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【第30章】「対決:破壊を選んだ男と改革を選ぶ者」

「ここがローガンの最終拠点か。結界石の制御コードが、古代術士の封印術とこんなにも複雑に混じり合っているなんて」

 ケイは岩壁に刻まれたルーンを見つめながら、端末を握りしめた。

 古い術式の形跡と、まるでAPIのように書き換え可能な部分が融合しており、彼が提案したコード魔法の理屈がここでも通じるのではないかと感じさせる。


「ほんの数十年前までは、こういう遺跡は古代術士が一方的に結界を張って封印したってききました。でも、ローガンはここまで見事にプログラム的に術式を改ざんできるですね」


 アリアが端末を操作しながら呟く。

 画面には錯綜するルーン同士をどう再統合するかというレビュー用のマップが映し出されていた。


「ローガンは大厄災を解放するために、あえて古い封印術式を逆手に取っているのね」


 フレイアが足元の石版をなぞり、そこに刻まれた文字を読み取る。


「古代術士たちは、かつて世界規模の脅威に追い詰められていた。大厄災によって多くの都市が滅びかけ、最後の力で未完成の封印を作り上げたの。でも、十分な資料もなくつぎはぎだったせいで、後世の改ざんに弱い部分があるのね」


 城壁のようにそびえ立つ石柱からは陰鬱な魔力が滴り落ち、封印されたはずの大厄災が再び呼び起こされる危険を漂わせていた。


「やっと見つけましたよ、ケイさん。こっちの通路、魔導結界が見えます。さっき見つけた管理ルーンと通信してるみたいです」


 ラヴィニアが慌ただしく駆け寄り、通信クリスタルを差し出す。


「ローガンが大厄災を解放することだけは絶対に阻止しなきゃならない。破壊で再構築なんて、そんな命を無視した手段は許されるはずがない」


 ケイは苦い表情で端末を覗き込む。

 世界を壊すか、それとも修正しながら変えていくか――ケイたちが選んだ道は後者だった。


「進むしかありませんね。みんなでチェックした結界上書きパッチもあるんだし、ローガンの改ざんを解除して封印を安定化できるかもしれません」


 アリアが小さく息を飲みながら微笑む。

 少し前の大都市での大失敗を思い出すが、今回はみんなでレビューを重ねてきたコードだ。

 自分たちなら乗り越えられると信じたかった。


「やばい感じがするな」


 エレナが進行方向を睨むと、一筋の冷気が頬をかすめる。

 そこから黒い霧が広がり、うごめく影が見え隠れしていた。


「これは、ローガンの気配?」


 フレイアが首を振る。


「いえ、古代術士が張った無断侵入者撃退用の罠かもしれないわ。それをローガンが独自の術式で拡張している、相当厄介よ。みんな気を付けて」


 奥へ進むと、床にはめ込まれた大きな魔法陣が一面に広がっていた。

 そこから湧き出す小型のモンスターが、四方八方に襲いかかってくる。

 インプ状のものから、ヘビのようにうねるものまで、その多様性はまるでコードバグの集合体のように見えた。


「ちょっと多すぎるだろ! くっ、これじゃ先に進めない!」


 エレナが前へ出て剣を構える。

 彼女の剣先にはコード強化術でアップデートしたばかりのルーンが光り、以前よりエネルギー消費を抑えつつ高出力の斬撃を繰り出せる。


「これでも喰らえ!」


 モンスターの群れが一度に襲いかかるが、エレナは迷いなく突撃し、素早いフットワークで横に回り込むと、剣から放たれる斬撃が数体をまとめて切り裂いた。


「いまのうちに、わたしとフレイアでこの術式を止めますね!」


 アリアが端末を操作し、床の魔法陣を解析する。

 古代術士が構築したオリジナル部分と、ローガンの術式が張り付いている部分の二重構造らしい。


「なるほど、これは旧来の魔力制御に改ざんが入っているんですね」


 アリアは唸りながらルーンの対応表を探し、該当コードを無効化できそうなブロックを見つけだす。


「フレイアさん、古代側のルーン封鎖キーってどれですか?」


「これよ。アグラ=ディスって文字が壁画に描かれてる。ここにローガンが妨害用の術式を仕込んでるわね」


 フレイアが落ちついた声で説明し、端末の画面上に古代ルーンを打ち込むと、魔法陣がビリビリと振動し始めた。

 アリアは素早く端末を操作し術式を上書きし、モンスター召喚を強制停止へ移行させた。


「いける、あとちょっとで結界の緊急停止が効きます!」


 アリアが叫ぶと、エレナは「了解!」と短く返事し、強力な一撃で残るモンスターを吹き飛ばす。

 

「さて、この奥でローガンが待ってる可能性大だね」

「今のところ術式の一部しか無効化できていない。ローガンのメイン改ざん箇所はまだ先にあるはず」


 ケイは端末を握り、とアリアに目配せする。


「じゃあ、俺たちの強みを活かして進もう。エレナは前衛で罠やモンスターを切り開いて、フレイアは古代術式の解析。俺とアリアでローガンの改ざんの無効化をする。ラヴィニアは外部の連携隊をまとめてくれ」


 ケイが静かに言うと、皆がうなずく。

 さらに奥へ進むと、大きな広間の入口に漆黒のバリアが立ちはだかった。

 魔力が波紋のように広がり、不気味な低音が耳をふるわせる。


「これは完全にローガン独自の改ざん術式だわ。古代術士も想定していないものね」


 フレイアが苦々しい声を漏らす。


「もしかすると、ローガンは自分の家族を失った恨みだけじゃなく、この世界そのものを心底から否定し、術式の根幹に裂け目を入れてるんでしょうね」

「わたし、ローガンさんがここまで追い詰められたのは、保護費制度やギルドの腐敗に加え、だれも彼を救わなかったからだと思うんです。だからこそ、悲しい」


 アリアが瞳を潤ませる。

 ローガンの絶望は理解しつつも、破壊という道を選ばれたことが辛かったのだ。


「同情しても仕方ない。あいつを止めなきゃ、ほんとに世界は終わる。あたしたちは修正で乗り越えてみせる――そこのバリア、ぶち壊すか、術式を書き換えるかどっちがいい?」


 エレナが剣を構えつつそう言うが、ケイは首を振る。


「書き換えよう。物理的に破壊すると、暴走するかもしれない」


 先へ進んだ先には、果たしてローガンが待っていた。

 結界の中心にある封印石へ両手を当て、その呪力を解放しようとしている。


「来たか。だが、もう遅い。大厄災はもうすぐそこまで……」


 ローガンが低く呟くと、封印石の周囲に複雑なルーン模様が走り、大地がうごめくように振動する。


「やめてください! それを破壊すれば、大厄災が世界中に溢れてしまう!」


 アリアが絶叫し、フレイアも走り寄ろうとするが、黒いバリアが彼らを阻む。


「またバリアか!」


 エレナが割り込んでバリアを斬ろうとするが、逆に大きく弾かれる。


「この世界は破壊するしかない。腐敗のない世界など、存在し得ないんだ」


 ローガンは冷たく笑う。

 しかし、その笑顔の奥には悲壮感が浮かんでいるようにも見える。


「そんなことはない。システムは壊さなくたって直せる。保護費だって、ギルドだって、分業やレビューでコードを刷新するように、改革は可能なんだ!」


 ケイが端末を掲げ、背後でアリアが術式を準備する。

 バリアにコード上書きを適用しようとしているのだ。


「ふん、無駄だ」


 ローガンは目を伏せ、最後の力で結界石を破壊しようと魔力を高めている。

 空間が震え、衝撃波がケイたちに押し寄せる。


「エレナ、わたしがバリアの一部を解呪します! その一瞬で突破してください!」


 アリアが声を張り上げ、端末を操作する。


「了解っ! あたしの剣で突き破る!」


 エレナが剣に力をこめ、アリアの宣言どおりバリアがほんの一瞬だけ弱まった瞬間に、迷いなく突撃する。

 厚い壁のようだった黒い膜がズバッと斬れ、一気にローガンの目前へ到達した。


「ローガン、世界が全部腐ってるわけじゃない。あたしも腐敗で家族を失ったけど、それでも仲間がいれば立ち直れるんだ!」


 エレナは剣を振りかざすが、その先にあるのはローガンの悲しみに満ちた瞳だった。

 彼女は斬撃を止め、刃先をギリギリで引く。


「なぜここで引く? とどめを刺せばいいだろうに……」


 ローガンは動揺し、封印石への力を少し緩める。

 まるでその刹那の甘えが大厄災を引き留めているかのようだ。


「仲間ってのは、簡単に見つかるもんじゃない。けど、見捨てなくてもいいじゃない? アンタだって、まだ救われるはずだろ」


 エレナは悔しさに滲む声を抑えながら、ローガンをまっすぐ見つめる。

 彼女もかつて家族を失った共通点を抱えているからこそ、共感と怒りが同居する。


「バカな……っ、そんな……違う、世界が……世界が諦めたんだ、私を……」


 ローガンの呟きは苦痛に満ちていた。

 封印石への強い魔力干渉が揺らぎ、残存していたバリアも崩壊しかかっている。


「ケイ、今よ! この隙に封印術を書き換えて!」


 フレイアが叫び、ケイは端末に向き直る。

 今度こそ、ローガンの結界改ざんを無力化し、封印補強パッチを台座に反映できるはずだ。


「これで終わりにする。世界を壊さず、修正しながら変えていけるって、俺たちが証明してみせる――!」


 ケイが全力で端末を操作し、闇のルーンを解除しつつ、古代術士が残したルーンに新しい魔術コードを継ぎ足す。

 仲間全員がレビューで磨いたプログラムだ。

 凄まじい光と共に、封印石が白い輝きを放った。

 大地の震動が静まり、黒い魔力の奔流が空気中へ霧散していく。

 封印が正常に立ち直った合図だった。


「……世界は……崩壊しない……」


 ローガンは呆然と呟き、膝をついている。

 大厄災の門は完全に閉ざされ、大モンスターたちの気配も消えていた。


 「もし世界が少しでも変わるなら、もう一度生きてみませんか? 壊すより、誰かを救う道を試してもいいんじゃないでしょうか」


 アリアが潤んだ瞳でそう語りかける。

 エレナは剣をしまい、「あたしも同意見だ。ここで殺したって、あんたが抱えてた絶望は消えないし。自分の手で改革を見届けるほうがよっぽど有意義だよ」と息を吐く。


 ローガンはうなだれたまま、苦悶の表情を浮かべる。

 だが、さっきまでの破壊衝動はどこか萎え始めていた。


「行こう、みんな。封印は安定した。保護費制度だって、ギルド改革だって、あたしたちが戻ってちゃんと進めれば、ローガンが見た地獄を変えられると思う」


 エレナが振り向き、ケイやアリア、フレイア、そして遠巻きに控えるラヴィニアへ呼びかける。

 皆が深く頷いた。


「そうだな。改革も、世界規模の封印補強も、まだ入り口にすぎない。焦らず、みんなで進もう」


 仲間の力を信じ、腐敗と不条理を少しずつ壊していく。

 それがケイたちの選択した未来だった。



 遺跡の外には、改革派が待機していた。

 保守派の混乱もあり、まだ道は遠いが、少なくとも大厄災は再封印され、ローガンが掲げた破壊のシナリオは一旦止まった。


「さあ、帰ろう。ここからが本当の戦いだ」


 ケイが仲間たちを振り向き、エリナが意気込むように剣の柄を握り直す。

 ラヴィニアも微笑んでそれに応え、フレイアは古代遺跡の文献を守るように抱え、アリアは端末を大事そうに胸に当てる。


「ローガン、いつかあなたがこの世界をもう一度見直せる日が来ると、俺は信じているよ」


 ケイは小さく呟きながら、倒れ込むローガンをそっと見下ろした。

 彼に何を言っても今は空虚かもしれないが、少なくとも大厄災を止めた証がここにある。


「ケイさん、ローガンが見捨てた世界を、わたしたちが救いましょう」

 

 アリアが微笑みかけると、ケイも前を向いて言葉を返す。


「そうだな、改革がただの言葉で終わらないように、社会の腐敗も一緒に直していくんだ。家族を失った人が二度と出ないように」


 ケイがそう誓った瞬間、遺跡の入り口から差し込む光が、それぞれの顔を照らした。

 暗く重かった空気がいくらか軽くなったように感じる。


「さ、行こうか。長い道のりだけど、もう迷わない」


 エレナがローガンの腕を支え、ラヴィニアがギルドの者たちへ指示を送る。

 フレイアは外の天候を確認しつつ、警戒を続ける。

 アリアは端末を携え、そっと微笑んだままみんなに続く。


 こうして大厄災の門は閉ざされ、ローガンの破壊計画はくじかれた。

 だが、彼の内なる絶望がいつ解けるかは分からない。

 保護費の腐敗が根絶されるにはまだ時間がかかるだろう。

 それでも、ケイたちは社会を変えていくことを選んだ。

 大厄災さえも修正可能だったのなら、不条理な制度を改善することだって不可能じゃないはず――そんな小さな希望を胸に、ケイたちは遺跡を後にするのだった。


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