第1話 バグゲー転生
某ゲーム会社が10年の開発期間と開発費120億円を投じた超大作MMORPG『バルデルド・オンライン』。
しかしサービス開始5分後、致命的なバグにより緊急メンテナンス。
そのままサービスは再開されず、翌日に終了告知。
プレイヤーたちはこう呼んだ。
――『伝説のクソゲー』『バグオラ』と。
そして……俺、小森大地は、このクソゲーに転生させられた。
なんで、わかったかって?
転生と同時にオープニングムービーが流れたから……音バグで音声が抜け落ち、作画崩壊の映像……『ようこそ! バルデルド・オンラインへ』の文字がでかでかと表記された。
視界が開け――俺は、幼馴染のヒロインの家で朝食を食べていた。
「ちょっと、ダイチ! また人参残して!
私が食べてあげるね!」
ツンデレ金髪ツインテールのヒロイン……スターナ・ビルデルド・カエサル・アゼリュート……以下略――フルネームを読み上げるのに一分以上かかる彼女は、主人公と共に魔法学校に通うメインヒロインだ。
彼女は頬を赤らめながら、人参なんて無い俺の皿から、ステーキ肉に手を伸ばし、勝手にフォークを刺す。
恐ろしいのが……これが、仕様かバグか開発陣しかわからないところだ。
ボケにしてはあまりにもシュールすぎるし、
ステーキ肉を取られた怒りの方が勝っている。
いや、そもそも朝食からステーキってヘビーすぎないか?
「ステーキは食べれるってば!」
スターナに抗議するが、彼女は、俺のステーキ肉を口いっぱいに頬張り、食べるのを止めない。
「ふん、別にあんたのためじゃないんだからね!」
ツンデレ構文全開のスターナは、もはや会話すら噛み合わない。
さて、ここからが本題だ。
サービス開始時、このゲームの同時接続数500万人中――5分間のゲームプレイ時間で――この家から出れたプレイヤーは誰一人としていなかった。
❇
俺はさっそく会話の通じないヒロインそっちのけで、家から出る方法を探す。
スターナの家は木組みの二階建て住宅。
シンプルな設計で、スターナの母親と暮らしていた。
身寄りの無い主人公(俺)はスターナの家に拾われて……一流の魔法使いを目指すといった冒頭だ。
背後にぴったりとついてくるスターナが、
10秒おきにお決まりの定型文を喋る。
「ダイチ今日は、魔法学校の入学式ね。
場所はわかる? ここから、南の方角よ!」
まずは家からの出方を教えてくれよ。
窓、玄関、壁抜け……だめだ、どこを探しても出口が見つからん。
玄関なんて、ドアノブに手をかけようとしたら
“透明な壁”があって触れられない。
「ダイチ、魔法学校の場所もわかんないの?
ぷっ、だっさー。南だよ南!」
スターナの煽りがグレードアップしていく。
マジでうざい。
「スターナ、少し黙っていてくれ!」
俺は強めにスターナを叱る。
「ご……ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……ダイチの気持ち、考えられなくてごめんね」
スターナの頬に涙が伝い、顔を伏せる。
「いや、そこまで怒ってないから。大丈夫だよ」
これじゃあ俺が悪いみたいじゃないか……
いや、悪いのか?
「スターナ、ごめんな」
俺はスターナの頭を軽く撫でてやる。
「うん!許してあげる」
この子はメインヒロインだけあって、バグさえなければ、可愛い。
――とそんなことを考えている場合じゃない。
家から出ないと、そもそもストーリーが進まない。
❇
ゲーム開始から5時間――俺はまだ家から抜け出せずにいた。
尿意を催してきた。
俺はトイレに行こうと家の中を探索する。
……ない……トイレがない。
そうだ、RPGあるあるでこの家にはトイレとお風呂場が存在しないのだ。
まずい、トイレができない。
不安が膀胱をさらに刺激する。
「ダイチ、どうしたの? トイレ?」
スターナが心配そうに俺の顔を覗き込む。
そうだ! スターナに聞けばいいんだ。
「スターナ、トイレはどこにある?」
「トイレ? そんなの無いわよ」
即答だった。
「無いわよじゃないわよ!」
焦るあまりスターナの口調が俺にまで伝播する。
「じゃあ、どこでトイレすればいいんだよ?」
「うーん……そうだ! 私が飲んであけよっか?」
「ちょっ、なにを言い出すんですかスターナさん! このゲームは全年齢対象の健全なゲームですよ!」
これ、開発陣の癖とかじゃないよな?
ともかく、そんな特殊プレイは絶対にしたくない。
「なら、どうすんのよ?」
「てかスターナは、トイレはどうしているんだ?」
「失礼ね! トイレなんかしないわよ!」
くそっ、アイドル設定だったか。
だめだ……漏れる……。
人間性を捨てようかと思ったその時、
視界の右下でメニューアイコンが点滅を始めた。
これは……クラフトツール?
視線でメニューを操作して、クラフトメニューを開く。
これは……そこには仮設トイレの項目があった。
開幕、トイレを作らないといけないゲームってなんだよ。
マジでクソゲーだな。
❇
ふぅ、なんとか用を足すことはできた。
一つ問題があるとすれば、世界観に合わない不自然な仮設トイレが、部屋の隅に存在することだ。
……なんで、こんな世界に転生させられたんだ。
攻略なんて不可能だろ。
家から抜け出すのが最初の関門なんて、
どんなRPGだよ!
怒りを通り越して笑いすら出てくる。
――結局出口は見つからなかった。
てか、出口なんて本当に存在するのか?
言い知れぬ不安が襲ってくる。
時間は進んでいるようで、窓から見える街並みは、闇に溶け街灯に照らされていた。
近いようで遠い……外の世界がこんなに恋しいと思ったのは初めてかも知れない。
少し、センチメンタルな気分になっていると、
スターナ母が夕食のステーキをテーブルに並べる。
今日は疲れた。
とりあえず一晩寝て、明日から攻略を再開しよう。
風呂にも入れないし……ゲーム内でリアルの肉体があることがこんなに不便だったとは思いもしなかった。
人生が一番のクソゲーかもしれない。
❇
そんなことをしみじみ考えつつも、
またもやRPGあるあるに直面する。
そう、住人の数に対してベッドが一つしか無いのだ。
シングルベッドにスターナとスターナ母に挟まれて、重なるように寝る。
「ダイチ……私たち、魔法学校に入れなかったね。これから、ここで一生一緒暮らす?」
スターナが不穏なことを言い出す。
これって、ストーリーは進行しているのか?
一生、家の中ってのはさすがにキツい。
スターナとスターナ母は可愛いけど、それでも嫌だ!
「うぉっ!?」
スターナ母が突然、俺の胸に指を這わせる。
な、なんだ?
「ダイチさん……私、夫に先立たれて……寂しいんです……」
これは……なんだ。
スターナ母ルートにでも突入したのか?
ストーリー展開がカオスすぎてついていけない。
ベッドは狭いし、暑いし、終わっている。
「ダイチさんは、私みたいなおばさん、相手にしてくれないわよね……」
スターナ母は確かに綺麗だ。
年齢は分からないが、二十代後半と言われても違和感はない。
長いブロンドが月明かりに照らされ、潤んだ青い瞳が俺を見つめている。
「お母さん……」
スターナが俺の背中を叩く。
「ちょっと、ダイチ! 狭いんだけど!」
俺は、ベッドから起き上がりスターナを抱きかかえる。
「ちょっと、ダイチ……なにするのよ……私、こういうことには慣れていなくて……」
スターナが恥ずかしそうに目を背ける。
俺はそんなスターナを優しく床に寝かせた。
「お前は、床で寝てろ」
そうスターナに囁き、俺はベッドに戻った。
「なっ、あんた! いくらなんでもヒドすぎない!」
スターナが喚いているが知らん。
俺はスターナ母に向き直る。
なにが正解かはわからんが、とりあえずヒロイン母ルートを試してみよう。
てか、この世界ってMMORPGだよな?
開幕ヒロイン母ルートってなんだよ。
わけわかんねえよ!
もう、こうなったらヤケクソだ!
「お母さん……今晩だけなら、俺の腕……貸しますよ」
「ありがとうございます。
それと、アーシャって呼んでください」
「アーシャさん……」
「ダイチさん……」
アーシャさんは俺の腕を枕代わりにして、体を寄せてきた。
ベッド脇で騒ぐ、スターナを放置して俺たちとアーシャさんは二人だけの世界に溶けた。




