第1話 ゲリラ豪雨の先で見た物
サッカー。
それは、世界中で愛されている、最もポピュラーなスポーツである。
その競技人口は、今や全世界で2億6000万人を超えると言われ、ファンも含めると、35~40億人が熱狂すると言われている。
そんなポピュラースポーツに魅せられた、女子高生たちが現代にもいた。
これは、そんな彼女たちが経験した、忘れられない、不思議なサッカー体験の物語である。
2026年、初夏、6月。
静岡県静岡市安倍川右岸河川敷。
「中村、パス!」
そう叫んだ選手は、MFの位置に構え、ボールを待つ。耳まで露わに見えるベリーショートの短髪の少女で、中田葵という名前だった。現在、高校2年生で、このチームのキャプテンでもあった。
「中田先輩!」
その中田にパスを送ったのが、中村俊。高校1年生。左利きのフリーキックの名手で、同じくMF。肩までかかるセミロングの髪と、細面の顔が特徴的だった。
そして、
「高原!」
中田が右足でボールを回した先にいたのは、高原奈緒。
長身の選手で、ショートカットの高校2年生。
ポジションは、FWで、このチームにおける、エースストライカーだった。
その高原が、見事なボレーシュートを放ち、ゴールネットを揺らしていた。
―ピィーーーー!―
ホイッスルが鳴って、彼女たちのチームが得点を決めた瞬間だった。
静岡県立駿府高校女子サッカー部。
その練習試合として、近くの高校の女子サッカー部と、この日、対戦を行っていた彼女たち。
高原がゴールを決めた瞬間、2年生の眼鏡をかけた、長身の細面の女性が高原に近づき、
「ナイスシュート、高原」
と肩を軽く叩いた。
井原まなか。ポジションはDF。
そして、それを遠くから笑顔で見つめるのは、GKの川口芳美。頭の先端が立つような短髪が特徴的な2年生だった。
そんな何気ない、初夏のこの日。
静岡市に、突如として雨雲が発達、ゲリラ豪雨注意報が出ていたのだが、サッカーの試合に集中していた彼女たちが気づくはずもなく。
そのうち、西の空から真っ黒というより、どす黒い不吉な色をした雲が漂ってきた。
と、思うと、それはあっという間にゲリラ豪雨に変わった。
「試合を中断します」
審判がそう告げると、両チームの選手たちは一斉にベンチへと蜘蛛の子を散らすように、走って行った。
「退避!」
リーダーの中田が叫び、彼女たちもまた自軍ベンチへと駆ける。
そして、やっと避難を終えた時だった。
チームメイトのうち、たまたま、運動能力が高い、上記の5人が先にベンチにたどり着いた。
その瞬間。
―ピカッ!―
空が銀色に輝いた。雷だ。
だが、その雷が問題だった。
まるで彼女たちを狙うかのように、この稲光が彼女たち5人に向かってきたのだ。
「ヤバい!」
と思い、逃げようと思ったのは高原。チームメンバーをかばって前に立ったのはキャプテンの中田だった。
そして、そこで彼女たちの視界は遮られた。
真っ白な世界が目の前に広がり、視界は白一色で眩しくて何も見えない状態。
その視界が徐々に晴れて行く。
不思議なことに、先程までの荒天が嘘のように、空は晴れ渡り、そして周りには建物が一切なくなっていた。
「ちょっと、どうなってんの、これ?」
戸惑う井原に、冷静にリーダーの中田が、周りを見る。
「見たことがないところだ。いや、それ以前に季節感がおかしい」
彼女がすぐに気づいたのは、先程までいた河川敷と同じ場所とは思えないくらい、周りから建物が消えていたこと。周囲は自然しかなかった。そして、季節感だ。
初夏の暑い日だったはずが、今は明らかに北風が吹くような冬と言っていいくらいに、気温が低かった上に、風が冷たかった。
「寒いですね」
唯一の1年生の中村、自分の体を抱くように、半袖のユニフォーム姿のまま呟く。
「どうやらここに来たのは、私たち5人だけのようですねえ」
キーパーの川口がのんびりした口調で、そう発した瞬間だ。
―ピュン!―
その時だった。どこからか、何か鋭い物が飛んできて、それが地面に突き刺さっていた。
「え、何これ?」
思わず後ずさっている高原が目にした物、それは。
「矢だよね」
「矢って弓道に使う奴か?」
「いや、違うかな」
井原の問いに、中田が答えた瞬間。
「そなたら、何奴じゃ?」
まるで時代劇の撮影か何かのように思える、古風な袴、着物姿に、胴体の部分のみ覆う簡易な鎧を着て、頭には鉢巻を巻き、右手に弓矢を持ってこちらを警戒している、中年の男が現れたのだ。頭の上には髷が乗っていた。
「何、これ。何かの撮影ですか?」
川口が声を出すが、意外にもこれに冷静に応じていたのは、井原だった。
「いや、違うよ。これはもしかすると」
そう呟いて、井原は、男の前に立った。
「我らは怪しい者ではありません。お尋ねしたいのですが、今は何年何月で、ここはどこでしょうか?」
その問いに、メンバーたちも驚いていたが、もっと目を丸くしていたのは、件の武士風の男だった。
「やはり怪しげな奴らじゃ。今は永禄十一年十二月五日。ここは駿河国じゃ」
「やっぱりね」
井原が頷くのを見た、中田が問いかける。
「どういうことだ、まなか?」
「私たちはタイムスリップしたんだよ」
「嘘ですわよね!」
「そんな。まさか、ありえないだろ」
「井原先輩。いくら歴女でもそれはちょっと引きます……」
川口が、高原が、そして1年生の中村が反応した。
このチームの、いや5人の中で、一番歴女で、歴史に詳しいのは井原だったのだ。彼女は特に戦国時代に関して強い興味を持っていたから、知識があった。
「そなたら、いずこから来た? その怪しい風体。よもや徳川や武田の間者ではあるまいな?」
その武士は、尚も警戒を解いていないようだったが、それもそのはず。
彼女たちが着ていたのは、サッカーのユニフォーム。それも赤と白の派手な色のユニフォームだったし、かろうじてポケットにスマホを入れており、そして何故かサッカーボールも一緒に足元に転がっていたのだ。
「ああ、我らはその……旅芸人でして。京の都よりこちらに巡業に来たのでして」
咄嗟の嘘、詭弁と言っていい。いや、機転を生かしたのは、冷静で頭のいい歴女の井原だった。
「旅芸人じゃと? 怪しいな。来い。わしがお館様のところに連れてゆく」
そう言って、男は今度は懐から日本刀を抜いて、それを威嚇するように彼女たちに向けた。
「ひっ。刀? 本物?」
明らかにひるんでいたのは、最年少の中村。
それを見ていた中田は、臆さずに冷静に判断を下していた。
「みんな。ここは従おう。下手に抵抗すれば殺される」
その中田の判断に、井原は、
「わかったわ。ここは一旦、様子見ね」
と、従うことになった。
彼女たちは、この中年の武士風の男に従い、近くの屋敷まで案内されることになったのだが。
「いや、それにしてもタイムスリップ? マジで? ありえないでしょ」
高原が尚も信じられないと言った表情を浮かべていたが、井原がこう告げると黙るのだった。
「確証はないけど、スマホを見て。圏外でしょ」
「あ、ホントだ」
「タイムスリップですか? それにしても私たちこれからどうなってしまうんでしょう、キャプテン?」
川口が、いつものように、のんびりした口調の敬語で話しかけるが、中田は渋い表情を浮かべたままだった。
「いや、わからん。とりあえずここはまなかの判断に従おう」
5人の少女は、サッカーボールを持ったまま、歴女の井原に従って、武士に連行されるのだった。




