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第4話 朝比奈泰朝という男

 遠江国掛川城に撤退した、今川家の一行と、駿府高校女子サッカー部の5人。

 彼女たちは、今川氏真お抱えの「旅芸人」として扱われ、城の一角に部屋まで与えられる厚遇を受けることになったが。


 そこに待ち受けていたのは、さらなる過酷な運命だった。

 同年、十二月二十七日。


「徳川じゃと?」

 氏真が平伏する武士に問いかけていた。場所は、掛川城の本丸にある、城主が起居する、十畳はある、大きな畳敷きの部屋だった。


「はっ。お館様」

 その場には、たまたま女子サッカー部の5人も居合わせていた。つまり、彼女たちは氏真の気晴らしの余興に付き合わされていたからだ。


 しかし、この掛川城の城主でもある、この男、朝比奈泰朝は、最初から彼女たちを敵視するように睨みつけてきていた。

 年の頃は、ほとんど氏真と同年かと思われる、若い武士でもある泰朝。顎髭あごひげを薄く生やしていた。筋肉質の肉体、鍛え上げられた腕や足腰。まるで細身の狼のような怖さを感じさせる、いかにもいかつい風体の男だった。


 恐らく、「武」に生きてきたこの男にとって、「サッカー」や「蹴鞠」など、いわゆる芸事げいごと自体が好ましくないのだろう、と井原は推測していた。


 そして、問題はその徳川軍にあった。


 実は、武田と徳川は密かに同盟を結び、ほぼ同時に今川領に侵攻してきたのだが、先述のように、北条氏康が己の愛娘まなむすめでもある、千早、つまり早川殿が、武田に攻められ、命からがら逃げたことに対して、激怒。


 氏康は息子の氏政うじまさと図り、今川に援軍を送って、武田と対峙した。

 つまり、武田軍は北条軍に阻まれて西に進めず、この掛川城まで到達していなかった。


 その間隙を縫って、徳川軍が一気に動いていた。


 しかも、実は手を結んでいたはずの、武田・徳川の仲も盤石ではなく、隙あらば相手を騙して領土をかすめ取ろうと目論もくろんでいた。

 世は、弱肉強食の戦国時代。


 今川の当主、氏真はその点、あまりにも弱かったのだ。


 今のところ、徳川家当主、家康が自ら城に攻めてくることはなかったが、代わりに精鋭の三河武士を率いて押し寄せてきたのは、伊賀出身の武士、服部はっとり半蔵だった。


 半蔵は、掛川城を幾重にも包囲していたが、対する朝比奈泰朝も奮戦しており、一進一退の攻防を見せており、城は落ちる気配を見せていなかった。


 そのまま年内は何事もなく、包囲戦が進んだ。


 年が明けた。

 永禄十二年(1569年)、元旦。


 氏真は包囲された城にいながらも、どこか他人事のように、呑気に構えていた。

 そのためか、正月の余興に、と彼女たちを城の本丸広場に呼びつけていた。


 城の本丸にある、大きな広場。

 そこに呼ばれた彼女たち5人を前に、氏真は思いも寄らない一言を浴びせてきたのだった。

「葵」

「はい」

 彼、氏真は唐突に葵に述べた。それは、


「おぬしらが言う、その”さっかー”とやらを教えて欲しい」

 ということだった。

「えっ」

 一瞬、驚いて固まる葵。


 その時、反対したのは、重臣であり、同時に忠臣でもある朝比奈泰朝だった。

「お館様。恐れながら、かような状況で蹴鞠にうつつを抜かしている場合ではありませぬ」

 と。


 しかし、氏真の真意は違っていた。

「泰朝」

「はっ」


「せっかくの元旦じゃ。そなた、こやつらから蹴鞠の技を学べ」

「へっ」

 妙な声を上げていたのは、5人のうちの、陽キャ担当とも言える、FWの高原だった。


「お館様。おたわむれを。いつ徳川軍が攻めてくるかもわからぬこの事態にそのような……」

 武で鳴らす泰朝は、当然ながら難色を示していた。


「よい。徳川とて、元旦くらい休むじゃろ」

「はっ」

 渋々ながらも、泰朝は彼女たちの前に立ちはだかった。


 決して大きくはない男だが、そのにじみ出る威圧感と、筋肉の分厚さが、彼女たちには脅威に感じられるほどだった。


 そこで、渋々ながらも、チームのリーダーでもある中田葵が、技を教えることになった。

 つまり、「シュート」のやり方についてだった。


 ボールのどこを蹴って、どのように蹴れば回転がかかるかを教え、GK役の川口が実際にそれを受けてみせた。

 最初こそ嫌がっていた泰朝だったが、次第に慣れてくると、動きが活発になった。


 何しろ、元々が体を鍛えている生粋きっすいの武士である。

 体の動かし方は、それこそ氏真より心得ていた。


「とうっ!」

 あっという間に、ボールを打つコツを身に着け、見事なシュートを打てるようになっていた。


 おまけにそれが終わると、今度は氏真自らがサッカーを学ぶために、葵にせがむように懇願してきたのだった。


「葵。その”しゅーと”とやらを、わしにも教えてくれまいか?」

「わかりました」

 こうして、葵は、氏真にシュートのやり方を教えることになるのだが。


(上手い)

 チームのキャプテンでもあり、自身もそれなりに自信家である、サッカープレイヤーの葵自身が驚くほど、教えると氏真はすぐに見事なシュートを放っていた。


(恐らく基礎が出来ている)

 と、彼女は見ていた。


 先の蹴鞠によるリフティングを見てわかるように、氏真は蹴鞠を通して、球、ボールを自在に操るすべをすでに身に着けていた。

 その上、シュートの方法も教えれば、あっという間に上達するのも不思議ではなかった。


 その点、朝比奈泰朝は、力自慢で、力技で強引にシュートを放っていたが、氏真にはテクニックがあるのだ。


 しかし、

「きゃあ!」

 彼女が教えているそばで、盛大にすっ転んで、可愛い声を上げていた女性がいた。


「千早様。その服装ではさすがに動きにくいのでは?」

「そうは言ってものう。私はそなたらのような着物は持っておらぬ」

「お貸しします」

 将来の早川殿は、夫が楽しそうにサッカーをするのを見るに見かねて、自分もやると言い出し、それに井原と中村が付き合っていた。


 一方、

「この"どりぶる”というのは、どうも難しいのう」

 氏真の妹、まつに付きっきりで教えていたのは、FWの高原と、GKの川口の二人だった。


「まつ様。それでも初めてにしては、見事なコントロールにございます」

「”こんとろーる”とは何じゃ?」


「制球、球を操る能力のことです」

「ほう、なるほどのう」

 今川氏真を始め、彼らはここが戦場の最前線であることを忘れたかのように、実に楽しそうにプレーをするのだった。


 その様子を見ていた、中村は井原に声をかけていた。

「井原先輩」

「うん?」


「これは鍛えれば、面白い試合が出来るかもしれませんね」

 

 結局、彼らは1時間以上もサッカーの練習を続け、泰朝は、最終的には、

「うむ。まあ、いくさの鍛錬や気晴らしにはよいかもしれぬが、そなたらのような女子おなごに、武士もののふたる、このわしが負けるわけにはいかぬ」

 と、破顔して、楽しそうに話す有り様だった。


 それを見て、千早は、

「あの家中随一の武辺者ぶへんものの朝比奈殿が、かように笑みを見せるとは、愉快じゃのう」

 と、驚きつつ笑顔を見せていたし、氏真の妹である、まつは、


「先の世から来た、芸人五人衆、なかなか面白いではありませんか、兄上。わらわも”さっかー”を好きになりそうじゃ」

 すっかり、5人の女生徒に心を許していたのだった。


 攻囲戦が続く中、今川軍は朝比奈泰朝の奮戦もあり、意外なほど奮闘していた。

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