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第6話 敵陣へのフリーキック

 2月に入った。


 まだ掛川城の攻囲戦は続いていた。ただ、やはり徳川軍は本格的な攻勢に出るつもりはないらしく、たまに散発的に弓や鉄砲による攻撃があったり、門に押し寄せて来ることはあったが、どうにも「緩い」空気が流れていた。


「しかし、マジで暇だな」

 どこか男っぽいところがある、FWの高原が声を上げた。事実、ここ数日間はほとんど敵陣に動きはない。


「そうですね。スマホも使えないですし」

 中村が、モバイルバッテリーを繋ぎもせずに電源を落としている、井原のスマホを恨めしそうに眺めていた。


「ダメよ。これは緊急用。無闇にスマホを使うわけにはいかないわ」

 その井原は、緊急時やサッカーの試合のカウントなど以外は、この戦国時代においては、かたくなに部員がスマホを使うことを禁じていた。

 もっとも、そもそも圏外のため、最低限の機能しか使えないのだが。


「戦国時代だから、もっとこう殺伐としているかと思ったんですけどねえ」

 川口がのんびりとした口調で語りながら、一向に動きがない敵陣を見つめていた。


 その時だ。

「ならば、こちらから仕掛けてみるか?」

 後ろから野太い声がかかっていた。


 振り返ると、南蛮胴の鎧に、鹿の前立てのついた兜をかぶった、朝比奈泰朝が立っていた。


「朝比奈様。どういうことですか?」

 中田が、応じる。


「先程、お館様にお許しを得てきた。敵に動きがない以上、こちらから仕掛ける」

「戦ですか?」


「うむ」

「私、人が死ぬのは見たくないですわ」

 実は川口は、実際に戦いで兵士が亡くなるのを見て、メンバーで一番ショックを受けていた。


「何を甘いことを抜かしておる。今はいくさの世じゃ」

 しかし川口の一言に、泰朝は吐き捨てるように、強い口調で答えた。


 そもそも日常的に戦をしている、この世界と、平和な現代日本では価値観が違いすぎるのだ。


「それで、何故私たちに声をおかけになったのでしょう?」

 井原は勘が鋭いから、気づいていたが、問いかけていた。


「うむ。そなたらの”さっかー”の力を借りたいと思ってな」

(やっぱりか)

 と、井原が思ったのは、わざわざ武士として、名声も力もある朝比奈泰朝が、女であり、旅芸人でもある彼女たちに声をかけてきたからだ。


「それは、構いませんが、どうするので?」

 中田が前に出て、皆を代表して問うと。


「これを使う」

 朝比奈泰朝は、後ろにいた従者らしき若い武士から、小さな玉のような物を受け取っていた。


「これは……」

焙烙玉ほうろくだまじゃ」


 焙烙玉。あるいは焙烙火矢とも呼んだ。焙烙とは元々、素焼きの土器のことを指したが、つまり焙烙、あるいはそれに似た陶器に火薬を入れ、導火線に火を点けて敵に投げ込む手榴弾のような兵器である。


「まさかこれを徳川軍に投げ込むのですか?」

「そうじゃ。そこでそなたらの力がいる。どうじゃ。そなたらの”さっかー”の力でこれを敵陣に蹴り入れることはできぬか?」


(そう来たか)

 感慨深げに中田は思いつつ、咄嗟に頭の中で考えを巡らせた。

 すぐに答えに行きつく。


「中村。お前のフリーキックで敵陣に蹴り入れてやれ」

 しかし、当の中村は顔色が青ざめていた。


「ちょっと、待って下さい、中田先輩」

「何だ?」


「そんなの蹴ったら、足を怪我しますって」

 中村は、陶器のような形をした、その球体を見て、表情を曇らせた。


 しかし、それについては、泰朝が笑みを見せた。

「案ずるな。蹴り役のそなたには、戦場いくさばで使う、これを渡しておこう」

 そう言って、彼が手渡したのは、忍者が使うような手甲てっこうに似た、足の甲を覆う鉄製品だった。


 中村は、その硬さを己の手で、確かめる。

 完全な鉄で出来たそれなら、確かにこの陶器の焙烙玉を蹴っても、足は怪我しないかもしれないが、衝撃はありそう、と内心は思うのだった。


「まあ、仕方がないですね」

 渋々ながらも、頷いた中村。


 足の甲を覆うように、足甲をつけ、その上、念のためにすね脚絆きゃはんを身に着けることになった、中村は、泰朝に連れられて、徳川軍がよく見える二の丸に向かうことになった。他の4人も心配だったため、それに続く。


 二の丸の塀の上から眺めると、確かに眼下に徳川軍が揃っていた。


 馬、兵士たち、それに食糧や弾薬を格納していると思われる簡易的に幕を張った、倉庫らしき物などが見られ、兵士たちはいつでも戦えるように武装していた。

 その数、3000人以上はいるようだった。徳川家の葵の御紋の旗が無数翻っていた。


 中村俊は、朝比奈泰朝によって、二の丸の塀の上に台座を乗せた、特別な「台」を用意してもらい、そこからこの焙烙玉を蹴り入れることになったのだが。


(いくらタイムスリップしたと言っても、やはり、人殺しはしたくない)

 現代人の感覚として、彼女は心の中で思っていたし、事前にこっそりとメンバーにもその旨を確認し、メンバーも同意していた。


 つまり、彼女の狙いは、ある一点にあった。


 朝比奈泰朝は、具体的に「どこを狙え」とか「兵士を殺せ」とは命じていない。

 それを逆手に取ったのだ。


 狙うのは、比較的近くにある倉庫のような、簡易的な幕がある部分。

 そこには兵士たちが出入りしていたが、必要な時のみ使用をするようで、つまり普段使いはされていなかった。


 中村は、泰朝や部員たちが見守る中、フリーキックの準備に入るが、敵陣の人物の動きをよく見ていた。彼女は蹴るギリギリまで、導火線に火を点けずに様子を見ていた。


 そして、先程から、れてきて、

はよう蹴らぬか」

 と、催促をしてくる泰朝を無視して、じっと人の動きを探っていた。


 何人かの兵士が、幕に入って行ったかと思うと、すぐに出てきた。その後、しばらく待っても人の動きがなかったことを確認した、中村はようやく導火線に火を点けて、左足を振り上げた。


(「黄金の左足(ゴールデンレフト)」の実力、見せてもらおうか)

 リーダーの中田は、一学年下の彼女のことを、特にそのフリーキックを「買っている」節があったから、見逃すまいとして、凝視していた。


 中村は、角度のあまりない、この台座の上から、わずかに助走をして、軸足を地面に滑り込ませるように踏み込み、勢いそのままに上半身を押し出しながら、下から巻き上げるように足を振り抜いていた。


 そのまま、焙烙玉が宙を舞っていた。

 綺麗な放物線を描いた焙烙玉が、青空を舞う。


 徳川軍の兵士たちの何人かが気づいて、何人かが声を上げるも、止められる手段はなく、焙烙玉は無残にも幕の中に入った。


 瞬間。


―ドーン!―


 焙烙玉が爆発、火柱が上がっていた。丁度、落ちたところに弾薬があり、それに引火したのだ。瞬く間に火事になっていた。

 当然、徳川軍は大騒ぎ。


 慌ててこちらに弓矢や鉄砲が撃ちかけられたため、中村はじめ、4人も生きた心地がしないまま、慌てて城内に逃げることになった。


 その途中、

「うむ。見事であった、俊とやら」

 朝比奈泰朝が上機嫌に声を上げて、破顔していたが、中村は苦笑していた。


(結構、足痛かったんだけどな)

 と、彼女は内心、思っていた。いくら足先を鉄製品で覆ったとはいえ、それでも衝撃はじかに足に伝わるのだ。


 ただ、彼女は、自慢の「黄金の左足」を振りぬいた後に、思うのだった。

(でも、良かった。多分、死人は出ていないはず)

 あえて、人がいないところを狙った、中村のフリーキック。


 実際、この時の徳川軍の被害は、食糧や弾薬のみで、人的被害はなかった。


 徳川軍の包囲は続いていた。

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