猫人間・ミイ
〈はつたいに泣く者もあり法師の死 涙次〉
【ⅰ】
安保さんが、* ボンド・スクーターの點検に來た。今度のマイナーチェンジは、バッテリーの改變によつて、航續距離が伸びた、と云ふ點にある。テオは、前回の點検の際、「をばさん」と知り合つた事を思ひ、今回も誰かお氣に入りの人物に出會へるといゝな、と期待に胸膨らんだ。
取り敢へず中野駅前に行つてみやう。駅前公園で、何かイヴェントやつてるかも。さうテオは思ひ、ボンド・スクーターで出掛けてみた。
* 当該シリーズ第32話參照。
【ⅱ】
新しい出會ひは、確かにあつた。駅前公園では、コスプレ祭り、なるイヴェントが開かれてゐて、その中に、テオの目ばかりでなく、衆人が目を奪はれる女性がゐたのだ。
野代ミイ、と名乘るその女の子(まだ少女の面影が殘つてゐる)は、さう、「猫人間」だつた。たゞ、コステューム・プレイをするだけでなく、整形手術で顔面をいぢり、口唇口蓋裂、所謂「兎唇」となつてゐて、人造の尻尾まで生やしてゐる。躰に刺青を施し、ぶち猫の體である。その氣合ひに、観衆は驚き、遠巻きに然もじろじろと彼女を眺めてゐる。
彼女は美形で、人間としてのスタイルも良い。テオ、已むに已まれぬ引力を彼女に感じた。何故なら、この彼女の姿、或る意味でテオの理想とする女性像だつたからだ。
彼女は猫界(?)の事を流石によく知つてゐて、テオの事も「カンテラ一味の天才猫さん」として記憶してゐた。彼女も、テオ(わ、スクーター運轉出來るなんて、凄い、とか)の事を、一目見て氣に入つたやうだつた。
【ⅲ】
おいおい、テオくん。でゞこちやんと4匹の子供たち、きみ忘れちやゐないか? 五月蠅いな永田さん、僕は今取り込み中なんだよ!
だうやら、テオはこの「猫人間」に戀してしまつたやうだつた。だが...
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〈猫なのか人間なのかはきとせぬいやいや人間だからの猫だ 平手みき〉
【ⅳ】
彼女に誘はれる儘、彼女のアパートまで着いて行つたのは、テオ、明らかにやり過ぎであつた。彼女は自轉車で來てゐたので、スクーターで並走して、テオは彼女の招きに應じ、彼女の部屋まで行つたのだ。
部屋に帰ると、彼女は徐ろに服を脱ぎ捨て、テオを抱き締めた。テオ、天にも昇る思ひである。
彼女が云ふに、肋骨も左右1本づゝ手術で足して、猫と同じ數にしてゐる、と云ふ。彼女は這ひつくばつて、皿に注いだミルクを舐め、テオにもさうするよう、促した。
で、こゝからが問題である。彼女が幾らエクストリームな趣味の持ち主でも、それは彼女の自由だ。しかし、【魔】の介在は、テオなら許して置ける筈はなかつたのだ。
夢で、と彼女は語り始めた、見たのよ。或る、同じやうな「猫人間」、彼女の先輩に当たる(實は魔物)人が、「みんなで猫になりませう」つて話し掛けてきたの。わたし素敵だな、と思つて...
それが【魔】、である事は、テオには直ぐに分かつた。(僕、深入りし過ぎたかな。)取り敢へず、カンテラ兄貴に相談しなくちや。テオは挨拶も早々に、彼女の部屋を辞去した。
【ⅴ】
「よく、云つてくれた」カンテラはにこにこしてゐる。「だが、誰が依頼主になるか、それが問題だ。今回は流石に、テオから取る氣はないよ」-「ぢやだうしたら」-「彼女は何か仕事をしてゐる筈だ。ストリッパーなんぢやないかな?」-「それはあり得ますね」-「だろ? その職場を揺すれば、カネなんて幾らでも出てくるよ」-「分かりました、やつてみます」
【ⅵ】
カンテラの讀みは、ビンゴだつた。彼女はと或る会員制クラブで、ラウンジ・ショウの一環として、ストリップティーズを演じてゐた。テオは、持ち前の天才脳で、どんな言葉が利くか、考へた。その答へは-
「僕ら一味の近くに、楳ノ谷汀つて人がゐるのはご存知でせう。彼女にお宅、報道して貰つたら、迷惑を被るお客さん、ゐるんぢやないかな?」-「そ、それは勘弁して下さい、カネなら幾らでも出すから」
と、云ふ譯で、カンテラ・じろさん、野代ミイの夢に潜入した。
【ⅶ】
直ぐに、例の猫人間型【魔】と遭遇した。カンテラを制して、じろさん。「あんたの猫王國は、既に破綻してゐるよ」-「な、何だと!?」-「此井殺法・火吹き!!」カンテラが呑むやうな火酒を口に含み、それを吐き出しつゝ、じろさん、火を着けた。「!!」飛んだ火炎放射を浴びて、「猫人間【魔】」、敢へなくダウン。
で、ミイちやんは、今日も元氣にストリップでカネを稼ぎ、自らの躰の改造資金を蓄へてゐる。テオ、会員制クラブの会員となつた・笑。猫さんの会員は、流石に初めてゞす、と顧客担当のフロア・マネージャー。
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〈脊泳ぎで優雅に帰る五年生 涙次〉
一件落着。ぢやないよ、愛人なんて作つちやつて、テオくん大丈夫? まあ一旦、お仕舞ひ。