1、魔術師の曲芸
その瞬間、魔術師は一度だけ、あたしの方を振り返った。
切れ長の目に、とてつもなく大きな悲しみをたたえて。
眼の前にニョキニョキと生えて来るのは、リポーターの持つマイク。
さざ波のようにきらめくストロボの光から顔を背けて。
子供みたいに途方に暮れて、彼はあたしの方を見たのだ。
「やめてウィズ、見世物になるつもりなの?」
あたしは彼の腕に取りすがった。
眼の前に立ちはだかったレポーターの1人が、透明なビニール袋を差し出していた。
中にはハンカチやティッシュ、ボールペンや小銭などの小物がぎっしり入っている。 今しがた、このマンションの前に詰めかけた報道陣と野次馬たち、推定20余人が、各自のポケットの中身を入れて持って来たものだ。
「さあ如月さん、読んで持ち主に返してください!」
この品物から残留思念で持ち主を引き出すなんて、ウィズにとっては朝飯前のことだ。
なにしろたった今、ポケットから出されたホヤホヤの品なのだ。 魔術師の眼からは、顔写真が張り付けてあるかのように見える事だろう。
だけど彼は、これまでマスコミの前で、曲芸的な能力の披露をできるだけ避けて来ていた。
今さら言うまでもない。
こんなことをやれば、自分や周囲がどんな面倒に巻き込まれるか、ちゃんとわかっているのだ。
「やめて! あたしたちのことはいいから。
ひとりで全部背負いこまないで!」
あたしの叫びを聞きながら、唇をギュッと嚙み締めた後、魔術師はあの不吉な深呼吸と共に、問題のビニール袋を受け取ったのだった。
彼。 ウィズこと如月 吹雪、占い師。
あたしの婚約者。
彼が見ている世界を、万人が信じる日が来たら、彼は人から神と呼ばれるのだろうか。
それとも悪魔と呼ばれるのだろうか。
優しすぎる魔術師は、いつもすべての可能性を推敲してから、最良と思ったものを選択する。
それなのにあたしは、その選択が正解と感じたことが一度もないのだ。
自分だけ我慢しようだなんて、絶対ダメだからね、ウィズ!
ようやくプロットまとまったので始めたいと思います。 しばらくお休みして少々筆が遅くなっており、ちょっと苦労するかもしれませんが、がんばります。
どうぞよろしくお願いします。