第八話:スローライフも悪く無いな?
さて、棚田を作るには土だけじゃなく水も重要になってくる。
俺は嫁殿と共に穏やかな風が吹きすさぶ中先ほど見えた小川の様子を見に来た
「綺麗・・なんか子供の頃思い出すなぁ・・じいちゃんの実家もこんな感じで・・・?・・・」
陽光が水面を輝かせ静かだがどこか力強く流れる川を眺めながら、ふと嫁殿があるものに目を止める
「ね、ねぇ狗凶?あのはえてるの・・芦とがまの穂??」
「おっ、目ぇいいな嫁殿──正解。・・あれは芦と、蒲の穂だ」
小川の土手でその身を風に揺らす植物を指差しながら俺は嫁殿の質問に答える。・・あぁ、その笑顔懐かしいな。お前、大嫌いな家族の中であの爺様にずいぶん懐いてたもんな。
「芦は水辺に自生する多年草、根っこが広がりやすくて、土留めや護岸に使える。がまの穂は・・ふふ、アレな。ふわふわの爆発おばけみたいなやつ」
「そうそう、・・じいちゃんがよく見せてくれたっけ・・こうやって指先で触ると、パンッ!って・・ほら、なった!」
自分の手の中で穂を指でつまみはじけた綿を俺に見せながら嫁殿が無邪気に笑ってみせる。
「でもな、コイツは布団の中身にもなるし、火口にもなるんだよ。ま、燃やすより……お前の枕に詰めても良いかもな?」
「そうだ・・廃墟の民家、屋根に使われてたのって芦だったよね?・・まだ残ってるのがあれば、材料に使えるかも」
俺の言葉に嫁殿がそう呟くとまた空中に文字が浮かび上がる。・・コイツはあれか?げぇむで言うところの・・アイテム入手!ってやつか
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【環境探索ボーナス獲得!】
「自然資材:芦/がまの穂」を発見!
用途:
芦:護岸補強/屋根材料/すだれ
がまの穂:火口(焚き火用)/寝具素材/防寒具詰め物
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「おぉ!・・・なんかほんと、和風のスローライフゲーム見たくなってきた・・いや、異世界だけども」
メニュー画面に表示された文字を見ながらぶつぶつつぶやく嫁殿の様子を眺めながら俺は胸の内で考えていたある想いを打ち明けることにした
「なあ、嫁殿よ・・・このまま川沿いに、田んぼ広げていくのはどうだ?」
「田んぼを?・・」
首を傾げ見上げてくる嫁殿の瞳を見ながら俺はさらに言葉を続ける
「芦が守ってくれて、がまの穂が温もりくれて。・・俺とお前で育てた米が風に揺れて……楽しそうにソレを眺めるお前のその隣で、俺は背中預けて眠る」
化け物であるこの身がそんな平凡願うなんざお笑い種だろうが・・でも、どれでも良いんだ。
「悪くねぇかもしれねぇぞ?アシハラでの〝スローライフ〟ってやつも」
俺の言葉にまるで歓迎するかのように日差しが神稲を照らし、黄金に輝きながら風にその身を揺らす。
・・なぁ嫁殿、お前の目の前にいる化け物はただ一心に、お前の幸福だけを望んでるんだぜ?
「・・・そっ、そんなメロい笑顔するんじゃないのっ!」
「・・・お、今、照れた?」
「う、うっさい!!照れてないわぁ!」
俺の言葉にムキになるその表情にくすりと笑みを零し、背後から嫁殿の肩をそっと抱く
「いいじゃねぇか、スローライフ。 荒れた土地でも、手をかけりゃ少しずつ色づいてくる・・ まるで」
穏やかにそよぐ風に少し乱れた嫁殿の髪を直して、耳元で、低く囁くように俺は想いを伝える
「ーーーー 俺の可愛い嫁さんみてぇにさ」
「ファッ!!!?」
「・・・何もねぇ世界で、お前が微笑んでくれるなら。 それだけで、この地は〝楽園〟だよ。俺にとってな」
俺を見つめながら顔をさらに赤らめて口を金魚みてぇにぱくぱく動かす嫁殿に、愛しい思いがまた募っていく。まったく・・見てて飽きやしねぇなほんとうに。
そのまま指先で嫁殿の頬にかかる髪を優しく払い、俺は小川と棚田を眺めた
「・・ま、水と土と、お前がいれば、何とかなるさ・・ なぁ、〝うちの奥さん〟?」
「ファッ・・・ふ、ファッ!?」
「ぷっ・・・なんだよその鴨の鳴き声みてぇな声は」
「あ、アンタがいちいち私の性癖にぶっ刺さるメロ表現をするからでしょうが!!」
べちりと俺の肩を叩けば嫁殿は頬を膨らませ、小川を静かに見つめる
「にしても綺麗な小川・・・・お!沢ガニとか魚も居る!・・そうだ。こういう異世界転生物なら鑑定スキルとかあるよね・・物は試し!鑑定!」
嫁殿がそう叫ぶと、小さなメニュー画面が浮かび上がる。・・まぁ、このくらいはもらって当然か。変なもの食って腹壊されても嫌だしな・・
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【鑑定結果】
・アシハラヤマメ:塩焼きにすると美味
・アシハライワナ:アシハラにしか生息しない魚。刺身も美味
・苔カニ:小さな沢ガニ。煮ても揚げても美味
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・・・おいおい、まるで食レポか図鑑みてぇな鑑定だな?
しかしどうやら俺たちのよく知る川魚や沢蟹と似たような物らしい。・・となればやることは決まったな。
俺は川辺にしゃがみ込み、タイミングを見計らってアシハライワナを手際よく捕まえてみせる。
「おぉ!一発で・・・アンタ、やるじゃん。」
「見ろよ、嫁殿・・こいつ脂乗ってやがる。刺身・・もいいが、炭火で炙って、皮パリパリの塩焼きにしても……最高だろうな」
「し、塩焼き・・・」
嫁殿の目がきらりと光ったのを見逃さず俺はぴ、と舌なめずりしてニヤ、と悪戯っぽく笑って
「お前・・・腹減ってんだろ? 図星だろ?」
「うぐっ!・・・ま、まぁ・・・お腹は空いてます・・し、仕方ないじゃん!大学出たのが夕方頃だったし・・・」
俺の言葉に嫁殿がムキになりながら不貞腐れるがふと表情を曇らせる。
・・・チッ。あの友達共がやっぱり気にかかるのか
「・・・・夜ちゃんやひーちゃん達・・・大丈夫かな」
・・・気にする事なんか無いだろ。嫁殿。
お前が殺されそうになっていたってのに何もしなかった奴等の事なんて
・・・なんて声をかけりゃあ嫁殿への信頼はダダ下がりになっちまうだろう。癪に障るがソレは俺も望んでいない
「・・お前の友達なら大丈夫だろうよ。勇者サマご一行に狼藉はたらくバカは居やしねぇさ」
「狗凶・・・・」
そっと嫁殿の頭を優しくなでて安心させるように俺は笑みを浮かべる
「とりあえず飯食おうぜ。・・・旦那様の愛情込めたイワナの塩焼き、食わせてやっから」
「・・ふふっ、何それ。塩かけて焼くだけじゃん」
「いいんだよ。愛情五割り増しで焼くんだからな」
俺の言葉に小さく笑みをこぼす嫁殿に俺も思わず笑みを浮かべる。・・な?だから俺だけずっと見てろよ?
・・なんて夫婦の良い雰囲気を味わっていたその時だった
「ブギィイィイイ!!」
「みぎゃー!!!!?」
ガサガサと(ガサガサ、と木々が揺れていきなり熊よりデカいイノシシが俺たちのほうに突っ込んできたのだ。
「おいおい、こいつ“熊よりデカい”とか、冗談じゃねぇぞ・・・ッ!」
すぐに嫁殿を庇うように前に立てば俺は腰に携えた白鞘の刀、銘伏せを引き抜き
「ーーーー斬るぞ。」
その一言と同時に、“空間が裂けた”かのような一閃を繰り出した。
そうして一瞬の間巨大イノシシの突進がピタリと止まるとその巨体は静かに崩れ落ちた。
「けっ・・・野生のクセに、空気読めねぇ奴だな。・・・嫁殿、怪我はねぇな?」
ぐいと振り返り、嫁殿の顔を覗き込めば刀を納め同時に、膝を折りその体を優しく抱き上げてる。どうやら何が起こったのか嫁殿もわかってなかったらしく目を丸くしたまま俺を見つめている
「・・・怖かったか?」
「い、いや・・怖かったよりもなによりも・・・・ちょっとかっこよかった。」
弱々しく聞こえたその声に、俺は自分でも信じられないような先ほどの獣じみた気配とは打って変わり、柔らかく嫁殿の心に直接触れるように優しく言葉を返す
「・・・はは。言っただろ? お前が見てる限り、俺はカッコつけるしかねぇって」
恥ずかしそうに俺を見る嫁殿に、己の濁った青の瞳がふっと細められる。そうして片腕で嫁殿を抱いたまま、もう片手でそっと頬に触れた
「お前を守るって、決めてんだ・・・誰が来ようが、どこにいようが、 異世界だろうが関係ねぇ・・・」
そのまま、嫁殿の額にやさしく、安心させるように・・そして誓いを込めて口づけを落とす
「だから震えてもいい。頼ってもいい。 だって・・誰がなんと言おうがーーー お前は俺の嫁なんだからよ」
囁くように低く甘い声で、鼓膜をくすぐるように、俺は茹蛸にようにさらに赤くなった嫁殿の耳たぶ息を吹きかけた
・・・・その後「ボケナスぅうう!!!」と一発パンチを食らったがまぁ・・男の勲章として取っておくか。
「んで──」
嫁殿を下ろして自分の頬を摩りながら俺は横たわる巨大イノシシを軽く蹴りながら訪ねる
「こいつ、解体すっか? 肉、持ち帰って燻製にして保存食にでもしようぜ。 ・・・あと、内臓は新鮮なうちに料理しねぇと味落ちるからな」
「え゛!?・・・ま、まさか捌くの?」
「おうよ。お前もやるか? 血抜きと皮剥ぎ」
「・・・け、見学してまーす・・」