第22話:意味など無く
ヲロチの森、入口。
「ひっ・・ひぐっ・・うぅ・・・」
普段は穏やかなその森の静寂を裂くように、血の香りが周囲に漂っている。青々とした草原には生々しい血が飛び散り、つい先ほどまで楽し気に遊んでいた幼い小鬼の体が力なく転がっている。
「にいちゃん・・ねぇちゃん・・目を開けてよ・・・」
己を庇い躯とかした姉と兄の体を一番体の小さい子供の小鬼が瞳に涙を貯めながらその体を揺さぶった。
・・呼びかけようとも、返答はない。しかし、まだ幼い子供にはその意味さえも理解できなかった
自分たちはただ、いつものように遊んでいただけのはずだった。
いつものように、兄弟仲良く遊んでいたはずだった。
最近このアシハラを統治し、復興に力を入れてくれている異世界から来た大殿と・・その傍らに寄り添う奥方様のために、森でとれた新鮮な木の実をとっていこうとしたはず
それだけなのに
・・それだけなのに、突然現れた〝怖い人間たち〟がいきなり自分たちに剣を振りかざしてきたのだ
「けっ・・・ただのゴブリンだけじゃ金にもならねぇよ」
「なんだっけ・・この森の奥にある遺跡の調査だっけ?」
「今回の報酬はあの騎士帝国様からたんまり出るらしいからな!俺たちしばらく遊んで暮らせるぜ!」
目の前の人間たちが何か言いあいながら下卑た笑みを浮かべている
「うちの女房、今腹に三人目が要るんだ・・少しは楽させてやれるってもんだ。」
・・人間にも、家族は居る。
でも、どうしてそのために姉と兄はこんな目に会わなければいけなかったのか
「・・・・・どうして・・・・」
残された幼い小鬼の声は届かない。・・いや、届くわけがないのだ。
人間たちからすれば自分たち魔物は殺されて当然の存在なのだから
・・・どうして?
自分たちは何もしていない。ただひっそり、この森の奥で生きていただけなのに
それを、お前たちが断りもなくズカズカ入ってきて全部をめちゃくちゃにしたんじゃないか
「・・・っ!!」
憎い。
この人間たちが憎くてたまらない。
でも、小さな自分は何もできない。そんな力どこにもない
「おい、とりあえず残ってる雑魚も殺して森の奥に進もうぜ」
「そうだな。ま、恨むなら魔物として生まれた自分を恨むんだな」
三人組のうちの一人が持っていた剣をこちらに振りかざしてくる
誰か
誰でもいい。
ーーー 誰でも?
「・・お前たちなんか・・・お前たちなんか・・・!!」
そうだ。たとえもし、自分が今ここで姉兄のようになってしまっても、きっとあの力強くもっとも恐れられている大殿が、奥方様がこいつらを打倒してくれる。
無念をきっと晴らしてくれる
「お前たちなんか、大殿に喰われちまえばいいんだ!!!!」
幼い小鬼の叫びをかき消すように振り下ろされた白刃がその首を撥ねる
ーーー 撥ねるはずだった
「ーーーーー は?」
ぼとり。と落ちたのは幼い小鬼の首ではなく、剣を握った男の手だった。
「うぎゃぁああああああ!!!?」
とっさの出来事だったが、自分の腕が切り落とされたとようやく気付いた男は切られたほうの腕を抑えたまま地面にのたうち回った。
ーーー 何が、起きた?
「あ・・・・・」
しかし、幼い小鬼はすぐにその状況を理解できた。
「・・奥方様・・・・」
いつの間にか、自分をかばうように異世界より来た人間の女が立っていた。表情は見えないが、その背から発せられる殺気がびりびりと周囲の木々を揺らしている
「・・・無事みてぇだな。ボウズ。」
ふいに、幼い小鬼の身体が宙に浮かぶ。顔を上げればそこには安堵の表情を浮かべる大殿、狗凶の姿があった。
「大殿・・・」
来てくれた・・・来てくれたのだ。本当に
自分の叫びを聞き、こうして来てくれたのだ。この人は
「っ・・・でも・・・大殿・・兄ちゃんと・・姉ちゃんが・・・」
「・・・わかってる」
幼い小鬼の言葉に狗凶はそう静かに言葉を返すと、自分たちに背を向けて眼前の敵を睨む女に視線を移した
「三雲を・・・嫁殿を信じろ。」
狗凶の言葉を聞き、三雲は静かに深いため息をつくと腰に携えた一振りの刀を引き抜き構える。
「ーーーー 何年振りかな。この気持ちは」
ずっと押し殺してきた感情の噴出。爆発
「お、女!?いつのまに!?」
「な・・なんなんだコイツは・・・・」
おびえる冒険者たちを他所に三雲は笑みを浮かべたまま一歩、また一歩とにじり寄る
「・・生きるために他者を喰らう・・・確かに確かにそれが社会の真理だけどさ」
弱者が淘汰される。自分と違う存在が迫害される。それが人間社会の闇でもあり真実。それは認めよう。否定する気もない。
・・・・けれど
「ーーーー 自分たちも食われる側だと言うことを、忘れちゃいけないよね?」




