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21、正体見たり

 「飲酒運転はいかんな、吹雪くん」

 マンションの地下駐車場でエレベーターを降りたとたん、いきなり声をかけられて、あたしは悲鳴を上げた。

 ウィズはもうわかっていたらしく、うんざりした顔で肩を落としてみせた。

 「その様子じゃ、ついて来るつもりですね。 姫神教授」

 「運転手をやってやろうという殊勝な心がけを邪険に扱うんじゃない。 ついでに尾行もまいて進ぜようというのだから有難いだろうが」

 大きな図体に似合わぬ、機敏な動きであたしたちの早足に対応しながら、姫神教授はすまして言った。

 「尾行?」

 「刑事というやつはしつこいぞ。 『体調が悪いから見えませんでした』なんぞという話で納得する連中じゃない。

  あんたが逃げ出した時に備えて、出口で車1台待機しとるんだ。 絶対についてくるぞ」

 「刑事さんたちにも、ついでに教授、あなたにも言っときます。 身に余るご厚遇痛み入りますが、とりあえずこれから僕の部屋へ帰るだけなんで、ついて来たって面白いものは出ませんよ」

 「なんだ? 朝香先生を捜しに行くんじゃないのかね」

 姫神教授、あからさまにがっかりした様子だ。


 「見当がつかないのに、闇雲に捜してもしょうがないでしょう。

  さっきからメールを打ってますが、怜から返事はありません。 それ以上の捜索をするなら、あんなガヤガヤした場所でやったって身にならない。 部屋に戻って出直します」

 ウィズはそこまで言ってから、ハッとして付け加えた。 

 「その前にもう遅いから、美久ちゃんを家に送らなきゃ」

 「あたし、怜さんを探しに行くなら一緒に行きたいのに」

 あたしは急いで申し出たが、魔術師は承知しなかった。

 「これから動くとしたら深夜になるから、ダメだよ。 またお母さんに怒られちゃうじゃないか」

 「でも」

 「電話するから」

 「一人で危ないことしないわよね?」

 「しないよ」

 あたしの魔術師は、フレームに入れて飾っておきたいくらい魅力的な笑顔で首を振った。 そこにおっかぶせて姫神教授が、

 「吹雪くんは我輩がちゃんと見張っておくから、安心して帰るがいい」

 言うが早いか、こちらの意向も無視したまま、ウィズからキーを奪い取ると、巨体を折りたたんでレヴィンの運転席に収まってしまった。 是が非でも運転手をやるつもりのようだ。

 

 「連中は南口の来客用駐車場に車を置いとる。

  このまま表通りに乗ったら、待ち伏せて追跡されるぞ」

 姫神教授は、あたしとウィズを強引に後部座席に座らせると、座席越しに一枚のディスクを投げて寄越した。

 「こいつは本来は門外不出なんだが、この際、道すがら見ておいてもらおう。 ノートを持っとるんだろ。

  朝香先生が何と戦ってきたのか、知っとく必要があるだろうからな」


 発進した車の中で、あたしとウィズは叫び声を上げた。

 教授は突然、車のギヤをバックに入れて、そのままお尻から表通りへ爆進したのだ。 しかも出口ではなく、入口側の通路を使って、地下へ下りる坂を逆走した。

 「危ない!」

 「死ぬ気ですか!」

 「大丈夫大丈夫! このあとちょっと遠回りして行くから、ディスクを見ておりなさい」

 姫神教授は、天狗を思わせる悪人面でかんらかんらと笑った。 あきらかにこれがやりたくて、運転席に座ったのだと思われた。 

 それからおもむろに、あたしのマンションとは逆方向にハンドルを切った。 目と鼻の先なので、遠回りして逆側から行くということなんだろう。 


 ウィズが急いでパソコンを立ち上げる間に、あたしはディスクケースに挟んであった紙片を開いて見た。 それは無地の便箋で、朝香先生の柔らかな筆跡で、細かい文字が並んでいた。 

 姫神教授への私信の文章だった。



 *****************

  姫神先生、大変お久しぶりです。

 古代の旅をお楽しみのところ、お邪魔と知りつつ連絡をさせて頂きます。

 私が先生に初めてお会いしてから、はや3年の月日が経過しましたが、当時の先生の強烈な印象は、私の胸の中で未だ色あせることなく輝いております。

 周囲に伺いましたら、この頃はますます歴史的建造物への造詣を深められ、調査活動に没頭しておられるとのこと、お陰で大学構内の誰に聞いても、消息の見当がつきませんでした。

 文句を言っていた者も確かにおりましたが、私などから拝見すると、(しがらみ)から完全に自由な先生をうらやましく思う気持ちの方が先行して、密かに心躍る思いがします。


 さて、先生もご存知の通り、私はこのほど、人格統合後のリハビリを相沢教授にしていただきながら、仕事の上では同教授の助手、という複雑な立場になりました。

 教授との信頼関係は充分あり、大変優遇して頂いておりますが、今回ちょっと奇妙な体験を致しまして、さて誰に相談を持ちかけるかという段になって行き詰ってしまいました。

 患者である立場を思うと、相沢教授にあまりに荒唐無稽な話を持ち出すのは、結果として研究の混乱を招くと言うか、早い話が人格統合の副作用で幻覚でも見たかと疑われる恐れがありまして、何もかもを同教授に相談できないと判断せざるを得なかったのです。


 実際、このような話を信じていただける方は、この世界に何人もおられません。

 学者の方は、特にこういった事には拒否反応を示される方が多いのです。

 先生はオカルティックな方面にも真剣な学術的興味をお持ちと伺っております。 ぜひ、その柔軟な知識と豊富なご経験にすがらせて頂きたく、お便りさせていただいた次第です。


 今回ご覧いただきたいのは、私が担当を任された一人の女性患者の症状です。

 塩谷優亜、21歳の女子大生ですが、初診当時妊娠3ヶ月でした。 産婦人科を受診した際に、言動が不安定ということで、精神科の受診をすすめられて私のところに来た患者です。

 彼女は自分の妊娠の経緯について、何故か明確な記憶がなく、初診当初、性行為を夢の中での出来事と解釈していました。 相手についても、先生もご存知の如月吹雪(彼のクライアントでもあったのです)であると決め付けて、初診の際には如月氏を弾劾するような発言もありました。 その時の様子は、映像はありませんがディスクの最後に文書での記録を貼っておきます。 

 初診を終えた時点で、優亜嬢の症状を分析して、解離性同一性障害、つまり昔の私と同病の可能性ありと見て、本人の承諾のもと、その後の問診の様子をビデオ撮影することにしました。 

 撮影したビデオは、第2回の診察から5回目までの記録です。

 どうか、ディスクをご覧になった上で率直なご意見をいただきたく存じます。




 ******************

 「美久ちゃん」

 ウィズが立ち上がったノートパソコンをあたしの膝に置いてくれた。

 あたしが画面に見入るのを待って、ウィズはあたしの肩を抱き寄せて、髪の毛の中に自分の鼻を突っ込む。

 こんなとこでらぶイチャか! と思うなかれ。

 これは彼一流の合理性というやつで、狭い後部座席で一つのノートパソコンを覗き込むのを避けるため、彼は画面でなくあたしの頭の中を読むことにしたのだ。 

 最近魔術師はこれがお気に入りで、二人きりの時はテレビもこの方法で見たりする。 

 あ。 いやまあ、テレビの場合はわざわざそんな格好で見る必然性はないわけで、それについては間違いなくイチャイチャするのが目的でござんす。 文句ある?


 **************

 大学の診察室らしい部屋の、真っ白い壁を背にして、塩谷優亜が座っている。

 以前、あたしとウィズが呼び出して問い詰めた時の優亜とは、全く違った彼女がそこにいた。

 あの時の彼女は、下を向いたきり、意地でもしゃべるまいとするように唇を噛み締めていた。

 そして微動だにしなかった。 一枚の絵のように。

 でも映像の中の優亜は、絶えず動いていた。 あんまり動きすぎるので、何度もフレームアウトしていなくなる。

 用事があって動くのではない。 落ち着きがないのだ。

 「塩谷さん。 大丈夫? その姿勢、お腹が苦しいんじゃないかな」

 画面の外から、怜さんが何度も声をかけるので、フレームアウトして居る間、彼女が回転椅子に腹ばいになって遊んでいたことがわかった。


 「塩谷さん。 一昨日の話の続きをしましょう。

  お腹の中の子の、お父さんが誰かって話で、きみの好きな占い師のことを話していたんだったね」

 「あの話はあれで全部よ。 もうおしまい。 だって一度しか会ってないんだもん」

 そっけないくらいあっさりと言う優亜の顔が、ようやくカメラの方を見た。

 薄笑いを浮かべた口、子供のようにまっすぐにこっちを見る、見開いた目。 どれもあたしの見たことのない表情だった。 もっとも、あたしは優亜とそこまで親しくないので、大学でじっくり見た覚えもないんだけど。


 「そう、一度しか会ってない人なのに、結果的に深い仲になってしまったわけだよね。

  君はそれをどう感じてる?」

 怜さんが、慎重に言葉を選びながら質問した。

 「いい気味」と、優亜。

 「誰に対して?」

 「篠山さんよ。 あの人とは何度か会ってるけど、あんまり好きじゃないから。 浮気されて泣けばいい」


 い、今なんて言った?

 知らなかった、こういう性格だったのかこの女。 

 あたしは頭をはハンマーでぶん殴られたくらいのショックを受けて、呆然と画面を見つめていた。


 でも、そのショックはただの前哨戦だった。 まだまだとんでもない秘密を、優亜は持っていたのだった。

 

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