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【第4章】「エレナとフレイア――仲間たちとの出会い」

「やめときな、そっちに行くと命はないよ!」


 砂煙の舞う街外れで、鋭い声が響き渡った。

 如月ケイとアリアが足を止めて振り向くと、そこには革の軽装鎧をまとった女剣士が立っていた。

 夕陽に赤く染まる荒地には、ところどころに低い灌木が生えるばかりで、モンスターの通り道としても知られる危険地帯である。


「その先の村から、『モンスターの群れが出た』って報告があった。あんたたち、丸腰で突っ込むつもり?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 彼女――エレナと名乗った剣士は、まるで人を寄せ付けない雰囲気をまとっていた。

 愛用の片手剣を握る手には、ささくれ立った皮の手袋。

 燃えるような怒りと苛立ちが、その瞳の奥に宿っているのがケイにも分かる。


「引き返しなさい。あたしは村を偵察する。余計なお荷物は勘弁なのよね」

「お荷物って……俺には戦う術はないが、なにか協力できるかもしれないだろ」


 ケイがそう答えると、アリアも控えめに口を開く。

 数日前に出会ったばかりの見習い魔術師だが、彼女の表情には決意が宿っていた。


「私、見習い魔術師なんです。詠唱は遅いけど、火力系の呪文なら多少は使えます」


 エレナが冷たい目をしながらも、わずかに剣を下ろす。

 どうやら即座に斬りかかるつもりはないらしい。


「村が危険だっていうなら、なおさら放っておけないよ。行くなら俺たちも一緒に」

 

 ケイの訴えに、アリアもうなずいてみせる。


「そうです。モンスターが出ているなら、役に立てるかもしれません」

「勝手にしなさい。ただし、あたしがあんたたち守る義理はないからね」

「わかった。それでもいい。現状を見ておきたいんだ」


 エレナは不機嫌そうに剣を収めると、そっけなく先へ歩き出した。

 ケイとアリアは目を合わせて息を飲みながら、その後を追う。


 村へ向かう道中、風が強く吹き荒れ、乾いた地面が砂塵を巻き上げる。

 足元には小さな足跡が点在していた。どうやら小型のモンスターが通った痕跡らしい。


「ねえ、どうしてこんなことに首を突っ込むの?」


 先を歩くエレナが、ちらりと二人を振り返る。

 その声には、怒りというより苛立ちとも疲労ともつかない響きが混じっていた。


「放っておけないから……って言うと、きれいごとかもしれない。でも、保護費を払えない村がモンスターに襲われてる話を最近耳にして……」


 ケイが答えると、アリアも短く息をつきながら言葉を継ぐ。


「私も同じです。見捨てていい理由なんて、どこにもないと思うから……」


 エレナの瞳がわずかに揺れる。

 街の結界を維持する保護費を払えない――それはすなわち、モンスターの脅威から見放されることを意味していた。

 聞けばエレナの故郷も、まさに同じ理由で悲惨な結末を迎えたのだという。


「あたしの村は保護費が払えず、結界を張れなかった。結果、家族を失ったの。もうあんな思いはごめんだから」


 言葉こそきっぱりしているが、その瞳には炎のような決意が宿っていた。

 ケイとアリアはそれ以上問い返さず、黙ってうなずく。

 いつか何かの形で、彼女の過去を救う術を見つけられないか――そんな思いがケイの胸をよぎった。


 村に着くと、あちこちにモンスターの荒らした痕跡が見られた。

 倉庫の扉が外れ、家畜の小屋は半壊し、人々の顔には疲労と不安が漂う。

 何人かが血まみれの布を手にしており、負傷者も出ているようだ。


「酷い……」


 アリアは思わず息を呑む。


「領主に掛け合っても、保護費を払えって言われるだけ。結界が弱くなってるのに……」


 エレナはため息をつき、倒れかけた板壁を直そうとしている村人のところへ駆け寄った。

 ケイやアリアも加勢しようとするが、どこから手をつければいいか分からない。


「ケイさん、私が炎の魔法を小出しにして、壊れた板を焼いていきます」

「ありがとう、じゃあ小さな炎だけで頼む。暴発したら大変だから気をつけてね」


 以前、暗記式の簡易呪文を試したときに間違って暴発しかけたことがあったのだ。

 アリアは困った表情を浮かべつつも、暗記式の簡易呪文を唱える。

 いつもの長い詠唱とは別に、ほんの短めの構文を用いて炎を生み出し、板の割れ端を処理していく。

 

「どうかな……私なりに少し暗記式を分割してみたんだけど」

「おお、すごい! 詠唱がだいぶ短くなってるじゃないか。バグ……もとい暴発しそうな感じもないし」


 ケイは感心したように頷く。

 アリアの顔には小さな達成感が浮かんでいた。


「少しでも成功例があると、やっぱり自信が出ますね……。コード魔法って、こういう方向で発展させられないかな」


 モンスター対策としては不十分かもしれないが、暗記式を分割するアイデアが、アリアの中で新たな可能性を芽生えさせているようだ。

 そんな様子を遠目に見ていたエレナは、口にこそ出さないが、ほんの少しだけ表情を緩めていた。

 剣しか取り柄がないと思っていた自分と、魔力ゼロでも何とか役立とうとするケイたち――その対比が妙にまぶしい。


「少しでも村人を安心させてあげて。あたしは念のため村の奥を見回ってくる。もっと大きな群れが来てたら厄介だからね」

「わかった。エレナも気をつけて」


 アリアが小さく手を振ると、エレナは剣を下げて村の裏手へ向かった。


 村の外れで、古びた廃墟のような建物を発見したのは、その直後だ。

 そこにはローブ姿の女性が壁を熱心に眺めていた。

 この建物は、ケイとアリアが瓦礫の片づけを手伝っていた村人から、「昔は学者が使ってた施設」と聞かされていた。


「すみません、あなたはここで何を?」


 ケイが声をかけると、女性は落ち着いた眼差しを向ける。


「私はフレイア。考古学と魔術史の研究者よ。ここには大厄災直後の文献が眠っている可能性があるらしいのよ」


 彼女は指先で壁の古めかしい文字をなぞる。

 その仕草には学者らしい冷静さと好奇心が滲み出ている。


「大厄災って、具体的にどんなことが起きたんです?」


 アリアが興味を示すと、フレイアは巻物を広げながら説明を始める。

 ケイも大厄災については詳細を知りたいを思っていた。


「三百年前、世界を滅亡寸前まで追い詰めたモンスターの大群が現れたの。封印術によって何とか食い止めたけど、完全には封印できていなかったらしい。ここにはその研究資料があると言われてるの」

「もし封印が不完全なら、また災厄が起こるかもしれない……?」


 ケイが思わず息を呑むと、フレイアは静かに頷いた。


「そう。そして保護費制度も、本来は結界維持を強化するために生まれた仕組み。でも今じゃ腐敗して、お金を払えない者は見殺しにされてる……。歪みが大きすぎるのよ」

「俺も、この世界の仕組みを変えたいと思ってます。みんなが幸せに暮らせる方法を探したい」


 ケイが力を込めて言うと、アリアもうなずいてみせる。


「私も研究を進めれば、封印術や保護費制度の根底を見直せるんじゃないかと考えてるわ」


 フレイアの瞳には探究心が宿っていた。

 そんな時、足音が近づき、エレナが息を切らしながら戻ってくる。


「ケイ、アリア、モンスターは一旦引いたみたいだ。そっちは……誰だ?」


 フレイアの存在に気づくと、エレナは剣を下げたまま警戒の色を解かない。


「私はフレイア。考古学者で、大厄災の研究をしているの」

「エレナよ。あたしはモンスターを斬る以外に能がないけど、まあ……よろしく」


 エレナはつっけんどんな態度ながら、軽く会釈をする。

 フレイアは穏やかな微笑みで応じた。


「なあ、この建物を拠点にしないか? 外壁は壊れてるけど、ちゃんと修繕すれば村人が避難できる場所にはなるかも」

 

 ケイが提案すると、アリアが嬉しそうに声を上げた。


「賛成です。研究に使える施設があれば、暗記式を『コード魔法』に変える実験だってやりやすくなるはず!」

 

 フレイアも「研究の拠点がほしかったのよ」と笑みを深める。

 こうして見習い魔術師アリア、剣士エレナ、考古学者フレイア、そして魔力ゼロのケイ――。

 背景も目的も違う四人が、『廃墟の拠点化』へと動き出す。

 エレナは村の見回りを続け、アリアは暗記式の呪文をコード化するための準備を始め、フレイアは古代文字の解読に没頭する。

 ケイもまた、その管理や調整役に奔走することになるだろう。


「結界もない場所だけど、村から少し離れてるからかえってモンスター対策もしやすいし、村人が避難してくる場合も見張りを立てやすいわ」


 エレナが廃墟の外壁を叩きながら言う。

 多少不安は残るが、足りない部分はみんなで協力し合えば何とかなるかもしれない。


「よし、じゃあさっそく始めよう。アリアは応急の警戒魔法、エレナは周辺警備、フレイアは調査記録。俺は拠点整備の手伝いをしながら、コード魔法の設計を考えるよ」

「ケイさん、私『分割詠唱』の実験をしたいです! 今度は小規模な火球や治癒魔法を組み合わせてみたい!」


 アリアの瞳が期待に輝く。

 エレナは少し離れたところで「……変な連中だけど、悪くないかもね」とぼそりとつぶやく。

 夕陽が沈む空の下、四つの意志が交差する。

 まだまだ荒れ地とモンスターの脅威、腐敗した保護費制度や大厄災の謎は山積みだ。

 けれどケイは、前の世界で果たせなかった“チームを大事にする夢を思い返しながら、仲間たちと共に小さな一歩を踏み出したのだった。


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