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【第28章】「進む修正作業」

 夜明け前の空は重く、都市の各地から響く悲鳴や魔物の咆哮がまるで嵐の前兆のように周囲を包んでいた。

 ローガンによる大規模改ざん騒動で、複数の都市の結界石が相次いでハッキングされ、結界が弱体化する事態は進行している。

 もし結界石の封印ノードが破壊されれば、大厄災の門が開くかもしれない――そんな恐ろしい予測が、ケイたちの胸を押しつぶすようにのし掛かっていた。


 ギルド支部の一室で、ケイは地図と端末を広げながら低くつぶやいた。

 

「いよいよ時間がない」


 すでに各地でモンスター襲撃が起こり、一刻も早く結界石のセキュリティをアップデートしなければならない。


「でも、みんなを徹夜させて、突貫でバグを増やしてしまったら、前回の失敗と同じになってしまう」

 

 前の世界でのデスマーチがトラウマになっているケイは、今回こそ無理のないやり方で乗り切ると決めていた。

 それでもローガンの攻撃が進むほど、被害は拡大する一方だ。

 そんなケイの迷いを察したように、エレナが声をあげる。

 

「あたしはもう馬に乗って出発するよ。どれだけセキュリティを強化しても、モンスターが来たら剣で食い止めるしかない。少なくとも修正作業の間、街を守る時間を稼げばいいんだろ?」

 

 彼女は剣士らしく実戦を請け負いながら、肩に宿る焦りを隠しきれない。

 それでも、視線は真っ直ぐにケイへ向けられていた。

 

 「頼む、エレナ。そっちが時間を稼いでくれたら、こっちでパッチを適用できる。絶対に助けるから!」


 ケイは地図上のポイントを指し示し、エレナにルートを伝える。

 一方、フレイアとアリアは端末や術式コードの束を抱えて立ち上がった。

 フレイアは古代封印術の補強モジュールを準備し、アリアは各都市用にカスタマイズした緊急パッチのセットを鞄に詰める。


 「私は小規模都市を回るわ。まだ旧式の結界に頼っているところが多いから、そこを直さないとモンスターが侵入し放題になる」

 

 フレイアが淡々と説明すると、アリアもうなずいて言葉を継いだ。

 

 「じゃあ私はフォーグリアといくつかの中都市に向かいますね。あそこなら以前、コード魔法ネットワークを試験運用してたから理解があるはず。改ざんされていても修正しやすいはずです!」

 「よし、じゃあ俺はここと……あとアステリア周辺の結界石を補強しないと。ラヴィニアが政治面で領主を説得してくれてるから、俺が直接パッチを当てに行けば対応が早い」

 

 ケイは仲間たちを見回す。

 重い空気のなか、それぞれが使命感と不安を抱いているのがひしひしと伝わる。

 それでも、彼らの目には確かな意志が宿っていた。


 こうして、チームは複数の都市へ分かれて出発した。

 焦りがつのる中でも、ケイは「徹夜禁止」の方針をあえて掲げた。

 かつてデスマーチの末に悲劇を招いた経験を、もう繰り返したくないからだ。

 交代制とレビュー会議を徹底し、一度に長時間のぶっ通し作業を避ける――それは危機的状況において矛盾するようにも思える。

 だが、仲間たちは互いの決意を尊重し合い、そのやり方でギリギリまで効率を高めようと努力していた。


 フォーグリアの郊外へ到着したアリアは、すでに街の結界が一部改ざんされているのを確認し、急ぎ端末を取り出した。


「ログが乱れてる。ローガンが仕掛けた改ざん痕跡かも。放っておけば結界が崩れるのは時間の問題!」

 

 彼女は震える指で急造パッチを起動し、署名付き術式をインストールする。

 周囲では冒険者がモンスターを食い止め、街の住民が不安そうに様子を見守っていた。

 アリアは視界の端で戦うエレナの姿を思い出しながら、なんとか失敗を避けようと集中する。


「大丈夫。焦らずコマンド入力……よし!」


 コードが競合しないよう慎重に確認し、最後に手動テストを行うと、結界石がかすかな光を放ち始めた。

 エラーが収まり、改ざんされていた術式が修正されたのだ。


 一方、フレイアは別の小都市で、封印ノードのバグを手際よく補強している。


「ここは古代術式が混在しているせいで、脆弱性だらけね。でも、コード化した防衛モジュールを差し込めば、ローガンの術式を遮断できるはず」

 住民からは「本当にそんな短時間で結界を直せるのか」と疑われつつも、フレイアは淡々と作業を続ける。

 封印術の専門知識を活かして、要となるルーンを補強し、改ざんされた部分を修正していった。


 ケイもまた、アステリアに近い要衝都市を巡っていた。

 以前の大失敗で人々の信頼を損ないかけた街もあるが、ラヴィニアの交渉によって何とかパッチ適用を許可してもらえる状態にこぎつけた。


「間に合ってくれ……今度こそ、オレたちのやり方で世界を救いたいんだ……」


 端末を操作しながら、ケイは前世の惨劇が頭をよぎる。

 だが、周囲で仲間たちが同時に動いているという事実が彼の心を支えていた。

 彼ひとりが徹夜で突貫作業をしなくても、必ずどこかで誰かが補ってくれる。

 それがチームの強みなのだ。


 エレナはモンスターを相手にしながらも、定期的に通信クリスタルを通じて仲間たちの進捗を確認していた。


 「全拠点のパッチ完了見込みが出てるって? アリアはまもなく終わるし、フレイアやケイも順調らしいね。はぁ、なんだかんだでみんな頑張ってるじゃん」

 

 彼女は苦笑いしつつ、最後のモンスターを斬り倒す。

 体はきついが、交代制で食事や休憩を最低限確保しているおかげか、意外と集中力は保てている。


 「これがケイの言う、無理のないスケジュールってやつなのか。悪くないかもね」


 こうしてチームそれぞれの分担作業が実を結び、ローガンが埋め込んだ改ざんポイントは次々と封じられていった。

 もちろんまだ混乱は続いているが、最悪のシナリオを回避するための筋道が見えてきたのだ。

 誰かひとりが倒れても総崩れにならない、レビューと分業を前提とした働き方――それが仲間たちを結びつけ、限界ギリギリのスケジュールを支え続けていた。


 夜が明け、ようやく緊急パッチを当て終わった報せが、各地から届き始める。

 人々の悲鳴も徐々に落ち着きを取り戻し、ローガンの改ざん効果は少しずつ薄れ始めた。

 

「よかった……何とかギリギリ踏みとどまった……」とアリアが端末を閉じて安堵の息をつく。

 

 彼女の顔には疲れが滲むが、どこか満足げでもある。

 

「このあともしばらく監視が必要だけど、一応……門の形成は阻止できてるみたいね」フレイアも笑みを返した。


 ケイは皆の報告を受けつつ、地図を見下ろす。


「よし、みんな、本当にありがとう。大成功と言える状況ではないかもしれないけど、少なくとも崩壊を食い止めるめどは立った。これが、オレたちのチーム底力だな!」


 エレナが「でも、まだローガンを完全に止めたわけじゃないからね。気を抜けばまた狙われる。あたしは剣の整備をしてすぐ次に備えるよ」と鋭い眼差しを向けると、ケイも頷いた。

 「ああ、分かった。次は封印ノードを根本的に直して、ローガンの破壊そのものを抑えなきゃならない」


 こうして、各地の拠点を巡りながら、ケイたちは過酷なスケジュールに耐えつつも、多くの都市で改ざんを封じ、モンスター被害を最小限に抑えることに成功したのだった。


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