それは、規約外です
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみくださいませ。
侯爵家の長女の、縁談が整った。
侯爵が懇意にしている、金持ちの商家の嫡男で、長女とは二つ違いで、年齢も釣り合う。
早速夫人に相談すると、後妻で次女の母は手を打って喜んでくれた。
「あの子が成人する前に、間に合ったわね」
そう、本当にギリギリだ。
こんなにギリギリになった理由は、前侯爵夫人の干渉のせいだ。
前侯爵夫人は、ひと月前に病で帰らぬ人となるまでの数年、前妻の子であった長女に固執し、爵位を次女に継がせたい侯爵とは、対立関係にあった。
長女も、侯爵夫妻よりも前侯爵夫人に懐き、幼い頃から夫人の隠居先の領地と、王都の屋敷を頻繁に行き来しており、そのせいで、次女との立場の違いを、教え込む事が出来なかったのだ。
だが、そんな心配は、このひと月で解消した。
前侯爵夫人の葬儀後、屋敷から出なくなった長女に、立場を教え込むことに成功した。
後は、長子後継が基本のこの国の法律の裏をかいて、さっさと長女を嫁がせるだけだった。
これは、長女が成人する前、かつ、次女が学園を卒業して、学寮から帰ってくるまでに、片付けるべき作業だった。
侯爵の執務室に呼んだ長女は、メイド服に身を包んだまま、やって来た。
他の使用人に嫌がらせされたのか、頭から足元まで水浸しだった。
くすんだ髪の少女のみっともない姿に、侯爵も一緒にいた夫人も顔を顰めたが、咎める時間も勿体ないと、話を切り出した。
「お前の嫁ぎ先が、決まった」
「……」
目を丸くした長女に、侯爵は厳かに告げた。
「明日、迎えが来る。仕事が終わったら荷造りをして、準備するように」
目を丸くしたまま、長女は継母の方に目を向ける。
それを受けた夫人は、思わず笑いながら、頷いた。
「あなたのような見窄らしい子が、こんなに早く嫁に行けるのよ。喜びなさい」
前妻の娘を、ようやく追い出せると言う本音が見え隠れしている継母に、長女は不思議そうな声を出した。
「それは、出来ません」
「は? 出来ないではない。するんだっ。父の決定に楯突くのかっ?」
目を剥いて立ち上がり、侯爵は執務机の上の陶器の灰皿を、長女目掛けて投げつけた。
いつもなら、身をすくめて怯える長女が立ち尽くしたまま、それを片手で受ける。
「侯爵様との契約は、本日までですので」
長女は言い、侯爵の前まで歩み寄ると、手にした灰皿を机に置いた。
意味不明な事を言い出した長女に、侯爵は喚く。
「何を馬鹿な事をっ。まさか、私と血縁がないと言うつもりかっ?」
「まあっ。何て親不孝な子なのっ? ただの躾に、契約も何もないのにっ」
「? いつから、あなたが侯爵になったのですか? ただの平民の婿養子が?」
は?
言葉を失った夫妻に、長女は不思議そうに続けた。
「前侯爵夫人様が亡くなる前に、こちらのお嬢さまが、爵位は継がれました」
「はあっ? そんな馬鹿なっ。お前はまだ、成人していないだろうがっ」
「成人はまだ先ですが、お嬢さまは既に、結婚されていますから」
言ってから、長女は微笑んだ。
「ちなみに私は、ただの派遣型の使用人です」
三か月前、前侯爵夫人の元に出荷された介護士は、気難しくなった夫人を、甲斐甲斐しく介護し、その信頼を勝ち得ていた。
領地の使用人たちの受けもよく、介護士としては物足りない空気が、逆に居心地を悪くし始めた頃、夫人の孫が領地に見舞いにやって来た。
見舞いと言いつつ、妙に切羽詰まった顔で、夫人に人払いを願うと、令嬢は悩みを打ち明けた。
婿養子だった父が、侯爵家の乗っ取りを目論んでいると言う、元貴族だった介護士としても、聞き捨てならない話だった。
それを聞いた夫人も同じで、すぐに対策を始めた。
「まず取り掛かったのが、王都への引っ越しと、侯爵家の本籍の移動です」
「は?」
口を開け放つ夫妻に、女は微笑みながら説明した。
「だって、高位の貴族の後継者を蔑ろにする者がいる場所では、世間体が悪過ぎますから」
その後、すぐに爵位を継げるよう、婚約者との婚姻届を国に提出した。
「はっ? 婚約者だとっ?」
「聞いてないわっ」
喚く夫婦に、女は目を丸くした。
「可笑しいですね。お嬢さまには、幼い頃から、婚約者がおられましたよ」
「っ」
「それを知らされない程、信頼されていなかったのですね」
まあ、娘の顔も覚えていないなら、信頼以前の問題だと、女は呆れたように首を振り、言った。
「私の雇用内容は、お嬢さまの代わりに、屋敷の様子を報告することでした。これは、国の然るべき機関にも、日報に記して提出してあります」
この二月程、令嬢の代わりに受けていた仕打ちは、使用人たちの今後も決めた。
そして、前で項垂れる夫婦の今後も。
「この屋敷、今月一杯で立ち退き命令が下されました。前侯爵夫人さまが亡くなってから、こちらの屋敷の賃貸料が、払われていないそうですよ」
「は?」
「? 執事さんから、書類を貰ってますよね? あなた方にこの屋敷を貸し出す旨の契約書が、届けられたはずですよ。侯爵さまが亡くなった後に」
「? ?」
「あー。お嬢さまが、その辺りのお仕事を、されていたんですね。ご愁傷様です」
あっさり理解した女は、丁寧に頭を下げた。
これ以上、彼らに説明する必要は、ないだろう。
女はさっさと執務室を後にし、屋敷を出るべく、荷造りを始めた。
やっと、本来の仕事に戻れるっ。
女の足取りは、軽かった。
女の本職は、御老体や心身に難がある人を世話する、介護士だ。
そう言う方は、大人しい方もいるが、自由に動かない心身に苛立ち、世話係に辛く当たる方もいる。
女がいる商会は、そう言う方に対応出来る人材を主に育成し、斡旋している。
そんな介護士が、今回全く違う分野の仕事を受けたのは、余命がいくばくもない前侯爵夫人からの、真剣な頼みだったからだ。
商会の責任者や、国の偉い方とも話し合い、爵位を継いだお嬢さまと、契約をし直した。
あの平民夫妻が、縁談を伝えて来た今日が、契約終了日だったのは偶然で、本当は夜に屋敷を出る予定だった。
勿論、事情を説明する気も、なかったのだが。
商会の事務所に向かいながら、少し反省した。
逃げる余裕を、与えてしまった。
お家の乗っ取りは重罪で、極刑は免れないのに、つい、あの家の次女の今後を気にしてしまった。
侯爵となったお嬢さまは、学園卒業後の妹を本籍の屋敷に迎える予定のようだが、両親の考えに影響されていてもいなくても、居心地悪いだろう。
後味が悪い思いを引きづりながら、商会の事務所である、雑貨店の扉を開くと、女はつい、奇声を上げた。
「っ。ご主人様っ。会いたかったですうっっ」
品を物色している客数名が、ギョッとして振り返る中、カウンター席の内側に座っていた男が、珍しく顔を顰めた。
「お前……その、可笑しなテンション、疲れないか?」
そんな事を言う男の方が、妙に疲れている。
が、それを意外に思うより先に、その小柄な男とその膝の上に座る、小さな子供の平和な図に、うっとりと溜息をつく。
「姫も、お元気そうですね」
「姫? え? 私ですか?」
「少なくとも、オレじゃないです、きっと」
小さな会話を聞きながら、女はその光景を目に焼き付け、先の後悔も反省も、頭から吹き飛ばした。
店の奥に向かい、契約終了の報告をして、次の仕事のエントリーを行う。
事務処理を行いながら、仕事上の反省をする。
メイドの真似事をしつつのいびられは、想像より楽しくなかった。
原因は、反応がありきたりだったせいだろう。
喜んでいるのを悟られぬよう、適度に反応したつもりだったのに、最後辺りは皆、引き気味でいびってきたため、痛い思いはしなかった。
もう少し、虐められやすい顔を研究しながら、次は頑張ろう。
そう、心の中で決意した。
自虐癖の元騎士のお話です。




