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かるぴす

Fine days

作者: かるぴす


 午後の授業はだるいというより眠い。とりあえず眠い。春のぽかぽか陽気の中で授業を受けているときと同じくらい眠い。なんとか眼を開けていようとするのだが、瞼は重く、意識していてもしだいに視界が狭まっていくのがわかる。本気でこれはまずい……。

 ……。ビクン!

 痙攣で意識が戻った。幸い椅子や机が音を立てなかったので、周囲にこの痴態を目撃されずにすんだと思う。時計を見ると記憶より十分ほど時間が進んでいる。伸びをしながら見回してみると、隣で少女が必死に笑いを堪えていた。

「お前、見た?」

 少年は声を抑えて少女に尋ねた。

「ごめん、笑うつもりはなかったんだけど。なんかツボにはまっちゃって」

「さっき見たことは今すぐ忘れてくれると嬉しいんだけどな」

(次の休み時間はこの話題で決まりだな)

 少年は心の中でため息を付くとノートを取り始めた。



「ねぇねぇ、さっきさビクン!ってなったよね? ビクン!って」

 少女は新しい玩具を買ってもらった子供のように目をきらきらさせている。

(子供、だな)

「あ、今なにかすごく失礼なこと思ったでしょ」

 そして無駄にカンが鋭かったりする。

「別に俺だって好きであんな痴態を晒したんじゃない。絶対あの変……かどうかは微妙、てか実際にあってもおかしくないけど、夢のせいだって。だったら間接的にお前のせいになるけどな」

「ふむふむ。今君から発せられたワードを整理するとですね、さっきの痴態は夢のせいでその夢に私が出てきた、と言いたいのですね」

「何頭よさげに言っちゃってんの。まぁその通りなんだけどな」

「何よ頭よさげって。その言い方だと私が頭弱いって聞こえたのは気のせいかな?」

 口は笑っているのに眼は笑っていない。そして器用にもこめかみをピクピクさせている。

「気のせいです。どうぞ推理ショーをお続けになって下さい」

 少女から黒いオーラが発生しだしたのを感じた少年は情けないぐらい低姿勢になった。

「あとで覚えときなさいよ。まぁいいわ、つまりあなたは授業中に惰眠を貪るばかりかあまつさえ、いたいけない少女(私)を餌に変態的な妄想までしていたというわけです」

 少年は右手で顔を押さえるとがっくりと肩を落とした。

「まぁ落ち着け。俺はお前の頭の構造を知りたいよ。確かにお前と夢は関連があるってのは誰でも想像が付く。問題はここからだ。なんでそんな変態チックな妄想ができるんだよ!」

「だってねぇ? 健全な男の子だよ? そのくらい普通じゃないの?」

「もういいよ。お前と話してたら馬鹿が移る……」

「ちょ、ひど! 今バカって言ったね、バカって」

「バカじゃない、馬鹿だ。漢字なんだよコノヤロー」

「声じゃ漢字かカタカナかなんてわかんないわよ! はぁ。本題に戻るけど、結局私を使ってどんな夢見てたの?」

「えーと断片的にしか覚えてないけど、最後はお前が走ってきてブスッと殺られたね」

「ちょっと何よそれ。それじゃあ私が悪役みたいじゃない。途中をハショらないでよ」

「だから言ったろ? 断片的にしか覚えてないって。ちょっと待ってろ、今思い出すから」

 少年は夢を思い出すふりをしながら思った。

(これだからコイツをいじるの止められないんだよ)

 少年は純粋に楽しいと思った。どんなことを言っても野良猫のように反応してくる彼女は見ていて飽きないむしろ反応を見たくてちょっかいを出してしまう。おかげで彼女が本気ですねるまでついついいじり倒してしまうのが癖になってしまった。悪い悪いと言いつつ、次はこれを……といった感じで考えてしまうので手のつけようがない。

「えっとだな……」

 少年はどんなことを言おうか迷ったが、一番面白そうな反応を見せてくれそうなことを言った。

「お前が俺の彼女っていうありえない設定で、俺が他の女の子とイチャイチャしてたのな。それに嫉妬したお前が包丁構えて突っ込んできたってわけ。そんで刺された瞬間に身体が反応してあの痴態を晒したということだね」

 少年は言い終えると少女の顔を見た。少しうつむいている顔は真っ赤に染まり、肩がプルプルと震えている。

「あの~、姫、私何かご無礼なことを申してしまったのでしょうか?」

(さすがに変なこと言い過ぎたか……。ここは何とかして乗り切らなければっ。泣くのだけはカンベンしてくれよ~)

 やはり男の天敵は女の涙。ここで泣かれるのは非情に気まずいのだが、慰めの言葉が見つからない。

「泣きたいのなら俺の胸に飛び込んでおいで?」

「なんでそこで疑問系なのよ! っていうか泣きたいんじゃないから!」

「? じゃあなんでそんなに肩プルプルさせてんのさ」

 少年の頭の上にクエスチョンマークが大量に出現する。

 少女は深呼吸して一気に言った。

「なんで私があんたの彼女じゃありえないのよ!……じゃなくて、私があんたに嫉妬するなんてありえないから!!」

「そっちでしたか」

「当たり前でしょ。もう授業が始まるからあとでね」

 そう言われて前を向くと、すでに先生がいらっしゃるではありませんか。

(ヤベ、さっさと用意しないと当てられる)

 そして慌てすぎた少年は椅子から転げ落ちたのだった。



「明日は絶対に奴をギャフンと言わせてやる」

 少女はベッドで抱き枕に抱きついてなにやらぶつぶつ呟いている。はたから見れば抱き枕にしゃべりかけているただの変人だ。

「さすがに気が付いちゃったかな。でも……」

 少女は抱き枕に顔を押し付けた。

「なんであんな態度になっちゃうのかな」

 彼を前にするとどうしても反抗的な態度をとってしまう。もっと素直になれたらなぁと思っているのだがなかなかうまくいかない。明日こそは…と思いながら少女は眠りに付いた。



 少年は自分的哲学に浸っていた。

 今日も昨日と同じような一日だった。学校に行って、隣にいるコイツと漫才のようなバカ騒ぎをして、眠くてしょうがない授業を受けて、またバカ騒ぎして、まぁ楽しいからいいのだけど。

 毎日同じことの繰り返し。たまには違うことをしてみたいと思うが、無理をしなくてはいけないのならやらなくていい。あくまで何の変哲もないこの日常が俺は好きだ。案外日常を続けるのは難しい事なのだ。だからこの雰囲気を壊してまで新しいことなんて欲しくないし、あってもいらない。 この時間がどんなに大切かが分かるから。隣を歩く少女の頬がほんのり赤かったのは、きっと夕日のせいだろう。

 明日もいつもと変わりませんように。

 それだけが俺の唯一の願いだ。


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