駆けて行け
冷たい風が吹き抜ける。されども、身を冷やすことはない、真に不思議な銀世界。
一匹の馬はたてがみを風になびかせ、その光景を、背後の社の扉が閉まりきるまで眺めていた。
バタンッという音を合図に、蹄は力強く雪を蹴る。
茶色のたてがみを風にゆらし、そのたてがみと同じくらい茶色い瞳をきらきらとさせ、雪の平原を難なく駆け抜ける。その背には、騎乗する者の姿は無い。
代わりに美しい刺繍の施された布が三枚ほど重ねられ、首には金・銀で出来た首飾り。
左耳には翡翠で出来たリングの耳飾りが複数。右耳には藍色の束糸が先の方でふさふさと舞うものが一つ。前脚にも金の脚飾りがはめ込まれており、煌びやかに飾り付けられた姿は雪原には少々浮いて見える。
走るたびに飾りが揺れ、金属と金属がぶつかるような音をたてながら走り続けた馬は、葉の無くなった巨大な樹をとらえると、その速度をゆるめ、大きな声で嘶いた。
山など見えない平原にその嘶きはこだまし、樹の下で一年間の仕事を終えようとしている同業者に元まで届く。
嘶きに反応して動いた影を確認し、その影めがけて馬はまた速度をあげ、影の前に滑り込むように人型に姿を変え、参上した。
「久しぶりやん、みっちゃん」
「……みっちゃん言うな」
午が滑り込んだ際におもいきり雪をかけられた巳は、全身に雪をかぶったままむっすりと現れた午を見上げた。
苛立った証拠に、白蛇の鼻の頭にもうっすらとしわが見える。
その様子に頭をかきながら巳の頭の上の雪を、サッと優しい手つきで払った午は確認するでもなく自然と巳の隣に座った。
「へんやなぁ、樹の下おったらみっちゃんには積もらんはずやのに」
「・・・・・」
「怒っとる?どしたん、みっちゃんて呼ばれたのが嫌やったんか?でも今さら始まった話とちゃうしなぁ」
不思議そうに巳の目を覗きこむと、巳はさっと目をそらし、フードを深く被り直した。
前々からだが、口数の少ない彼の感情はたいてい白蛇で判断できるのはここ何百年間で理解している。
午は白蛇の顔をみながら巳に話しかけ、返答がないことは関係なしにペラペラと話し続けた。
午が人型になった姿は、馬のときの煌びやかな装飾と茶色の毛という落ち着いた印象を両方かねそなえたもので、一見前から見れば短い髪も、後ろから見れば立派なたてがみの如く腰のあたりまで伸びていて、鬱陶しいからか首のあたりで結っている。
背に乗せていた刺繍のある布は腰に巻かれ、膝丈のものから足首のあたりのものまで様々だが、色合いや丈を考えて重ねられているため違和感はない。耳飾りも馬のときと変わりなく付けられ、光を反射し鋭く光っている。首飾りや腕の飾りも同様だ。
その中で変わったことといえば、本来茶色の髪が紅白になり、腰に巻かれた派手な布のうえに追加で紅白の羽織を巻かれているくらいだろうか。
今年は首飾りのつもりなのか、薄い色のグラスがはまったメガネがゆらゆらとぶら下がっている。
巳がそれに視線を落としていることに気が付き、午は嬉しそうにメガネをかけて微笑んだ。
「見てみコレ!人間界ではやっとる伊達メガネ!!」
「・・・?」
「オレ、目ぇ悪くないから無理かなぁって思とったらこんなん売っとってな?もう気に入ってもて!!」
「・・・」
「かけてみる?」
下を向いてゆっくり首を振ったので、午は一瞬考えて側にいた白蛇にかけた。
白に赤い文様が額に浮かび上がっているだけの派手とは程遠い白蛇には、似合っているとは言えない。
しかし午は手をたたいて賞賛し、今度買ってきてあげようと意気込んだ。
はしゃぐ午を横目に見ながら巳はゆっくり口を開く。
「・・・人間?」
「みっちゃん行ったことない?せっかく人型でどこでもおられる特権もろとんのに勿体無いやん」
「・・・・・・」
「いや楽しいで~。昔よりせかせかしとるし、人酔い?しそうになるんやけど、流されとったら変な店たどりついたりしてな」
「・・・・・・」
「路のど真ん中で歌うたう人だっておるしな?大道芸人ってわけでもなくて・・・。あれなんやろな?なんか応援したなってくるねんで」
巳にとっては直近だと襲撃された以外の思い出がないため、どうしてそうも人間界で楽しくやっているのか理解不能だが、午にとっては興味深い世界らしく、楽しそうに話している。
「あと競馬!!!」
午が拳を握って鼻息荒くしたのに驚き、巳はパッと午を見る。
すると午は「お、くいついた」と言わんばかりににこにこと語り始め、巳もその話にのめり込んでいくのだが、どうも競馬という競技が馬を競わせているもののようにしか聞こえず小首をかしげた。
「・・・あんたの同種族じゃないのか?」
「うん?そうやけど?」
「・・・走らさせられてる同種族を見て楽しいか?」
「いや、そこは割り切らなやってられんて」
「・・・・・・?」
「馬肉が所せましに並べられとんの見たらゾッとするわ。俺も間違うとったらアレに……なんて考えるだけで人間怖く見えてきそうになるもん」
午がきっちり言いきると、巳は不思議そうな顔で午を見てため息をつき、視線を遠い地平線へと向けた。
その視線を追いかけるように、午も地平線を眺める。
この平原に鐘が鳴り響けば自分にお役目が回ってきて、巳はどこか遠くへ。自身のいるべき場所に帰っていく。
毎回思うが独りでここに残って仕事をするのはどうかと思うのだ。
寂しいではないか。せめておしゃべりできる小さな精霊などを作ってほしかったと常々思う。
(このお役目が終わったら、みっちゃん家に訪問するんもええかもなぁ・・・)
(あ、しもた家知らんわ・・・)
もう既に自分の役目が終わったあとの予定をたてながら、午は真っ暗な闇に浮かぶ月と星空を見上げた。最初の頃は、雪が降っているのに空には雲一つないことに驚いたものだ。
澄んだ空気が真上を通り過ぎるのが、なんとなくわかる。
静まり返った空気は色々と思い出したくないことを思い出させたり、物思いにふけらせたりしてくるため苦手な午は、どうにか後の短い時間を会話にあてようと、また新しい話題を切り出した。
「人間ってなぁ、みっちゃん」
「・・・?」
「カウントダウンってのするんやで?」
「・・・か、う?」
「カ・ウ・ン・ト・ダ・ウ・ン」
「・・・・・・」
さてそろそろかと、午は息をのんだ。
流れ星がいくつも地平線に落ち、まるで一年の終わりと始まりの数を刻んでいるかのようで、午はなぜか切なそうに笑い数をかぞえた。
「……3、2、1」
鐘が静かな夜に鳴り響く。
山々など存在しない世界に、山彦のようにこだまして、巳はすっくと立ち上がり、白蛇を首にかけ、何も言わずに大樹の元から離れていった。
蛇の姿が元の姿ではない彼は、徒歩でこの平原を越え、四季神に与えられた社に帰るのだ。
午はその背を、毎度なんとも言えない気持ちで見送る。
先ほどまで仲良く話していたつもりなのに、役目を終えた瞬間にあかの他人になったかのような背を、皆一様にするのだ。
まるで何者も拒絶するかのように見えて、午はそれが気にくわない。
気にくわないから、午は駆けた。
巳よりはるかに身長の高い午が、出会ったときと同じように背にタックルし、前のめりにこけた巳に手を差し伸べて、その頭を、雪をはらうのも兼ねつつ、フード越しに、まるで弟を撫でるようになでる。
「あけましておめでとっ」
その言葉が彼に響いたかは分からないが、雪まみれになった巳が少し笑ったように見えた目の錯覚を頼りに、今年一年も頑張ろうと思う。
行ってしまった巳が、遠くでここにやってくるときに開けた社の扉を、また開ける音が聞こえる。
方角にして南東。
地平線から扉の閉まる音と共に、朱い光が、天に向かって打ち上げられた。
午はその様子を目を細めて微笑みながら見守ると、背にしていた大樹に向き直り
「今年もよろしくお願いな~~~~!」
と、大きく腕を広げ毎度のように
寒さをも吹き飛ばすような大きな笑顔で、嘶いた。




