聞き込み再スタート
目を覚ました明美。上体を起こしてみる。身体の怠さはなくなっていたが少し頭がボーっとする。ベッドの周りを白いカーテンで覆われているため外の状況が分からない。しかし、部屋の雰囲気、置いてある物。そして、消毒薬特有の匂いでここが保健室だと分かる。
そして、携帯の時間を見て驚く。
「うそっ!?もうこんな時間!?」
携帯のデジタルの表示は16:30と表示されていた。つまり、今日丸一日授業を受けずに保健室で過ごしたことになる。
「寝すぎた〜。ってか昨日は午前中寝て今日は丸々寝てたってマジヤバくない?」
あまりのことに自分で自分に言ってしまっている。
「取り合えず先生に言ってこよ」
明美はベッドから出てカーテンを開ける。
「あっ先生、ありがとうございました」
机で書き物をしていた保健の先生にお礼の言葉を送る。
「ええ、身体はもう大丈夫なの?」
「はい!おかげさまで」
「そう、それなら良かった」
保健の先生も余程心配していたのか安堵の溜息が出ていた。
「それでは先生」
明美がお辞儀をし踵を返し部屋を出ようとした所。
「ちょっと、前原さん」
「はい?」
引き止められる。完全に背を見せていたが呼び止められ再度、身体を先生に向ける。
「1つ聞くけど。あなた本当に寝不足だったの?」
「そ、そうですけど、何か・・・」
少しギクリとする。
「いや、ね。寝不足なのは分かったけど・・・。何か精神的にも疲れていたみたいだったから」
もう1度、ギクリとする。
「何言ってるんですか!?寝不足だけですよ!!」
不自然に全力で否定の言葉を返す。
「本当に?」
「本当に本当です!」
少しの間、お互いの目を見る。明美にとっては長い沈黙に思えた。
「・・・・・・ふぅ、分かった。でも何かあったのなら心の中に閉まっておかないで家族にでも友達にでも先生にだっていいから遠慮せずに言ってね?女の子なんだから身体をもっと大事にしてね?」
観念したのか先生から溜息が零れる。保健の先生はカウンセリングも担当している為、何かあるであろう明美を気遣ってのことだった。
「はい、分かりました」
明美は頷く。しかし、言えない。あんなこと他の誰かに言える訳が無い。そんなことを心で思い先生に罪悪感を覚える明美だった。
その後、担任の橘先生に体調が戻ったことを伝えるも内容は保健の先生と大体同じことを言われた。やはり明美は本当のことを言えず笑いでごまかし職員を後にした。
1度、1―Cの教室へと戻り自分の鞄を取りに行く。そのついでとばかりに隣の教室 1―Bを覗いてみる。
「やっぱりいないか」
山本の姿はなかった。と言うか誰1人いない。時間も時間で家に帰るなり部活に行くなりして誰1人残っていなかった。しかし、いたらいたで話し掛けずらい。昨日の今日では尚更。
「そりゃそっか。昨日もホームルーム終わって速攻帰ってたもんな〜」
明美の独り言が誰もいない教室に沈む。その声には安堵感が少し含まれていたような気がした。
明美は1人廊下を歩く。そして、ある教室で足を止める。その教室からは一言一言はっきりと聞き取ることのできる無数の声が聞こえてくる。札には演劇部と書かれている。
音を立てないように遠慮しながら扉を開けるがガラガラガラッと音が鳴ってしまう。中に入り人を探す。
「え〜っと」
部屋を見渡していると1人の女生徒で視線が止まる。女生徒も明美に気付き近寄ってくる。
「明美!どしたの?ってか大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと今、大丈夫?」
そう言って廊下に美咲を連れ出す。
「ごめんね急に来ちゃって」
「明美なら大歓迎だよ〜」
美咲は先程の雰囲気とはガラッと変わり主人に甘える猫のように抱き着いてくる。
「ア、アハハハッ」
毎度のことながら苦笑いが零れる。いつもはクールな感じなのに明美の前ではデレデレになり何かある事に明美に「私の明美〜」とか「かわいい明美〜」とか言っては抱き着いてくる。それほど明美のことが大好きなのだろう。
あくまで親友としての大好きである。
「分かったから!・・・それで美咲にさ、聞きたいことがあるんだけど」
頬づり美咲を剥がしつつ本題を切り出す。
「明美のイケず♡」
お預けをくらった小猫になる。
「それで何が聞きたいのかな〜明美ちゃんは。まっ、まさか!?」
「うん?」
頭にクエスチョンマークを付け首を傾げる明美。
「私のスリーサイズ!?いや〜ん、明美ったら」
「誰もそんなこと聞いてなーいって!その前にまだ何も言ってもないから!」
完全に頭の中がハートだらけの美咲に明美が否定の言葉を投げる。
明美はみんなに訴えたい!美咲という人間はこんな人だということを!しかし、誰かに言った所で普段の美咲を知る人に言っても「美咲さんがそんなキャラなわけないじゃん」「クールで大人な美咲さんに限ってそれは無い!冗談も休み休み言え!」と言われるのが関の山。誰も信じてもらえないだろう。だが、そんな美咲の本当の姿を知る者がもう1人いる。それが理恵。幼稚園からの友達だけがその本性を知っている。
「美咲!美咲!」
すでに自分の世界に入っている美咲の両肩を揺らし元の世界に呼び戻す。
「うわわわわっ!何、明美!」
「良かった、戻ってきた」
さっきまで寝ていた明美だが何だかもう疲労感がハンパない。
今の空気を切り替える為、言葉に力を込め本題へと戻す。
「で、聞きたことなんだけど」
「何?」
「美咲のクラスに山本って人の事なんだけど」
「山本?・・・・・・あぁ〜、山本ね。うん、アイツが何?」
少しの間が開いた後答える。どれだけ影が薄いのか。
「その人について何か知ってることってある?」
「知ってること?う〜ん、私あんま喋んないからな〜」
そう言いながらも一応考えてみる。
「そうだな〜・・・私が知ってることって言ったら暗いって事とウチのクラスには友達いないなって事くらいかな」
絞り出しての答えであった。
「ふ〜ん、あんまり話さないんだ」
「うん。喋りかければそのことに対しては答えるけど後は話さない。まあ、暗いって言うか人見知り?ってな感じ?」
「なるほど。分かった、ありがとっ」
「うん。あっ、明美」
行こうした明美を引き止める。
「うん?」
「もしかして、あんなヤツがタイプなの?」
「タイプ?」
一瞬、何を言っているのか分からず考え込む。しかし、すぐに美咲が何を言ったのか気付き顔が赤くなる。
「ち、違うよ!」
全力で否定する。
「ホントに?」
美咲の疑いの眼差しが明美に突き刺さる。
「ホント!マジだって!美咲だって知ってるでしょ?私が特待生について調べてるの!それの聞き込み」
「ふ〜ん、そうなんだ」
疑いの眼差しで見つめてくる。
「ホントだよ!信じてよ」
「ぷっ、あっははは」
思わず吹き出してしまう。
「ごめん、ごめん。あまりにもムキになって言うから」
「馬鹿にして」
「怒んないでよ、明美。でもそんな明美も可愛い」
「もういい帰る!」
ソッポを向いて歩き出す。すると、電光石火の如く美咲が動く。
「ああ〜ごめん、明美。言い過ぎました!信じます!あなたの言ったことすべて信じます!だから、嫌いにならないで」
泣き縋るようにして言う。傍から見たら愛想を尽かした女房に縋る夫な感じ。
「ちょっと放れてよ!」
必死にしがみつく美咲のせいでここから動くことが出来ない。
「分かった、許すから!放して!」
美咲に負ける。
「本当!?ありがとう、明美」
その言葉を待っていましたとばかりにすぐに笑顔に変わる。
(ホントっこの人は)
呆れながらも親友の笑顔を見てこっちも笑顔になる。
「じゃあ、私帰るね。部活頑張って!」
「オッケー。気をつけて帰ってね明美」
お互い挨拶を交わし2人は別れた。
その後、明美は写真部へと足を運んだ。
勿論、昨日の写真を見るためである。写真を見るだけならば自分の家のパソコンで見れるが何分真っ暗で何も見えない。それでも何か写っているのではと思いここに来ている。
「あの〜、すいません」
「あっ、明美ちゃん。久しぶり」
何人かいたがパソコンに向かっていた
明美に手を振り笑顔で迎える女生徒。
「お久びりです。洋子先輩」
明美はデジカメで撮った画像をまたにここでプリントアウトしてもらっているため顔見知りとなった。ちなみに斉藤 洋子は明美の1つ上の学年である。
「それで〜、今日はど〜んな写真を見せてくれるのかな〜」
興味津々に聞いてくる。
「今日はこの写真に何が写っているか調べて欲しいんです」
「ん?どれどれ」
明美愛用のデジカメを先輩に渡す。デジカメからSDカードを取り出しパソコンに差し込む。
洋子は慣れた手つきでSDに入っている画像をパソコンの画面に映し出す。
「何これ?何も写ってないじゃん」
映し出された数枚の画像は何も写しておらずただ真っ暗なだけ。
「はい。でも微かにですけど写ってるようにみえませんか?」
「そう言われてみれば見えなくもないけど・・・」
そう言われて目を細めて画面を睨む洋子。なんとなく細い路地裏のような場所のように見える。
「そこで先輩にお願いなんです。この写真に何が写っているか分かるようにしてほしいんです」
「これを?」
「はい。お願いします」
頭を下げて頼みのこむ。要するにパソコンで画像を鮮明にしよとのこと。
「まぁ、いいよ。どこまでやれるかわかんないけどね」
「ありがとうございます」
「いいって。後はこの子の頑張りしだいかな」
目の前のパソコンに向き直り作業に取り掛かる。
画像の解像度を上げたり真っ暗な中にも輪郭などの些細な情報を取り上げていく。
作業に取り掛かること数分後。
「よっし!」
終わったのだと思い明美がパソコンの画面を覗き込む。
「まぁ、これが限界かなっ」
先程の数枚の真っ暗な画像。それがどこまで解析することができたのか。画面に釘付けになる。
「・・・やっぱり何も写ってないですね」
最初の4、5枚を見終わった感想が出る。声にも残念さが滲み出ている。その後のも見たが結果は同じ。背景は最初よりも良くはなっているが所詮はこの程度と言った感じ。
次の写真、次の写真と見ていくうちに明美の期待値も下がっていく。
そして・・・。
「結局、何も写ってなかったっと」
洋子も少なからず期待し作業に取り掛かっていたがそのかいなくして結果は残らなかった。
せっかくやってもらったのに成果がないのが申し訳ないとばかりに何かないかと画面にかじりつく。
「ちょっとすいません」
マウスを借り何度も同じ画像を穴が開くくらい凝視する。
「明美ちゃん。そんなに見ても変わらないよ」
そんなことは百も承知である。しかし、何か手掛かり欲しい一心で見つめる。
「ん!?」
1声上げ画面に前のめりに食いつく。画像は最後の1枚。他と変わらない狭い空間の風景のみ。
「どうしたの?」
洋子は明美の急な行動に驚く。
「・・・・・・」
無言のまま見る。そして、
「先輩!ここ、アップに出来ますか!?」
画面の1点を指差してくる。
「えっ、うん」
その1点には薄くだが何かが映っていた。しかし、それは小さくぼやけている。多分、遠くで何かが動いたからだと思われる。洋子は明美が示した部分を拡大してみる。
「・・・・・・」
「これって・・・人?」
拡大された画像の1部。画像を最大まで拡大したせいで荒くなりはっきりみることはできないがそこには人の形をした何かが映っていた。
「ホントに人なの?」
驚きの声しか出ない洋子。それに対し静かに画面に釘付けになる明美。本来ならば洋子の反応の方が正解である。なぜなら、カメラで写された場所は明美がいる地上よりも遥か上空に位置する場所。普通のマンションの5階、6階の所。まして周りの建物にはベランダが無く内側から外に出る場所が無い。どうやったらあんな所にいけるのだろうか?しかし、そんなことは考えても分かる訳もない。
それよりも目を引くのがその人影の腕。右腕なのか左腕なのかも分からないが異常なことは分かる。明らかに黒い。そして、普通の腕よりも肥大化し爪に関しては長く鋭い。動物でもこんなにも鋭く長いものを持っているものはいないだろう。
こんなものが人のはずがない。洋子はそう思いたかった。でも、これが人ではなかったら何なのか。新種の動物か。それとも霊的なものなのか。どちらにしても鳥肌が立ってします。
洋子が恐怖心を覚えているなか明美はただじっと画面を見つめているだけだった。