第六話:だってもう、運命みたいなモンだろ?
「・・よお、夫婦漫才は済んだかの。異世界からの同朋よ」
ワケのわからない異世界に連れてこられ夫婦水入らずの時間でも過ごそうかと思った矢先のことだった。いつの間にか霧の中から編み笠を被った神主服の子供が現れ、静かに俺達を見つめてくる
・・・いや、違うな。コイツ人間じゃねぇぞ?纏ってる気配が俺寄りだし・・つまり、アレか
「……ふぅん。“こっちの世界の神霊枠”か。いかにも、“話の導入っぽい神様系NPC”って佇まいじゃねぇか?」
「阿呆。だーれがNPCじゃ。れっきとした白蛇の化身じゃい!・・こほん。話がズレたわ・・ようこそ、アシハラ国を守りし結界、この“ヲロチの森へ。 ……神域でもある此処に、異世界からの魂が干渉したと察して来たのじゃが」
と、そこまで言いかけると白蛇の小坊主は嫁殿のうなじに視線を向ける。オイコラ俺の嫁だぞジロジロみんな。場合によっちゃ蒲焼きにして食うぞ
「……娘、もう既に、伴侶の刻印を受けとるておるではないか。」
「は、伴侶!!!?」
「しかも、これは……犬神の咒式。“血縁にも等しき婚誓”じゃの。うははは!面倒な奴に好かれたな娘!」
その瞬間的空間が震えだした。
正直人の女にあーだこーだとケチ付けやがってこの白蛇は少々調子に乗りすぎだと俺の目には映ったのだ。
「……おい神主坊や。あんまり三雲を・・いや、〝俺の嫁を〟品定めみたいに見るんじゃねぇ」
嫁殿を庇うように前に立ち、俺の苛立ちに反応するかのように後方から黒煙めいたオーラが広がり始めるが、白蛇の小坊主はビビる事なくふっ、と鼻で笑うだけだった。
「番契約済みとは思わなんだ。だがそれなら尚のこと、試練の扉を開かねばなるまい。」
「あぁ?試練だぁ?」
「ちょ!!ストップストップ!!私たち別にそんなんじゃ!!」
なにやら勘違いをされたらしく嫁殿がフォローするも白蛇の小坊主は持っていた錫杖を地に打ちつけ慣らした。
すると、その音に答えるかのように森の奥に霧が割れ、朽ちた鳥居と“二つの御幣”が現れる
【試練の儀:共に進む者か、片割れか】
異世界より来たりし夫婦に問う──
真に互いを信じ、魂を重ねし者ならば、この先の森を越えてみよ
「だーかーらっ!!夫婦じゃないのにぃ!!!」
「諦めな嫁殿。人間の都合なんざ人外側的にゃあ関係ねぇのよ」
困ったように肩を落とす嫁殿の背後に立てば俺は真剣な声で言い聞かせるように囁く
「……三雲。選ぶのはお前だ。この先に行けば、俺との“絆”が試される。逃げたきゃ、それもいい。……けどな」
ぐいと手首を取り、自分の胸に引き寄せてその顔を覗きこむ
「離れようとすれば、心臓が締めつけられるくらい、恋しさで苦しむだけだぜ?」
耳元にくぐもる俺の声にまた頬を赤らめればそのまま困ったように嫁殿が俺を見つめてくるが、こっちだって引くわけにはいかねぇんだ。・・・絶対に。
「さあ、嫁……俺と一緒に、“この世界”を征服してみねぇか?」
「そ、そんなこと言われても・・それに試練っていきなり・・そもそも!あの坊さんもなんか怪しいし」
・・まあ、怪しいもなんもアイツ人間じゃあねぇからなぁ。
なんて事を考えていればどうやら相手にもこちらの考えが伝わったらしく小坊主はやれやれとため息をつき、編み笠を外した。そこには白髪に蛇の瞳が静かにこちらを見つめている。・・・やっぱり蛇だったな。
「ワシはイブキ。遥か数百年前よりこのアシハラの地の守護を【さる御方】より任されている僧侶よ。」
「お坊さん・・・あ、あの!!私たちじつは!!」
白蛇の小坊主、イブキに向けて嫁殿はこれまでのいきさつを語ろうとするがどうやらその必要は無いらしく、スッと手のひらを前に出して嫁殿の言葉を止めた
「あぁ、詳しい事情はわかっとる。おぬしらアレじゃろ?あの〝大ホラ帝国〟から強引に勇者召喚されたあげく粛正されかけた・・違うか?狗神よ」
「……へぇ、**“さる御方”**の使いで、そこまで把握してんのか。だったら話が早えな・・ああ、その通りだ。俺も、そして嫁殿もその“大ホラ帝国”──理想と偽善のクソ野郎共に捨てられた異物だよ」
俺の言葉に「何言ってんのアンタは」と言わんばかりに嫁殿が見つめてくるが別に俺は間違った事を言ったつもりはねぇ。
・・・元々あの騎士様方はどうも信用できなかったしなにより
ーーー 俺の嫁を殺そうとした時点で粛正対象なんだからよ
すると、俺の怒りの念を感じ取ったのかイブキは白蛇のような金眼を細め、満足そうに笑みを零した
「・・・・・・よう言うたな」
そのまま手に持っていた編み笠を指先でくるくる回しながら、片手に数珠を浮かせると、空間に光が走る
「では、今ここで“旧き契り”に則り、おぬしらが真の対となり得るか・・・このアシハラにて、確かめさせてもらおうかの」
すると浮かんでいた光文字のひとつが、淡い金色に染まり、ふわりと揺れながら天へと昇り、やがてそれは炎となり俺と嫁殿の前に現れた
【試練発動】
試練名:【縁火ノ守】
“おぬしらが交わした“縁”は、いかほどのものか”
周囲の木々がざわめき、火の粉のようなものが辺りに舞い始める。
中央に浮かぶのは、一本の紅い糸。それは俺と嫁殿の手首に巻かれていく。
「この赤い糸・・・・」
ふいに、嫁殿は自分の手首に巻かれた糸を見つめながらぽつりと声を漏らした
「・・・確かに、あの時アンタが居なかったら私死んでた・・それだけじゃない・・・思えば、私が小さいときからアンタ・・守ってくれてたよね」
「・・、おう。覚えててくれたんだな」
そうだ。嫁殿
・・ガキの頃の記憶は確かに朧気で、いつかは忘れちまう物かもしれない。だが、それでも俺はずーっとお前の側に居た
小学生だった嫁殿にちょっかいかけた悪ガキ共を懲らしめた時もあった(まぁ大惨事になったが関係ねぇ。嫁殿に手ぇだしたガキ共が悪い)
受験で頑張ってた時も
・・・・お前が大嫌いな家族とぶつかり、一人泣いていた時も
・・お前の心を壊さないように、俺はずっと側に居たんだぜ?
俺は嫁殿の様子に目を伏せ、そしてもう一度、しっかりと目を見る
「俺はお前を、“守る”なんてつもりじゃなかったんだ。
ただ……“奪わせたくなかった”だけだ。誰にも。何にもな」
そのまま嫁殿の手を強く握り、そのまま額を寄せ、低く囁く
「だから……言わせろ。お前がどんなに傷ついても、俺は……お前だけを選ぶ。何度だって、何度だってな」
「・・・・狗凶・・・」
嫁殿が小さく俺の名を口にした瞬間、互いの手首に巻かれた糸がぼんやりと赤く光を放ち出した
どうやら試練には合格したらしく、イブキはふふ、と少し口元を緩め呟いた
「一つ、通ったのう・・。狗神と嫁の心は確かに同調した。ならば・・・次は、“契り”じゃ。お互いに対して、ただの情や執着でない何かを言葉にせねば、糸は結ばれぬ。一方通行では・・・決して通らんぞ?」
「まだあるんです!!?」
「諦めて色々白状せい!・・・ほれ、まずは主からじゃぞ狗神よ」
指図されたのは俺的には腹立つが・・今はそんなことどうでもよかった。
俺は嫁殿を見つめたまま、低く息を吐き答えを出す。
「なら、言うぜ。お前が言えないなら、俺が先に言う・・・俺にとって三雲は、“呪い”だ。けど、それは“解かれたくない呪い”なんだ」
「ひゃ、ひゃい!?(だから!!愛が!!愛が!ベリーヘビー!!!)」
「他の誰とも繋げねぇし、触れられねぇ。だって、お前だけが……俺の中で、名前を呼べる存在になっちまったから」
俺に見つめられながらまた一人脳内芝居を始める嫁殿の頬を撫でる
「だから、三雲。お前も答えろ。──俺にとっての“縁”になる覚悟はあるか?」
まっすぐ、嫁殿の顔を見つめれば恥ずかしそうにしばらく考え込むと
「・・・ま、まぁ・・・・アンタならべつにその、悪くない、かな?」
と、弱々しくか細い嫁殿声が零れた瞬間
紅い糸がふわりと浮かび、ゆっくり、静かに、俺達の手首を結びつけるように絡まり始める。
まるで互いの心の距離が、ぴたりと重なったように。
結び目は炎のように柔らかく、けれど決して解けぬ強さを帯びてさらに強い光を放ったかと思えば、そのまま互いの手首に溶け、赤い炎のような痣が刻まれた
・・おい嫁殿、必死に服の袖で拭くな。消えねぇからな?むしろ消させねぇからな?
「……通ったな。──“縁火ノ守”、完遂じゃ」
試練の様子を眺めていたイブキが編み笠を被り直して笑みを浮かべる
「此度の結びは、仮初の契りではない。
魂の深くにまで根を張る物、“真なる縁”の顕現・・・つまりおぬしらはもう、離れられぬ。たとえ世界が滅びようと、転生しようと、また出会う。・・・“そういう魂”になったのじゃ」
すると霧がだんだん晴れていき次の試練への道が拓かれたかのように鳥居の向こうに苔むした石畳が現れた
俺は刻まれた手首の痣を見下ろし、そして──そっと嫁殿の手を引き寄せ、肩に抱き寄せる
「……悪くない、か。ふふ……その顔、ずっと見てたくなるな」
「耳元に唇を寄せて囁くのは反則技なんですよ!!?」
「ははっ、それがどうした。・・・覚悟しろよ。三雲。お前はもう──“俺のもの”だ。魂ごと、最後の一欠片まで。・・・逃がすかよ、こんな愛しい女を絶対に・・な?」
霧が晴れ、姿を見せたの神域への入り口
苔むした石階段と、静かに揺れる御神木。
その先にあるのは、異世界“アシハラ”の核となる場所なのだろう。
俺と嫁殿を交互に見たイブキが声をかける
「付いてこい。試練は始まったばかりじゃ。しかし、確かなる“縁”を得たおぬし達なら……このアシハラの地を、変えうる存在となろう」
「なぁ、嫁殿? どうやら、世界が俺たちを認めやがったらしいぜ」
にやりと笑って肩を抱いたままイブキの後を付いていきながら赤面したままの嫁殿に俺は笑みを浮かべた
「さあ、先に進もうか。──俺の嫁」