星の陰に生きる者
星陰流の過去を書いてみたくて書いてみました。
この物語はフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
夕暮れの橙色の空を、段々と墨で塗り潰すように夜空が広がり始め、瞬き始めた星々の下、独り言ちる者がいる。
「あー、あいが全部、金平糖ならオイの腹も一杯になっかねー。んにゃ、あんだけあれば、売っただけで億万長者やが。何でも食えっど。」
情緒も何もあったものでも無い現実的、いや非現実的な事を口走るこの男は、星陰 三紀彦。この物語の主人公である。数えで十八(実年齢16歳)、四尺六寸(約140cm)瘦せ型で、傍から見ると随分と小柄である。
時は、戦国時代。天正6年(1578年)、日向国(現宮崎県)の耳川の戦いにおいて豊後国(現大分県)の大友宗麟の軍を退け、圧倒的勝利を収めた島津藩(現鹿児島県)は、この戦いを機に破竹の勢いで九州制覇を進めており、現在、島津軍は肥後国(現熊本県)攻めの足掛かりとして、人吉藩を攻めていた。
この派兵の要因には、水はけの良いシラス台地が広がる島津藩は、稲作には向かない土地柄の為、公称している石高よりもかなり低い生産量しかなく、藩内を潤す為に、藩外に食料と外貨を求め制圧していったとも言われている。
しかし、どんなに藩の領土を広めようとも、急に食料が湧いてくる訳もなく、下級武士や農民、町人はその日の食料にも困る有様であり、そういった者たちは戦働きに出て戦果を上げ一旗揚げるか、あるいは、占拠した村々で略奪をして日銭を稼ぐかであった。
三紀彦は、島津藩の下級武士、星陰家の三男で、長兄の秀紀の従者として、この戦に参加していた。秀紀は星陰家の名声を上げる為、戦果を求められており、常に戦の渦中に身を投じている。自ずと、三紀彦も渦中に付いていかねばならず、死にかけた事は一度や二度では無い。ちなみに次兄継紀は、長兄秀紀に万が一があった際の為、藩内で家を守っている。
「はー、現実逃避をしちょっても、何も変わらんね。おーし!気合い入れっか!」
三紀彦は、仰向けで大の字に寝ていた自分の体に鞭打って、のっそりと起き上がり辺りを見渡した。
辺りは砂埃と血煙が舞い、地面は泥と血溜まり、そして割れた腹から腸がはみ出し、頭からは脳みそが垂れている死体で足の踏み場もない、阿鼻叫喚の地獄絵図。死屍累々とはこの事である。
が、三紀彦本人は泥や血で汚れているものの、大きな怪我をしているようには見えない。
「おーい!生きちょっかー!け死んだヤツは手をあげーい!」
場にそぐわない呑気な声が地獄に響き渡る。暫くすると、死体が蠢き出し、のそり、のそりと一人、また一人と起きだしてきた。
「あー、け死んかと思った。」
「大将ー。け死んだら手は上げられんどー。」
「ちげーねー。」
「大将は、ほがなかで、しょうがねど。」
「かー!刃がまた欠けた。もーこいもダメやね。良かとが落ちとっかね。」
死体が、いや、地獄の中で生きていた者達が、口々に三紀彦に軽口を叩いている。死体の数に比べて生きている人数は一割にも満たないという地獄の中で、よくもこんな軽口が叩けるものだ。三十人ほどが起き上がり、肩を回したり腰を回したりして体の具合を調べている。
「ワイたっがうな!早よせんと夕餉に間に合わんど。目ぼしいモンを拾ったら本陣、帰っぞ!」
三紀彦が苦笑しながら叫ぶと、三紀彦の友や部下たちは、口々に返事をし、自分達が倒した敵兵の死体を漁り始めた。それを横目に三紀彦は夜空を仰ぎ見て呟いた。
「兄ぃ。こいはやっぱキチど。」
三紀彦の呟きは、夜空の星の瞬きにかき消されたのであった。
◇◇◇◇
「オイたんだけで釣り野伏!?」
木刀の素振りをしながら、三紀彦が素っ頓狂な声を上げる。
「おう!オイ達星陰の者は体がこまんか。他ん者と一緒んこちゅしとっても、手柄は上げられん!」
木刀での素振りをやめて、星陰家の嫡男秀紀が、三紀彦に自分の思いつきを語る。
秀紀達兄弟が使う剣術は星陰流剣術である。星陰流剣術は、自顕流を源流とした剣術であり、自顕流の「先の先」をさらに突き詰めた「先々の先」即ち、先手で相手の体勢を崩した所に、「二の太刀要らず」の豪剣を叩き込む事を理念としている。
星陰流は三紀彦達の祖父、星陰紀乃介が開祖である。彼は当初、自顕流を学んでいたが、体が小さく非力だった為、同じ自顕流門下の、体の大きな門下生達に馬鹿にされていた。
紀乃介は、体の大きな相手の体勢をいかに崩して、有利な状況に持っていけるかを研究し、「先々の先」を見出し、力よりも先読みと速さ、そして合気で相手の体勢を崩して、馬鹿にしていた者達を見返し、藩内でも頭角を現してきていた。
しかし、豪剣を本筋とする自顕流本流からは、姑息な技としてその理念を認めて貰えず、袂を分つ事となった。袂を分ったが、自顕流の理念も理解していた紀乃介は、「二の太刀要らず」を星陰流奥義とし、必殺の剣とした。
「じゃっでオイが考えた。星陰の剣術は、島津の本流の自顕流と違ごて素早さに重きを置いちょう。じゃっで、オイ達が遊撃手になって、敵軍の横合いから敵の懐深くに入っせー、攪乱しっせー、後は走って、走って、ゾが続く限い走っせ、待ち伏せ場所まで釣り出せば良かど。耳川ん時に御屋形様が上手くやったどが。でくっと思うんやけど、どうよ。」
秀紀が、ふんっすと鼻息を荒くして腕を組み胸を張っている。
「どうよじゃねえよ。耳川ん時は、御屋形様の参謀が緻密な戦略を組んで、何度も稽古をしっせー、退却の間を体に覚え込ませっせー出来たんやどが。付け焼刃で出来ー訳がねかが。」
三紀彦も素振りをやめ、反論する。
「かー、やっせんぼがー!やらんうちから出来ん出来ん言うな!」
「やっでんけ死んで言うちょっとよ!ビンテまで筋肉か。ワイは!」
「「あ”あ”ーー!!」」
お互い額が付くのではないかというくらい顔を近づけ、威嚇をしあっている。
「やめんか。二人とも。・・・三紀彦、あながち出来ん案でも無かど。」
次男継紀が二人の顔の前に木刀の束を差し込み仲裁に入る。
「継兄ぃまで何を言うちょっとよ。」
「いや、聞け。耳川ん時はワイたんも散々、稽古したどが。門下しも一緒に。野伏すい所を吟味すりゃ、局所的に出来んこち無かかもしれん。」
継紀が、秀紀の案を補強するように考察を進める。
「・・・で、そん釣い役は誰がすっとよ。」
「そりゃー、秀兄ぃは跡継ぎやっで死地に行くわけにはいかんし、俺は留守番。・・・となると・・・。」
秀紀と継紀が三紀彦を指差す。
「ですよね!あ”あ”ー!分かちょった!分かっちょったよ!やるよ!やれば良かったどが!」
お手上げという感じに、両手を上げる三紀彦。
「よっしゃー!流石三紀彦!じゃーオイは次の出陣ん時に遊撃に回して貰えるよう、具申してっくいわ!一番槍争いじゃ無かで簡単に通っと思っけどな。」
秀紀が笑いながら出掛ける用意をしだす。
「次は人吉攻めっちゅー噂やで、オイはあの辺の地形を吟味しっせい、何か所か伏せられる所を探しに行っくいが。」
そう言って、継紀も旅支度を始めた。
「・・・あー、門下の釣り役は希望者だけにすっど。流石に死地への強制はせんでね。」
「「そいはワイに任すいでー。」あー、あとゾを付くい為に、走り込んじょけよ!」
兄達は末弟に面倒事を投げ、更に長兄は課題もぶん投げて出掛けて行くのであった。
「解せぬ!」
◇◇◇◇
天正10年(1580年)10月、島津軍は人吉藩との藩境にある大畑砦前にいた。この砦を守護する人吉藩大畑家当主大畑忠典は、物見台から眼前の島津軍を前に、苦虫を嚙み潰した様な顔をしていた。
「何故、御屋形様は援軍を寄越さぬのじゃ。このままでは島津の猪共にこの砦を堕とされてしまうぞい。」
そこに伝令の部下が駆け上がってくる。
「報告致します。島津より降伏の勧告が来ております。返事なき場合は、半刻の後に三千の軍を進軍させるとの事です。」
「なーにが三千じゃ。こんな狭い渓谷にそんな数が入れるわけが無かろうが。五百が良い所じゃろうが。じゃが、こちらは百とちょっと。砦戦とはいえ堕とされるのは時間の問題じゃな。しかし猪共に戦わずして降伏したとあっては大畑家、ひいては人吉家の名折れ!・・・じゃが、援軍も望めぬとあれば籠城など具の骨頂。うむー。・・・よし!撃って出るしかあるまいか!伝令!一当てして、機を見て退却するぞい。砦を西に迂回し、人吉城まで退却じゃ。」
そう伝令に指示をすると、忠典は物見台を降りて側近を呼び寄せた。
「一番槍が当たった後に街道を西に迂回しながら退避する。最低限の供回り以外は伝えるな。頃合いをみて退却の法螺を鳴らさせろ。」
「そのまま、街道を退避した方が宜しいのでは?」
「馬鹿者!それでは兵達にバレるでは無いか。奴らには猪共を押し留めて貰わねばならん。一刻は持たせろよ。」
指示を終えた忠典は、いそいそと屋敷内へと入っていくのであった。
◇◇◇◇
大畑忠典が予測した通り、島津軍は五百余名の人員を狭い街道に配置し、進軍の時を待っていた。大畑砦は森に囲まれた砦であり、南北に延びる街道を塞ぐように築城され、東西の森は自然の要塞となっていた。街道の幅も十人が横になれば一杯になってしまうような狭さであり、砦攻めは困難を極め、森から攻めようにも木々が邪魔で数の利が生かせず、各個撃破されるのが目に見えていた。
援軍と物資補給さえ出来れば、難攻不落と言っても過言ではない砦なのだが、この時、人吉城からの援軍、物資、伝令が途絶えており、大畑砦は孤立無援の状態にあった。撃って出ると判断した忠典だったが、それも致し方なかったのかもしれない。忠典本人は出撃しないが・・・。
星陰家の嫡男秀紀と三男三紀彦は、十名の門下の武士と町民・農民の門下生二十人、総勢三十人を引き連れて、街道を大きく西に迂回した森の中を進んでいた。
「兄ぃ、伏すいとこはまだね。そろそろ、始まっど。」
「こん辺りのはずやっけどねー。お、この辺じゃなかか。ほら、西に向かって獣道もあっし、こん藪なら10人ぐらいづつ隠れられっど。」
「・・・ほんにここね。継兄ぃの見立てにしては適当過ぎんか。」
「・・・じゃっどん、もう時間も無かし、ここで良かどが。おーし、二手に分かれて隠るっど。三紀ー、きばれよ!」
「てげてげやっが。しゃーねー。釣り隊!行っど!」
「「「応!!」」」
三紀彦の気勢に、門下の武士十名が答える。彼らは三紀彦の幼馴染やその兄弟達で、子供の頃から一緒に、遊びや悪さをしてきた気心の知れた仲間達だ。今回の申し出にも、躊躇することなく二つ返事で答えてくれた。
(良い仲間を持った。なればこそ、絶対にこいつ等を死なせる訳にはいかない!)
三紀彦は決意を新たに歩を進めた。
暫く、三紀彦達釣り隊が西に向かって進んでいると、かなり前方から鬨の声と怒声、剣戟が聞こえてきた。
(うん?かなり遠かね。そいに大分南の方から聞こえてきちょう。)
「もう、始まっちょっど。急っど!」
三紀彦隊は、駆け足で獣道を進んでいく。すると、前方から具足をかき鳴らす音が近づいてきた。
「とまれ!誰か来っど。」
(斥候か。いや、斥候にしては音を立て過ぎちょう。脱走兵か?)
立ち止まると共に、三紀彦隊は抜刀する。見えぬ相手も気付いたのか、戸惑いと共にバラバラに停止した気配を読みとる。その気配から察するに、三紀彦隊程の練度は無さそうだ。
気配を探りながらジリジリと歩を進める。と、暫らくすると相手が焦れたのか、無遠慮に歩を進めて来るのが分かる。三紀彦隊は一層警戒を強める。
そして、互いが見える位置まで進み出た。偶然にも獣道が交差する少し開けた場所だった。とは言え、四人も並ぶと身動きが取れないような広さではあるが。互いに十数歩も進めば手が届く位置で立ち止まる。
「どこの者か!」
三紀彦隊と相対する集団が問うてきた。
「島津藩、郷士、星陰家三男三紀彦である!そちらも名乗られよ!」
三紀彦の名乗りに、相手方がどよめく。「何故、島津が・・・。」「気取られたか。」などど、聞こえよがしに呟いている。この時点で、討伐相手だと判断するが、三紀彦は辛抱強く相手が名乗りを上げるのを待っていた。ここで、手を出せば武士の名折れ、作法に反するからである。
「こ、こちらは、人吉藩、大畑領代官、大畑家当主大畑忠典である。大人しく道を開ければ命までは取らんぞ!道を開けーい!」
この期に及んで、道を開けろと凄む大畑に苦笑を隠し切れない三紀彦隊の面々。
「ヒャッハー!大将首じゃー!手前ぇら!気張れよ!」
どこかの世紀末世界の、モブキャラの様な鬨の声を上げ走り出す三紀彦。そのふざけた号令を合図に、三紀彦隊が三紀彦に続いて、三人縦列になって突撃する。
「木々が邪魔じゃ!突き技主体でいけー!」
即座に、周りの状況を認知した三紀彦が後ろに指示を飛ばす。三紀彦の最初のふざけた号令に虚を突かれた先頭の男が、三紀彦の突きに防御が間に合わず、あっという間にその首筋に白刃を刺しこまれる事となった。
「ひとーり!!」
三紀彦は、突進の勢いのまま自身が刺した男の腹を足蹴にし、その力を利用して刃を抜きつつ、後方宙返りで、自隊の中央に着地した。
崩れゆく男の後方で、後方宙返りを呆気に取られて見ていた大畑軍であったが、後続の三紀彦隊の突進を認めると、慌てて防御態勢に入った。大畑隊二人は何とか突進を止める事が出来たが、中央の男もまた、三紀彦隊の白刃の犠牲となっていた。
開いた隊列の穴に、三紀彦隊が侵入しようとしたが、そこは後方に控えていた大畑隊の男が割って入り、侵入を阻んだ。再び三対三の体制になると、剣戟の応酬となった。
星陰流門下生は総じて小柄である。三紀彦隊の面々も例外ではない。その為、自分よりも大きな者を相手取る場合、なるべく鍔迫り合いにならないよう、刀をいなす事を常としている。しかしその場合、この様に狭い場所では動きが制限されて不利になってしまう。
(腐っても大将格の供回りか。立て直しが早い!ならば・・・)
「むー!なかなか手強かねー!一旦引いて陣に報告すっど!!」
三紀彦は、そう叫ぶと後ろの二人の肩に捕まり、両足をその二人の手に乗せる。
「「どっせーーい!!」」
足を乗せた瞬間、二人が三紀彦を前方へとぶん投げた。前線へと飛翔する三紀彦。剣の応酬を繰り広げていた大畑隊は、またも驚愕した。人が飛んでくるのだから当たり前である。
が、その隙をついて、三紀彦隊の前線三人が後ろに引き、三紀彦がそこに刀を横薙ぎにしながら飛び込んできた。隙を付かれ、手傷を負わされたが致命傷までには至らなかった大畑隊の前線三人。
「殿はオイがやっど!いけーー!」
隊長自らが殿を努める。兵法で言えば愚策中の愚策だが、この隊では平常運転である。一番、強い者が殿を努める。それが生き残れる可能性が一番高い手段だからだ。
そもそも、退却の合図からこの策は始まっている。三紀彦隊であれば、「引け!」の一言で隊列を乱すことなく引く練度がある。それをわざわざ相手が手強いから引くぞと叫んだのは、「釣るぞ!」の合図だったのだ。案の定、
「奴らを敵陣に戻らせるな!我らの事が露見すれば一気に敵兵が流れ込んでくるぞ!」
大畑忠典は大きな釣り針に引っ掛かってしまった。逃亡の露見を恐れた大畑隊が、必死の形相で三紀彦達を追いかける。だが、殿の三紀彦が自隊の最後尾を、付かづ離れづで走りながら、相手の刀を避け、いなし、無理に散開しようとすれば、回り込んで押し戻すという離れ業をやってみせた。回り込む際には、最後尾の仲間が援護に入るという連携ぶりだ。
そうして、いよいよ運命の時が訪れた。
三紀彦が、急に走る速度を上げた。今まで、散々に動き回っていたのに、何処にそんな体力があるのだと思わせる速度だ。大畑隊も逃がす訳にはいかないと、疲れた体に鞭打って追いかけようと、足に力を入れた瞬間、隊の両脇の藪から突然、鬨の声と共に何者かが飛び出してきた。そう、秀紀達伏せ隊だ。
ここに釣り野伏が完成した。
「三紀ー!十人そこらか!もっと、連れてこんか!!」
秀紀が獲物の少なさに悪態をつく。
「大将首とその供回りじゃっど!油断しとっと返り討ちにあっど!ど阿呆!」
三紀彦があまりの言われように反論する。
「なにーーー!!!そいはホントか!おーい!大将はオイの獲物やっど!ワイたちゃは獲んなね!!」
一転、大将首と聞いて歓喜する秀紀。嬉々として大将を捜しだす。
一方、横合いからの突然の襲撃に浮足立ってしまった大畑隊は、立て直す暇もなく、一人、また一人と星陰軍に倒されていき、あっという間にその人数を半数に減らしてしまっていた。
「な、な、なんじゃ、こ奴らは!!何故こんな所に隠れ潜んでいる!儂等の逃走経路が敵側に筒抜けじゃったのか!う、裏切り者がおったのか!」
突然の事に我を忘れて叫ぶ忠典。だが、そんな事をしてしまえば、
「みーつけたー!よっしゃー!そこの大将!オイと勝負しろ!もうワイたちゃ終わりやが!さー、さー!一矢報いてこんか!」
秀紀が獰猛な笑みを浮かべて、忠典を挑発しながら無防備に近づいていく。
「ヒッ!ヒーー!なんじゃ、あの獰猛な笑みは。お、鬼じゃ、悪鬼があそこにおる!ま、守れ!わ、儂を守らんか!ヒィー!」
忠典は混乱と恐怖のあまり、恐慌状態に陥ってしまった。刀を振り回しながら後ずさりする。その前を供回りが守るが、それを秀紀の兵が相手取る。秀紀はその間を縫って一層深い笑みを浮かべて忠典へと近づく。
「なんじゃ手応えが無かねー。まー、良かか。こん首を持っていけば暫く星陰も安泰じゃが。」
後ずさる忠典は木の根に足を取られ尻餅をついた。ついた尻の周りが徐々に濡れて湿っていく。
「なんね。ショベンを漏らしたとか!きっしゃんかねー!見苦しい。もう、逝ね!」
秀紀は刀を水平に薙いだ。数舜遅れて、忠典の首から上が飛び、血飛沫が勢いよく吹き上がる。
「やっせんぼは血まできっしゃんかねー。」
秀紀は自分の刀についた血を、血振りして落とし、地面に落ちた忠典の首を無造作につかみ上げ勝鬨を上げた。
「大将首!獲ったどーーー!!エイ!エイ!オーーー!」
周りの星陰軍の者も、秀紀に合わせ勝鬨を上げた。残っていた大畑の者達は武器を取り落とし、膝を付き頭を垂れた。ここに偶発的で局地的な釣り野伏戦が終戦したのであった。
◇◇◇◇
「エイ!エイ!オーー!エイ!エ・・・。」
勝鬨を上げ続ける秀紀の頭を三紀彦が刀の束でど突く。
「何時までやっちょっとよ。そろそろ行っど!」
「いってーーー!良かどが!大将首やっど!大将首!もっとワイも喜ばんか!」
「もう十分喜んだ。そいよりも兄ぃ。こい等と会敵すん前に、大分南から戦ん音が聞こえちょった。オイ達んは大分北に来ちょっど。下手したら砦ん裏に回り込んだかもしれん。」
三紀彦は、自分達が大きく迂回して進軍したことで、大分北に来てしてしまっているのではと推測した。
「何ちー!よっしゃ!こんまま攻めっせー砦を堕とすど!」
「はぁー、また、馬鹿を言い出した。ここは一旦、陣に戻っせー、敵将を討ち取ったほうk・・・」
「三紀ーーーーーーーー!!!」
突然、秀紀が三紀彦に体当たりをしてきた。突然の事に受け身も取れず、その場で尻餅を付く三紀彦。いきなり何をするのだと、文句を言おうと秀紀を見やる。秀紀は、三紀彦を突き飛ばした体勢で誰かを抱え込んでいた。
「お、御屋形様の仇ー!」
それは、忠典と共に逃げていた小姓であった。忠典が寵愛しており、今回の逃亡の際も側近が、足手まといになる為、置いていくように進言していたが、忠典が反対を押し切って連れてきていた者であった。秀紀達に襲撃された際、咄嗟に忠典に突き飛ばされ、藪の中に隠れ潜んでいたのだった。
「・・・あっぱれ・・・。」
秀紀の腹からポタポタと血が滴ってきた。
「あ、兄ぃーーーーー!」
三紀彦の姿が掻き消え、次に現れた時には小姓の首を鷲掴みにして、首の骨をへし折り、縊り殺していた。三紀彦は、そのまま小姓を投げ捨て秀紀を支える。秀紀の脇腹には懐刀が刺さっていた。
「兄ぃ!大丈夫か!今、抜っど!」
そのまま、秀紀を仰向けに寝かせ、懐から手拭いを取り出し、腹に刺さった刀を抜くと、思いっきり傷口を押え止血し始めた。
「ぐ、ぐぅーー。」
痛みに秀紀が唸る。手拭いが直ぐにどす黒く染まり、それでも止まらず血が溢れてくる。
「手拭いをありったけ持ってけーーー!」
三紀彦が周りの仲間に叫ぶ。が、秀紀が三紀彦の手を押さえて首を振る。
「・・・もう良か。肝までいっちょ。オイも長くはなかど・・・。」
「ない言っちょっか!やっせんぼごつ言うな!ワイは助かっど!オイが助くい!」
「オイんこちゅは、オイが一番分かっちょー。じゃっで、オイん話を聞け。」
「聞かん!オイが絶対助くっでねぇ!」
「聞けーーー!」
秀紀が叫ぶ。傷口から血が溢れ、吐血する。
「・・・ゴフッ・・・はぁ、はぁ、・・・三紀ー。今からワイが秀紀じゃ・・・。」
「はぁ?何を・・・。」
「聞け。星陰は、今日の手柄で良か階級に行くいど。じゃっどん、次期当主が小姓に討ち取られたんこちが露見すっと、難癖をつくい輩が出てくい。じゃっで、ワイがオイの身代わりになれ!星陰を絶やすな!」
「・・・直ぐ、ばるっが!」
「バレん!ワイも分かっちょっどが。オイ達は顔も背丈も瓜二つ、いや三つやどが!」
秀紀、継紀、三紀彦の三人は一卵性双生児の三つ子であった。
「じゃっどん・・・、オイはやっせんぼやし・・・」
「・・・はぁー、はぁー、ワイが兄弟ん中で、慎重やっどん、一番豪胆や。継も分かっちょう。何かあれば継に相談せぇ・・・。」
「・・・兄ぃ。」
三紀彦の目から涙が零れ落ちる。
「・・・はぁー、はぁ、ぐぅ、オイがけ死んだら、鎧を替えっせぇ、首を隠せ。誰にも気取らるんな・・・ぐっ、」
段々と、秀紀の目から光が消えていく。ドクドクと脈打つように溢れていた血の勢いが無くなりだす。
「・・・親父とお袋を頼んどー。星陰を守れー・・・・・・。」
虚空を見つめる秀紀の目から完全に光が消えた。
「・・・兄ぃ。・・・兄ぃ?・・・兄ぃ!!!」
三紀彦が、秀紀の亡骸に縋り付き、慟哭した。周りに立ち尽くしていた仲間達も膝を付き、天を仰ぎ涙を流す。一時の間、辺りは悲しみ包まれていた。
◇◇◇◇
主戦場から離れているとはいえ、ここが戦場である事に変わりはない。ずっと弔っていたい気持ちを押さえ、秀紀の瞼を押さえると、三紀彦が立ち上がる。
「具足を交換する。誰か手伝いくんやい。」
三紀彦は自分の鎧や脛当て、小手を外し始める。周りの仲間が秀紀の具足を外し始めた。また、別の仲間が穴を掘り始める。三紀彦は、秀紀の髪を切り、懐紙に包むと丁寧に懐に仕舞い込んだ。そして、覚悟を決め、秀紀の首を落とした。
「首は、獣に掘り返されんよう深く鎮めっくんやい。」
三紀彦は、その首を綺麗な手拭いで包み仲間へと手渡した。そして、秀紀の具足を付け、皆の方に向き直った。
「今日より我が秀紀なり!異議のある者はおるか!」
皆が整列し、三紀彦の前に跪く。
「これより敵砦を攻め落とす!遅れるな!!」
「「応!!!」」
三紀彦の激に仲間が答える。飛び出すように西に向けて駆け出す三紀彦とその仲間達。彼らが駆けた後には、十数体の遺体と一本の刀を突きたてた塚が残されていた。
◇◇◇◇
星陰隊は、森を駆け抜け街道に出る手前で停止し様子を伺った。そして、そこには大畑砦の裏手が見えた。正面では、未だ島津軍と大畑軍がぶつかっているようだが、裏手は援軍を捜す物見が数名いるだけで手薄な状態であった。これは、忠典達が自分達の逃走を見咎められないよう、敢えて手薄にしていた為だ。
「本当に回り込んじょりゃーよ、兄ぃ。」
三紀彦は秀紀の豪運に感謝し、気配を殺して森の中を砦に近づく。三紀彦は隊の中でも身軽な者二名を選ぶと、物見の始末と裏手の扉の開場を命じた。命じられた二人は、音もなく走り出すと、物見の死角から塀を伝い上っていき、物見台に取り移ると物見の兵の首を搔っ切った。
数分後、裏の木戸が開き、手合図が送られてきた。
「一気に攻め込み、正面の物見まで駆け抜けろ!物見に上がったら軍旗を振れ!勝鬨を上ぐっど!」
そう言うがいなや、三紀彦が駆けだした。他の者もそれに続く。木戸を通り抜け、一気に正面まで駆け出した。中はほとんど敵影が無く、三紀彦達を見咎める者もいなかった。物見には流石に敵兵がいたが、皆、戦場を見ており、砦の中を確認しているものなど居ない。
三紀彦は走りながら、後ろに合図を送った。「弓矢で射掛けろ」との合図だ。直ぐに弓鳴り音がして、物見の敵兵の首に矢が刺さった。それを見やりながら物見の梯子を駆け上がる。仕留め切れていなかった敵兵を、一薙ぎして止めをさすと、島津家家紋「丸に十字」があしらわれた軍旗を持った仲間と共に物見に立つ。
物見の上から、三紀彦が戦場に響き渡る声をあげる。
「大畑砦 城主 大畑忠典討ち取ったりーーーー! エイ!エイ!オーー!!!」
勝鬨と共に、忠典の首を掲げ、仲間が軍旗を振る。砦内部からも「エイ!エイ!オーー!」の勝鬨があがる。
島津軍も大畑軍も、声に釣られ、砦の物見を見やり、惚ける。
一瞬の静寂の後、歓声が木霊した。島津軍は手に持った武器を掲げ勝鬨をあげる。反対に大畑軍は手に持った武器を取り落とし、力なく膝を付くのであった。こうして、一刻ほど続いた大畑砦攻防戦は、電撃的な大将首の討ち取りにて幕を閉じるのであった。
◇◇◇◇
「じゃっで、ワイ達は偶然、逃走する大畑を討っただけやっどが。そいで禄を強請っとは、面ん皮が厚過ぎっどが!」
髭面の大男が唾を飛ばしながら、星陰家次男継紀に食って掛かる。
「じゃっどん、討ち取ったのは事実でごわん。こいを認めくやらんと、こっちも下に示しが付かん!」
継紀も一歩も引かない。顔に唾を浴びながら、要求する事はする。
大畑砦内部で行われる島津軍の軍議は荒れに荒れた。突然、背後からの三紀彦隊の襲撃で、大将首の討ち取り、砦の占拠と三紀彦隊が手柄を上げ過ぎたのが原因だ。島津軍は自顕流に重きを置いているのもあり、自顕流が源流とはいえ、他流派の剣術、しかもだまし討ちの様な格好で手柄を上げてしまった為、他家が猛反発しているのである。
「しかも、そん時に三男を討たれちょっどが。情けなか。やっせんぼごちゅ、騙し討ちみてこちすっでぇ、そげんこちゅなっとよ!」
髭面の男が、三紀彦(秀紀)の討ち死にを貶める。継紀は頭に血が上りそうになるが、ひとつ息を吐く。ここが潮時かと冷静になる。業突く張りに禄を勝ち取っても、他家との軋轢を生むだけなのは明白である。当初の予定通り、少し引いて恩と立場を得るのが良いかと思考する。
「分かりもした。では禄は半分で良かです。じゃっどん、今後も遊撃をさしっくんやい。次はもっと多くの敵兵を釣りもはん。」
こうして、大畑砦攻略の賞罰会議は終了した。星陰家は僅かな増禄と、今後の戦働きの立場を確保した。この時から星陰家は、本隊とは別働隊で動く遊撃隊を常とする部隊となったのであった。
◇◇◇◇
「あー、腹減ったー。おーい、そろそろ行っどー!」
人吉藩人吉城を遠くに眺め、三紀彦が仲間を促す。
「大将ー!待ってくんやい!まだ、全然獲れてなかですよ。こんだけ釣れば回収も大変ですがー。」
三紀彦達、三紀彦隊の周りには死屍累々の敵兵が倒れている。その敵兵から目ぼしい物を回収する三紀彦隊の面々。それを横目に、三紀彦が空を見上げて独り言ちる。
「人吉城を落とせば、暫らく一息つけるかねー。そろそろ、御屋形様も落ち着いてくれんかんねー。もう、身体が幾つあっても持たんど。」
釣り野伏は囮隊が必ず死地に飛び込む。三紀彦隊はその役を毎度引き受けていた。星陰の家格を上げる為、兄との約束を守る為に・・・。
だが、毎度毎度、死地に飛び込んでいたら、何時かは本当に死んでしまう。そういう思いが三紀彦の愚痴に垣間見えた。
しかしながら、三紀彦の思いとは裏腹に、島津家はその後も北上を続け、九州掌握一歩手前の快進撃を続ける。その度に死地に飛び込む事になる三紀彦であるのだが、この時の三紀彦は知る由もなかった。
時は戦国時代。島津の本流とは別に生きた男の物語。
月の陰で瞬く星の、更に陰で生き続けた男達の物語。
お読みいただきありがとうございます。評価・ブックマーク・感想頂けると、図に乗って別の時代も書いちゃうかもしれません。(プロットも何もありませんが・・・)




