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涙が導く聖王級の剣――癒し手が戦場を駆ける日  作者: 夜明けの語り手


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第二章 霧の森の悲鳴

霧の森は、名の通り濃い白い霧に覆われていた。

 朝の光すら届かず、わずか十歩先さえ霞む。木々はねじれ、苔むした根が地面から盛り上がっている。

 湿った土の匂いが、肺にまとわりつく。


「やっぱり不気味ね……」

 リーナは小声で呟いた。杖の先に宿した光が霧を淡く照らす。


「魔力の流れが不安定だ。普通の魔獣じゃないかもな」

 テオが槍を構え、警戒を高める。

 マリアも魔導書を開きながら頷いた。


 三人は慎重に足を進める。

 依頼内容は、森で行方不明になった商隊の捜索。

 だが、森に入った時点で、ただの捜索では済まないことを皆が悟っていた。


 ――霧が、動いている。


 風もないのに、白い帳が流れを持って渦を巻いていた。

 その中心で、低いうなり声が響く。


「……来る!」

 テオが叫ぶと同時に、霧の奥から獣影が飛び出した。


 灰色の狼。だが、普通の狼ではない。

 身の丈は人を超え、目は赤く光り、牙の根元には黒い瘴気がまとわりついていた。


 マリアが詠唱を始め、テオが素早く前に出る。

 槍が閃き、獣の首筋を狙うが――ガキンッ! 

 金属のような硬い音が鳴り、槍の穂先が弾かれた。


「くそ、皮膚が硬すぎる!」

「テオ、下がって!」

 リーナが詠唱に入る。

 癒しの魔力ではなく、拘束のための聖光を紡ぐ。


 だが、その瞬間。

 狼の背後でさらに二つの影が現れた。


「三体……!?」

「囲まれた!」


 マリアの炎が霧を裂くも、瘴気がすぐに包み込み、火は弱まっていく。

 視界は白一色。音と匂いだけが頼り。


 リーナの心拍が早まる。

 戦いたいという衝動と、仲間を守らなければという責任。

 その二つがせめぎ合う。


「……私が前に出る」

「駄目だ!」

 テオが叫び、彼女の腕を掴んだ。

「お前は後ろで支援してろ! 俺が時間を稼ぐ!」


 言うが早いか、テオは地面を蹴った。

 槍の軌跡が霧を裂き、狼の一体を貫く。

 その瞬間、リーナの胸にかすかな希望が灯る。


 けれど――


 霧の奥から、もっと重い足音が響いた。


 地を揺らす一歩。

 白い霧を押し分けて現れたのは、狼ではなく――それらを従える“主”だった。


 巨大な獣。

 四つの腕を持ち、顔は獅子のようで、背中には骨の翼。

 瘴気が風となって吹き荒れる。


「……上級魔獣、フェルヴァ=ライオル……!?」

 マリアの声が震えた。

 その名は伝承級の魔獣。かつて王都の部隊が数十人で挑み、全滅した記録がある。


 テオの顔が青ざめる。

 だが、退くには遅すぎた。


 咆哮が空気を裂いた。

 音だけで鼓膜が焼けるようだった。

 フェルヴァの四腕が一斉に動き、前衛のテオを狙う。


「テオ!」

 リーナが叫ぶ。


 テオは槍を構え、全身の筋肉を震わせて跳んだ。

 避けたかに見えた。だが――翼が動く。

 フェルヴァの骨翼が鞭のようにしなり、テオの胴を薙いだ。


 鈍い音。

 時間が、止まった。


「……っ」


 リーナの喉が凍る。

 血が霧に散り、赤が広がった。

 テオの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「いや……いやぁぁぁぁ!!」


 叫びと同時にリーナが駆け寄る。

 彼の体を抱き上げる。温もりが、手のひらから少しずつ失われていく。


「リーナ……下がれ……!」

 かすれた声。テオが微笑む。

 その瞳は、どこまでも優しかった。


「また……守られちまったな。お前に……」

「喋らないで! 治すから! すぐ治すから!!」

 リーナは必死に詠唱を始める。

 光が迸り、傷口が閉じていく。

 だが、瘴気がそれを打ち消す。再生した皮膚がまた裂け、血が滲む。


「……無理だ。瘴気が……魂を……喰ってる……」

「そんなの関係ない! 助けるって言ってるの!」

 涙が頬を伝う。


 リーナの魔力が暴走しかけていた。

 光が強まり、空気が震える。


「リーナ、やめろ! お前まで――」

 テオの声が途切れる。

 その手が、彼女の頬を撫でた。


「――泣くなよ。お前の笑顔が、俺……好きだったから」


 霧の中、光が一瞬だけ強く輝いた。

 そして、静かに、彼の手が落ちた。


 リーナの叫びが森に響いた。


 癒しの光はもう温もりを与えず、ただ虚空を照らすだけ。

 彼女の涙が地面に落ちた瞬間――その周囲の空気が震えた。


 空気が揺らぎ、魔力がうねりを上げる。

 リーナの体から、聖王級の魔力が奔流のように噴き出した。


「……あなたが……テオを殺した……」

 声が低く響く。

 リーナの瞳は紅く輝き、髪がふわりと舞った。


 魔力が全身を巡る。

 癒しの魔法を外へ放つ代わりに、自分の中に循環させる。

 筋肉、血管、神経の一つ一つに光が流れ込み、身体能力が跳ね上がる。


 体を回復させ続けることで、限界を超える。

 その速度は、常人の五倍。

 そして、消費はゼロ。


 ――リーナは剣を取った。


 杖の形が変わり、光の刃が伸びる。

 涙が頬を伝い落ちた瞬間、その刃が霧を裂いた。


「赦さない……絶対に――!」


 フェルヴァが咆哮する。

 だが次の瞬間、リーナの姿はもう目の前にはいなかった。


 音が遅れて響く。

 一閃。二閃。三閃。


 光の軌跡が残り、霧が切り裂かれる。

 フェルヴァの四本の腕が宙に舞い、遅れて胴が崩れた。

 瘴気が消え、霧が晴れていく。


 戦いのあとに残ったのは、ただ一人の女と、彼女が抱く亡骸だった。


「……ねぇ、テオ。私……戦えたよ」

 涙はもう、止まっていた。


 朝の光が霧の隙間から差し込む。

 その光の中で、リーナの金の髪が揺れた。

 彼女の中で、癒しと戦いが一つになった瞬間だった。

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