第五話:『50』の事務処理能力と、天才たちの「生活難」
プロローグ:最強の「無能」と『50』の「定規」
全ステータス『50』。
戦闘において、この数値はゼノたちの過剰な力を制御する**『安全装置』として機能した。規格外の力を「標準」**に戻す、唯一無二の才能。
ダンジョンから帰還し、俺、レオン・アスターは、最強パーティ【天剣の光芒】のもう一つの致命的な欠陥に直面する。
それは、社会生活という、最も平凡で基礎的な領域だった。
魔力300のフィリアは、魔力の暴走により均一な文字を書けない。
器用さ210のカインは、超加速の特性により普通の速度での仕分けができない。
筋力250のゼノは、過剰破壊の概念に引っ張られ、紙幣を正確に四等分することさえ危うい。
彼らは、世界を救えるほどの強大な力を持つ一方で、**「普通の生活」を送るための『標準的な事務処理能力』**を完全に失っていたのだ。
最強のパーティは、戦闘以外では**「無能」**に近い。
俺の**『50』は、戦闘の『安全装置』であると同時に、彼らが社会という規格の中で生きるための『生活保障』、あるいは『定規』**となった。
これは、最強の天才たちの「欠陥」を、俺の「平凡」で埋め尽くす物語。
(本編へ続く)
『影の森』での任務を終え、俺たち四人は学園に戻った。
ボスから得た魔石とアイテムを換金し、依頼主に報告書を提出する。通常、この事務作業はパーティのリーダーであるゼノか、頭脳担当のフィリアが担うはずだ。
だが、報告書作成のための会議室に入ると、三人の様子はどこか落ち着かなかった。
「……レオン。悪いが、報酬の分配と、今回の任務報告書の作成を頼めないだろうか」
ゼノが苦渋の表情で頭を下げた。
「えっ? ゼノさんたちがやるんじゃないんですか?」
「それがな……」
フィリアは机に置かれた報告書用紙を指差した。そこには、彼女がペンを取ったらしい、奇妙な文字が書き連ねられていた。
「この報告書には、**『規格』**というものが存在するの。文字の大きさ、行間、句読点の位置、全てが均一でなければならない」
フィリアの魔力(MAG)300の特性は、『星詠み』。未来を見通し、広範囲の魔法を操る力は持つが、その代償として、極端に繊細な作業が苦手になっていた。
「このペンを持つと、私の魔力が勝手に暴走して、文字が……**『極大』になるか、『極小』になってしまうの。行間も、『未来の予知』**に気を取られて、乱れ放題よ」
報告書用紙には、巨大な文字と、針で突いたような小さな文字が混在し、読む気を失わせる芸術作品が完成していた。
カインは自分の机の上に置かれた、魔石の入った袋を見た。
「俺は器用さ(DEX)210の特性で、**『超加速』が発動する。魔石を換金所に持っていくのは一瞬で済むが、『仕分け』**ができない」
「仕分け、ですか?」
「ああ。魔石には、大きさや品質に応じて**『等級』がある。それを『普通に』見分け、等級ごとに『普通に』**仕分けするのが、俺の加速のせいでイライラして無理だ。全部まとめて叩きつけるか、一瞬で等級ごとにバラバラに破壊するか、極端なことしかできなくなる」
ゼノもため息をついた。
「俺の筋力(STR)250の**『過剰破壊』は、計算にも影響する。報酬を正確に四等分しようとすると、つい『完璧な破壊』**という概念に意識が引っ張られ……」
「引っ張られ?」
「紙幣を**『概念的に四分割』**してしまいそうになるんだ。物理的に破るんじゃない。存在そのものを四分割だ。もちろんそんなことをすれば、換金所の担当者が悲鳴を上げるだろう」
彼らは、戦闘においては規格外の英雄だが、**「規格内」**の社会生活においては、致命的な欠陥を抱える子供同然だったのだ。
俺は、彼らの話を聞き、改めて自分の役割の重要性を理解した。
俺の全ステータス**『50』**。
それは、俺に**『標準的な事務処理能力』**を与えていた。
俺はカインの山積みの魔石の前に座り、器用さ(DEX)50で、一個ずつ丁寧に仕分けを始めた。魔石の大きさ、透明度、輝き——**『標準』の目で見て、『標準』の速度で、『標準』**の場所へ分類する。
次に、フィリアの報告書用紙を受け取り、魔力(MAG)50で、文字の大きさや行間を意識しながら、整然とした文字で報告書を再作成する。
最後に、ゼノと報酬の分配を行う。
筋力(STR)50。俺の力は、**「概念の破壊」などという極端な力には到達しない。俺ができるのは、『普通の計算』と『普通の仕分け』**だけだ。
電卓を使い、報酬を正確に四等分し、紙幣を丁寧に四つの山に分けた。
ゼノは、報告書と仕分けられた魔石、そして四等分された紙幣を、感嘆の眼差しで眺めた。
「完璧だ……。本当に、なんのひずみもない**『普通』**だ」
フィリアは、自分が書いた報告書と俺の書いた報告書を比べ、目を潤ませた。
「私の文字が、ただの『歪み』だったのね。レオン……あなたこそが、この社会の**『定規』**だわ」
「定規、ですか」
「ええ。私たちは、自分たちの才能が極端すぎて、**『普通の生活』すら送れない。そんな私たちにとって、君の『50』は、戦闘における『安全装置』であると同時に、社会における『生活保障』**なんだ」
最強パーティ【天剣の光芒】の補欠である俺の役割は、「戦闘での制御」と「日常生活の管理」という二つの地味だが、彼らにとっては絶対不可欠なものだった。
最強の天才たちは、俺の**『50』がなければ、ダンジョン内で自滅するか、日常で紙幣を概念的に破壊**して財産を失うか、どちらかだっただろう。
俺は、誇らしさにも似た感情を抱いた。
俺は、最強のパーティの、**最も地味で、最も重要な『歯車』**なのだ。
(続きは次回)
**第五話「『50』の事務処理能力と、天才たちの『生活難』」**をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今回は、戦闘の場を離れ、レオンの全ステータス『50』という能力が、いかに日常生活で絶大な効果を発揮するかが描かれました。
ゼノ、フィリア、カインといった規格外の天才たちが、報告書の作成、魔石の仕分け、報酬の分配といった「ごく普通の事務作業」一つで、自滅の危機に瀕していたことが判明しましたね。彼らにとって、レオンの**『50』の標準的な能力**は、世界を救う力と同じくらい、あるいはそれ以上に、この社会で生きていくための命綱なのです。
戦闘での**『安全装置』、そして日常での『生活保障』。レオンの「補欠」としての役割は、すでにパーティにとって不可欠な『中心軸』**となりつつあります。
さて、パーティメンバーの間に確固たる信頼関係が築かれたところで、物語は再び大きな動きを見せます。
次回、ゼノがレオンに持ちかけるのは、さらに高度な**「調整」の依頼です。それは、ダンジョン攻略中、カインの『超加速』**が原因で発生する、ある深刻な問題を解決すること。
レオンの**『50』**は、どのようにして「静的な安定」だけでなく、「動的な連携」にも貢献するのでしょうか?
最強パーティの**「規格外」な連携を、凡庸なレオンが「標準」**でどう進化させるのか?
第六話も、ぜひご期待ください!
作者: nice貝




