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第5話 戦国サッカー野試合

 徳川軍による、掛川城の包囲戦は続いていた。


 しかし、戦いというのは、寝ても覚めても四六時中しろくじちゅう行っているわけではない。

 食事、睡眠、その他の時間はあるし、何よりもこの戦い、徳川軍はどうも本気で戦っているようには、見えない節があった。


 そう、葵が言い出したのがきっかけだった。

「そうね。恐らく葵の言う通りかも」

 歴女の井原が頷く。


「どういうことだ?」

「平たく言うと、徳川家にとって、今川家は元の主筋しゅすじに当たるの。だから、多少なりとも躊躇の気持ちがあるはず」


 戦国時代に詳しい井原が言うには、当時は裏切りも珍しくない時代だったが、それでも武士として、徳川家康にとっては、かつての人質時代にお世話になった、今川義元という主の息子でもある今川氏真に対して、「出来れば殺したくない」という気持ちがあるのではないか、と。


 弱肉強食の戦国時代にも一定の不文律、ルールがあり、独立したとはいえ、「元の主筋を殺す」というのは不義になり、つまり世間体が良くない。


 家康はそのことを恐れているから、包囲はしつつも、急いで攻めることはせず、いずれ降伏勧告をして、和睦に持ち込む腹なのではないか、と。


「なるほど。だから、攻撃がどうも散発的なんですねえ」

 のんびり、おっとりとした性格のキーパー、川口が呟いて、城の本丸から眼下を眺める。


 確かにその視線の先には、徳川家の葵の御紋の旗がずらりと並んでいた。

 一見すると、蟻の這い出る隙間もないくらいに、この掛川城は包囲されている。

 にも関わらず、連日、攻撃はどこか散発的で、緩やかだったのは確かだった。


「じゃあ、せっかくなので、やりましょうか?」

「何をだ、俊?」

 井原の問いに、中村は笑顔で答える。


「決まってるじゃないですか、サッカーの試合ですよ」


 攻撃が散発的とはいえ、それでもいつ城に敵が攻め寄せてくるのか、わからない。

 そんな緊迫した雰囲気の中、葵が中心になって、あっという間に体制が整えられた。


 もっとも、現代と違い、正式なサッカー場などあるはずもない戦国時代。

 ただ、この掛川城の本丸には大きな広場があり、そこがサッカー場の代わりとしてはちょうどいい広さがあった。

 ゴールに見立てる、木の枝を立て、木の枝で地面に線を引き、時計はスマホのアラーム機能を使用し、後は以前に教えたルールを再確認する。

 ただし、オフサイドなどの難しいルールは、一旦不採用とした。


 今川氏真は笑顔で頷いていた。

 彼曰く。

「つまらない戦をするより、こちらの方が面白い」

 ということだった。


 つくづく戦国時代に向いていない、と井原は思うが、それでもサッカー選手としては、興奮しないはずがなかった。


 あっという間に試合の日程が組まれ、その間、駿府高校のメンバーも、そして今川氏真たちも、互いにサッカーの練習をするのだった。


 そして、1月末。試合当日がやって来た。

 

 ただし、彼女たちは5人しかいないから、6人は今川軍の兵士から借りることになった。


 駿府高校は。

 フォーメーションは、オーソドックスな4-3-3。

 センターフォワードは高原奈緒。

 中盤のミッドフィルダー、センターハーフに中田葵。インサイドハーフに中村俊。

 ディフェンダーのセンターバックには井原まなか。

 ゴールキーパーは、川口芳美。


 一方で、今川軍チームは。

 フォーメーションは、ツートップの4-4-2。

 フォワードに朝比奈泰朝。

 チームの司令塔のミッドフィルダー、センターハーフには、今川氏真。

 ディフェンダーに、千早。

 ゴールキーパーに、まつ。

 残りは、同じく今川軍の兵士が務める。


 一応、動きやすいように、氏真たち、そして今川軍の兵士たちにも農夫のような服装を彼女たちは用意した。ボールはもちろん、駿府高校の彼女たちが持ち込んだ正式なサッカーボールを使う。

 時間は、井原が持っていたモバイルバッテリーをスマホに繋ぎ、45分でカウントを測ることにした。


―ピョーッ!―

 ホイッスルの代わりに、使用したのは龍笛りゅうてき。古代から伝わる横笛で、これを審判代わりの兵士が吹いた。


 事前に改めてルールを説明していたが、試合開始直前に、葵が改めてルールを確認するも、氏真はこういうところだけ、妙に物分かりがよく、

「万事わかっておる」

 とだけ返してきた。


 そして、実際、試合が始まると。

「ほれ、隙ありじゃ」

「なにぃっ!」

 中田がボールを中村から受け取った後、すぐにいきなりMFで司令塔のはずの中田は、ボールを奪われていた。

 奪ったのは、もちろん氏真。一瞬の隙を突かれていた。


 氏真はそのままドリブルで突破を図ってきた。

 だが、さすがにMFの中村とDFの井原がタックルで止めに行く。


 しかし、

「あり!」

 妙な掛け声と共に、氏真は器用にもボールを右足と左足の先端に挟んだまま、ジャンプ。

 二人のタックルをかわして、突破していた。

 しかもバランスを崩すこともなく、ボールを綺麗に地面に落として、着地に成功。


「止めて!」

 さすがに向きになった井原が叫ぶが、残るのは数合わせに入れただけの素人ディフェンダー兵士たち。


 簡単に突破され、ついにはゴールキーパーの川口と一対一になっていた。

(素人のシュートなんて止めてやりますわ!)

 普段、物静かでおっとりしている川口は、試合になると人が変わったように「燃える」ところがあった。


 氏真は、右足を思いきり振り上げて、シュート体勢に入っていた。

 川口は、右か左かを、相手の足の動きから予想する。


(右、いや左ですわ!)

 思った瞬間、氏真が動きを止めた。フェイントだった。


 左に見せかけて、右にシュートを放っていた。川口は完全に裏をかかれていた。

―ピョロー!―

 ホイッスルと違う音だが、ある意味、みやびな龍笛の音が響き渡った。


 試合開始からわずか3分。

 いきなり彼女たちは氏真に点を取られていた。


(こいつは、本物のファンタジスタだ)

 中田は驚愕すると同時に、喜んでダンスのような舞を踊っている、氏真を見て、


(惜しいな。時代が時代なら、彼はサッカー界のスーパーヒーローになれたかもしれない)

 とも思うのだった。その足さばきの見事さは、まさに本物の「芸」だったのだ。


 同時に、むくむくと闘志が湧き上がってきた。

(負けてたまるか)

 と。


 試合再開。さすがに彼女たちは、本気になった。

 サッカーに関しては、一切の妥協がなく、己の全てを懸けるストイックなところがある中田が中心になって、ボールを回す。


 巧みなパスプレイで、素人集団の今川軍を翻弄し、あっという間にゴール前にボールを運ぶ。


 が、

「そりゃ!」

 ボールを受け取ったはずの高原が、足にタックルを受けて倒されていた。


「おい、マジか。あんた、フォワードだろうが」

 高原が驚いて、見ると、相手のFWであるはずの、朝比奈泰朝が自軍のペナルティエリア近くまで戻っていた。


「”ふぉわーど”であろうが関係ない。そなたを止めるためならな」

―ピョロー!―

 龍笛の音が鳴り、ファウルが取られ、フリーキックとなる。


 キッカーは、決まっていた。

(ゴールデンレフトを決めろ、中村)

 キャプテンの葵が指名したのは、1年生のMF、中村俊。


 彼女は左利きの選手だが、その左足から繰り出される、フリーキックは正確無比で、今まで何度もチームの危機を救ってきた。その「ゴールデンレフト」と呼ばれる、いわゆる「黄金の左足」の噂が中学生時代から広まり、駿府高校の女子サッカー部の監督が彼女をスカウトしたのだ。


 そして、

「ふっ」

 ディフェンダーが並び、壁になり、その後ろにはゴールキーパーのまつが構えていた。

 しかし、中村が放ったフリーキックは、ほとんど回転をしなかった。


 無回転のボールが、綺麗な軌道を描きながら、壁となる兵士の頭の上を通過し、ゴールの左上の隅に吸い込まれるように飛んで行く。

 まつが、反応するが遅く、ボールは木の枝の内側を通過。


 これで1-1となっていた。

 前半戦は、そのまま膠着状態で終了。


 後半戦。

 今度は、向こうの「重戦車」のような男が突っ込んできた。

 朝比奈泰朝だった。


 元々、筋力がある。ましてや、彼女たちは女子サッカー。相手は男子。

 力量の差がある。


 ほとんど反則すれすれの強引なドリブルで彼は突破。しかし、シュートだけは勢いがあっても技術はなかった。

 川口が何とかキャッチ。


 そのまま敵陣近くに攻め込んでいた、今川軍は後ろががら空きになっていた。

 逆にそれを狙っていた、駿府高校側は、いわゆるカウンターを仕掛けていた。


 素早いパス回しで、ボールを前線に運ぶ。

 GKの川口から、DFの井原、MFの中村、中田、そして、FWの高原がペナルティーエリア中央でボールを受け取りざま、競りに来た、千早のブロックをかいくぐるように強烈なヘディング。


 しかし、これはフェイントで、高原はヘディングに見せかけたバックパスをしていた。ボールがバウンドする。


 ボールに合わせて、駆け込んで来たのは、MFであり、司令塔でもあるキャプテンの中田だった。


 中田は、そのままシュート体勢に入る。

 遮る者は誰もおらず、右足を思いきり振り切っていた。


 そのシュートは、ドライブ回転をしながらゴールに向かって飛んで行った。そして、ゴールの手前で、軌道を変えて落下していた。いわゆるドライブシュートだが、中田はこれを「ドライブショット」と名付けていた。これが中田の奥の技でもあった。


 GKのまつが手を伸ばすが、当然軌道を読めずに届かなかった。

―ピョー!―

 龍笛の音が鳴り、2-1となる。


 後半戦、残り半分くらいになって、再び氏真の動きが活発になってきた。

 さすがに、前半戦最初のような、意表を突いたプレーは、井原が中心になって防いでいたし、中田の指示で、兵士の多数が氏真をマークしていた。


 それでも、

「やあ、おう!」

 あの妙な掛け声で、実に楽しそうに氏真はフィールドを舞うように動いていた。


 結局、数人がかりで何とかボールを奪うことになるが、中田だけでなく、他の4人も同じように感じていた。


(氏真は本当に上手い)

 と。


 世が世なら、ファンタジスタになりえた存在が、確かにここにいたのだ。


―ピョロー!―

 あらかじめ設定していた時間になり、井原のスマホからアラーム音が鳴り、試合はそのまま2-1で、駿府高校が勝利。


 しかし、

「いや、”さっかー”とは誠に興味深いのう。かように楽しい物とは知らなんだ」

 氏真は実に満足そうに、子供のような純粋な笑顔を見せていた。


「氏真様。楽しそうですね」

「良かったですね、兄上」

 妻の千早と、妹のまつにも言われていた。泰朝は、


「この泰朝。何があろうと氏真様について行く所存」

 ほとんどサッカーとは関係のない所感を述べていたが、満足そうな表情を浮かべていた。


 こうして、幻の「戦国サッカー野試合」は終わったのだった。

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