【第7章】「コード魔法試作――暗記式を超える第一歩」
廃墟の一角を仮拠点として整備し始めてから数日。
かつての屋敷らしき建物は大半が崩れているが、ケイや仲間たちは埃まみれの床を掃き清め、簡易のテーブルと木箱の椅子を並べ、ここを『研究室』と呼ぶようになっていた。
古びた窓から射しこむ陽の光が、書物や巻物を照らし出している。
アリアは「暗記式は、もともと古代の大厄災後に体系化されたって魔術ギルドで習いました。世界が滅亡寸前に追い込まれてから、人々が必死で呪文をひとつずつ言語化し、伝承した……と」と話す。
長い詠唱をすべて覚え、ちょっとでもミスすると失敗するのが特徴だが、それゆえに正統とされ、多くの魔術師が血反吐を吐く思いで暗記に励んできたという。
そこに登場したのがケイの『コード魔法』の発想だ。
「改めておさらいだけど、前の世界でやってたプログラミングを、魔法に応用できないかな……って思ったんだ。暗記式を『関数』や『モジュール』に分割して、バグが起きても途中で修正できる仕組みを作る」
ケイは紙に書かれた疑似呪文をアリアに見せた。
「暗記式だと一字でも間違えたら失敗だけど、このコード式なら条件分岐や例外処理を入れて安全に続行できると、俺は考えている」
その日、二人は廃墟の裏手へ移動して、実験に取りかかった。
荒れた地面に囲いを作り、火球を撃ち出しても周囲に大きな被害が出ないよう最低限の安全策を講じている。
「よし、ここまで書き出した呪文ロジックを実際に試してみよう。今回は火球術の詠唱を、いくつかの『パーツ』に分割してみた」
ケイが示す紙には、「火球の生成パーツ」「着弾パーツ」「緊急停止パーツ」といったブロックが図解されている。
長文暗記式をそのまま読むのではなく、『もし成功なら次へ進み、失敗ならバックアップする』という構造を挿入するのがケイの狙いだった。
「じゃあ、唱えてみますね。まずは火球生成部分から……」
アリアは深呼吸し、古代ルーン文字とケイが書き加えた『if文』を融合させるように詠唱を始める。
「if(敵を視認) { 炎の種を生み出せ } else { 待機 }……」
その瞬間、彼女の右手の先にふわりと赤い球体が芽生えた。
アリアは驚いた表情で「わぁ……こんな短い詠唱で、火球が出るなんて」と声を弾ませる。
「いい感じだ。暗記式なら数行の呪文を必死に記憶するところ、これなら条件分岐だけで済むし、失敗のリスクが下がるんじゃないか」
ケイは期待を口にした。
しかし、次の着弾パーツへ移行しようとしたとき、アリアはほんの僅かに舌を噛んでしまう。
「……else if(魔力値不足) {……あれ、唇が滑っ……}」
詠唱の途中でルーン文字の連結がズレた。
その途端、火球が妙な亀裂を起こしてビリビリと音を立て始める。
「きゃあっ!?」
アリアが悲鳴交じりの声を上げると、火球は膨らみ、弾けるように地面をえぐって爆発。
「ドン!」という衝撃が辺りを揺るがし、砂煙が舞い上がった。
しばらく咳き込みながら立ち上がったアリアは、埃まみれのローブを払いながら肩を落とす。
ケイは「これは……『バグ』だな。緊急停止パーツも必要だってことか」とメモを見返す。
「あとは、制御を途中で止める呪文を入れて、バグが起きたら火球を霧散させるように組み直すといいかも」
すぐにアリアが「もう一度やりましょう」と息巻く。
彼女の瞳には恐怖よりも『できるはず』という熱意が上回っている。
こうして二人はレビューしつつ呪文に緊急停止パーツを加えた。
「ロールバック処理を挟むなら、詠唱途中でミスっても暴発しないようにできるかも……」とケイは紙に書き加え、再挑戦を決意する。
これが単なる技術実験ではなく、暗記式を超える革命へ繋がる――そう強く信じながら。
一度の実験で大穴を開けてしまったものの、アリアの火球詠唱が短縮され、成功率が上がった点は大きな収穫だった。
その後、エレナとフレイアも騒ぎを聞きつけて駆けつける。
「あんたたち、また爆発騒ぎ? 大丈夫だったの?」
エレナが呆れ気味に尋ねると、アリアは恥ずかしそうに頷く。
フレイアは興味深そうに爆心地を眺め「火球生成の呪文が半分以下の詠唱でできるなんて、これは歴史的な発明かもしれないわね」と目を輝かせる。
「でも、一人で全部制御するのは相当きついですね。私が呪文を唱えてる間に誰かが観察してくれたら、もう少し安全に進められるかも」
アリアがそう提案すると、ケイは「やっぱりチームでレビューするのが大事なんだ。前の世界でも、プログラム開発は一人で抱えこむとバグが埋まらないし」と頷く。
エレナは腕を組んで「じゃあ、あたしは戦闘目線でいつ火球が危ないか指摘してあげる。突発的に暴走しそうなら、咄嗟に守ってみせるわ」と気概を見せる。
フレイアも「私がルーン文字とコード魔法の整合性を調べるわ。古代術式の構造をもっと理解すれば、暴走リスクを減らせるかもしれない」とやる気を示す。
こうしてコード魔法の試行錯誤は個人のスキルを超え、仲間たちが分業・レビューして成立させるチームプレーの形へと進化しはじめる。
そもそも暗記式呪文は、大厄災後に体系化されたものだという。
先人たちは、一字一句呪文を詠唱し、それを覚えることで魔法を再現した。
そこには計り知れない努力と歴史が詰まっている。
しかし、その代償として長く複雑な呪文に頼る文化が根付き、『詠唱ミス』のリスクから逃れられなかった。
「暗記式を覚えるために、みんなが苦労してたけど、コード魔法なら、もっと多くの人が使いやすい呪文になるんじゃないかな」
アリアは憧れと期待を込めてそう呟く。
彼女自身、暗記式の詠唱が苦手なため、従来のやり方に限界を感じていたのだ。
一方で、制御に失敗すれば命に関わる大爆発が起こり得るというリスクもある。
今回の爆発は幸い大怪我につながらなかったが、一歩間違えば死傷者が出てもおかしくないほどの威力だった。
「火球みたいな攻撃呪文は威力がある分、バグが起きたら最悪だ」
ケイは険しい表情で囲いの残骸を見つめる。
「でも、成功すれば暗記式の縛りから解放されるし、結界術や封印術にも応用できるかもしれない。この世界を変える大きな鍵になるはずだ」
その後、ケイたちはアリアの火球術を『再挑戦』するべく、呪文のブロックをさらに増やすことを決める。
「霧散パーツ」「安全弁パーツ」「中断復帰パーツ」など、単語だけ見ればややこしいが、全員が協力して設計すれば完成の光が見えてくる。
そして、ひとたび成功すれば、暗記式が苦手な魔術師でも、あるいは『魔力ゼロ』のケイのような存在でも、魔法の運用をサポートできる世界が開けるかもしれない――。
そんな希望を胸に、彼らは次なる実験へ向けた議論を続ける。
一度の成功や失敗で終わらない、終わりなき試行錯誤。
だが彼らは確かに、『暗記式を超える革新』への第一歩を踏み出したのだった。