズのアップが限りなく大きく映り、そのまま画面が暗くなって終了していた。
「は、恥ずかしくないの? 第一こんなの、予言に関係ないじゃない!」
「心配しなくても、美久ちゃんの顔は映ってないよ」
「映ってなくたって、関係者が見たらあたしだってわかるでしょうに!」
「関係者は、見なくったって僕らがキスぐらいしてるの、知ってるだろう?」
「デリカシーは知識の問題じゃないんだってばああ!」
大声で叫んでいたら、起き抜けで不機嫌なまどかに思い切り頭を叩かれた。
そんなわけで、動画へのコメントは最初、このラストシーンのことばかりだった。
「路上パフォーマンスって、結局路チューかよ」
「如月吹雪、自由すぎる」
「あたし、ちょっとキュン来た」
「テレビでも見たけど変な人。 天然?」
「わたしもキタ」
「俺も(笑)」
「おまえはキュン来んな(笑)」
「カメラマン、ほんとに女の子だろうな?」
「外れてしまえ」
「キス顔、パねえ」
「目はいいようだが、国語力がなー」
「社会科だろ?」
「明日外れてたら笑ったろー」
無責任な悪口も、面白半分のコメントも、しかしその日の11時でぴたりと途絶えた。
翌日の新聞を待つ必要はなかった。
ロシア鉄道のトンネル崩落事故が、ニュースで報道され始めたのだ。
それまで何を言われていようが、予言が当たってしまえば、そのあとの展開はこちらが心配する必要はなかった。 動画アクセスが突然増え、コメントが踊り狂った。
テレビでこの動画が取り上げられたのは、夜になってからのことだった。 事故のニュースが一通り報道され尽くして、新しいものが入らない飽和状態のところへ、話題として突っ込んだ感じの報道だったが、ともあれその時点で、ネットを見ていなかった人の耳にも、この件が入ったことになる。
「なかなかやるね」
慎重な口調で、三瀬久信は評価した。 こちらから電話がかかるのを、待ち構えていた様子だった。
あたしとウィズは、ウィズの部屋の窓辺に座っていた。
ラウンジバー仕様の広すぎる窓から見える風景は、日が落ちたばかりの空と、薄紫色の街並みがきれいだ。 ネオンが見たくて先週あたしが持ち込んだ、可愛い木製の折りたたみ椅子に並んで腰掛けて、ふたりでテレビを見ながら三瀬に電話をかけていた。
眉一つ動かさず、陰惨な崩落事故のニュースを見つめる魔術師の横顔を見ていると、変な気分になってくる。 自分がテロリストの一味かなんかで、爆破した現場をテレビで確認しているみたいな、ありえない気分だ。
「災害を的中させるのはごまかしがきかん。 お見事だ」
「それだけですか」
「充分褒めてるじゃないかね」
「契約しませんか?」
「それだけじゃ、きみが『くだん』だという証拠にはならんからね」
「この際、それは関係ないんじゃないですか?
僕が優亜ちゃんよりも使えたら、それで解決じゃないですか」
フン、と鼻を鳴らす音がはっきりと聞こえた。
「きみには家族がおるだろう」
「それが何か」
「恋人もいるようだ。 友人もね」
「いけませんか」
「いいわけがない。 私のライバルが、その誰かを人質に取って、きみに情報を流せと言って来たらどうするね? 君は私に内密に、そいつに情報を流すに違いない。 だから、君を信用するわけにはいかんのだ」
あたしに触れていたウィズの腕が固くなった。 怒りのオーラが、一瞬で部屋の空気を圧迫するのがわかった。
「……それが『くだん』を監禁する理由か」
ほとんど声にならないほどの低い声で、あたしの魔術師がうめいた。
「小さな子供を、誰にも会わせないように、どの社会にも帰属しないように閉じ込めて、大事なものを何一つ与えずに育てる理由が、たったそれだけのことか!!」
あたしの背筋が粟立った。
ウィズが本当に怒る瞬間は、世界中のものが凍ってしまいそうなほど冷たく、静かだ。
思わず魔術師の腕を取り、落ち着いて欲しいと願いを込めて小さく揺すった。
電話越しに接している三瀬には、その空気が伝わらなかったのかも知れない。 携帯から流れてきたのは、腹が立つくらい落ち着いた声だった。
「それだけのことが、どれだけ重要かきみにはわかるまいよ。
事業というものは、どれだけ正確に先が読めるか、どれだけ相手より狡猾に振舞うか、この二つが非常に重要なんだ。 だから、占い師を抱えるなら自分だけに命を懸けてくれる人間でないと絶対にいかん。
そう言う理由で考えたら、確かに優亜はもう『くだん』としては失格かもしれんな。 馬鹿な父親が、扉を開けて外に連れ出してしまった。 人の中に放り込み、社会の手垢を付けてしまった。 もしその間に、友達の一人も作っておれば、もう使い物にならんかもしれん。
もっとも朝香先生の話からすると、親しい人間がいるようには見えんな。
せっかく外に出てこれたのに、友達も作れない人生なら、大して大事がる必要もないんじゃないかねえ」
「ウィズ……!」
小刻みに震え始めたウィズの肩を、背中に回した手のひらで撫でた。 ここで変に爆発されたら、怜さんの身が危ない。
「わかりました。 あなたの『くだん』になるのは、やめることにします」
ことさらに緩やかな声が、噛み締めたウィズの唇から滑り出てきた。 威嚇を抑えている、蛇の舌のように。
「優亜ちゃんをお渡しすることにしましょう」
「ほお。 ずいぶん物わかりがいいね」
ちょっといぶかる様な口調で、三瀬が反応した。
「ついでに警察がくっついてくるのはごめんだが、そのへんはちゃんとしてくれるんだろうね」
それに対するウィズのセリフはものすごく陰湿だった。
「わざわざ警察を連れて行くほど暇じゃありませんが、どうせ優亜ちゃんは近々また呼び出されるでしょう。 それは警察の勝手で僕のせいじゃありませんからね。 いつどんなふうに呼び出されるか、僕には見当がついてますが、あなたに教える義理もないようですしね。
まあ、こんな犯罪スレスレのことをしてまで占いに頼らなきゃ儲からないような状態じゃ、三瀬もかなり傾いてるようだ。 優亜ちゃんには荷が重いと思うんだけど、そのうち会社が倒れたら戻ってくるでしょうから、とりあえず今はお渡しします。 1時間後にそこにお連れしますよ」
「ま、待て! ここは困る。 こ、これから場所を指定するからそこに連れて来い」
「どうせ乃々木の社宅跡でしょう。 そこなら1時間かかる。 8時でいいですか」
畳み掛けられて、ついに相手が言葉に詰まったので、ようやく魔術師は気が済んで矛を収めたのだった。
社宅跡というから、ぼろぼろなアパートが立ち並んでいる様子を思い浮かべていたのだけど、行ってみると時計台のある、素敵なレンガ造りの大きな建物が一軒。 ちょっと見には幼稚園か学校のようなデザインの家屋で、しかもかなり新しい。 建ったばかりで何かの事情があって閉鎖された、という感じがした。
入口に街灯が一つ点っていたので、そこに車を止め、あたしとウィズは座席ですくんでいた優亜を降ろした。
「大丈夫。 すぐに解放されるよ。 それまで僕の言ったとおりに」
怯える優亜の目をまっすぐ見て、魔術師は保証した。
車の中で、ウィズは優亜に「予言」を授けていた。
聞かれそうなことを予測して、答えを教えただけじゃなく、どんなふうに答えたらうまくいくかを細かく指示したのだ。 それでも、激怒したサイモンさんをなだめる役には立たなかった。
「気は確かかコロちゃん。 やめてくれ、優亜をあいつらのところにやったらおしまいだ。
どこかに連れ去られて隠されて、2度と戻って来ないに決まってるんだ!」
掴みかからんばかりのサイモンさんの肩を、ウィズは優しく押さえた。
「『どこかに』とか『隠す』とか、そういうことは僕には通用しない。 生まれたての赤ん坊が喋ったのとは違って、優亜ちゃんは僕が居場所を突き止めるのに協力することができるから、どこに隠されても絶対わかるよ。
落ち着いてよく考えて。 例え今だけ連中から逃れても、一生のうちに何度だって同じことが起こる。 それよりも、誰も追いかけてこれなくなるまで、徹底して叩いておいたほうがいいに決まってるじゃないか」
あたしはゾッとして、魔術師の顔を見直した。
そう、ウィズはものすごく冷静に見えて、実はこれまでにないくらい、強烈に怒り狂っていたのだ。
実は前章を25章としてしまっていましたが、26の間違いでした。 お詫びして訂正します。




