表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

【第1章】「魔力ゼロ判定――異端への第一歩」

「……う、ううん……」


 薄暗い石床の上で、如月ケイは顔を伏せたままうめき声を漏らした。

 まるで誰かの呼び声に誘われるように、ゆっくりと意識が浮上していく。

 周囲では、見慣れない衣装をまとった人々があれこれとささやいていた。


「おい、こいつ、息してるぞ!」

「衛兵を呼んでこい。怪我人かもしれない」


 そう叫ぶ声とともに、誰かがケイの身体をそっと横向きにしてくれた。

 ケイはゆっくりと目を開けるが、石造りの天井と重厚な扉が視界に飛び込んでくる。

 まるで中世ヨーロッパの古城にでも迷い込んだかのような光景だった。


「ここは……どこだ?」


 かすれた声でつぶやき、ケイは床に手をついて上体を起こす。

 すると周りの人々が一斉に視線を向けてきた。

 傍らにいる女性が、ケイの顔を覗き込んで声をかける。


「大丈夫ですか? 街外れで倒れているところを衛兵が見つけて、ここへ運んできたんです」

「そうだったんですか……助けてくださって、ありがとうございます」


 まだ頭がぼんやりしている。

 ほんの数分前まで、ケイはビルの灯りが消えないオフィスでデスマーチに追われ、上司にタスクを詰められていたはずだ。

 いつもの机とディスプレイが並ぶ殺風景な風景から、一転してこんなファンタジー風の空間にいるなんて、理解が追いつかない。


「立てそうですか?」

「ええ……なんとか……」


 周囲の手を借りながら立ち上がると、そこは広い石造りのロビーのようだった。

 壁際には木の看板らしきものが掛かっており、そこに刻まれた文字はケイにとって見慣れないものだった。

 しかも、奥の方には奇妙な紋章が飾られていて、戦士や魔術師らしき人々が行き交っている。


「ここはグレイヴァルドのギルドだ。もし意識がはっきりしているなら、あんたの身元を確認したい」


 カウンターに立つ男が、ケイにそう告げる。

 グレイヴァルド――その名前だけではピンと来ない。


「ギルド……? えっと、すみません、どういう場所なんでしょう……?」


 首をかしげるケイに、筋肉質の男やローブ姿の女性たちが怪訝そうな顔を向ける。

 カウンターの男は、少し困ったように眉を寄せた。


「おいおい、まさか知らないのか? ここは大陸の中央部にあるグレイヴァルドのギルドだ。この街は王都から少し離れてはいるが、封印術の要となる『結界石』を管理し、防衛や魔術の研究も行う要の街だ。住民から徴収した保護費で結界を維持している」


「保護費……? 結界……?」


 聞き慣れない単語ばかりで、ケイの頭は混乱する。

 周囲の冒険者やギルド職員が「何も知らないのか?」とひそひそ話を始めるのが分かる。


「とにかく、まずは魔力測定を受けてもらわないと、ギルドで何も手続きができない。こっちへ来てくれ」


 男の言うがまま、ケイは石造りの小部屋に案内された。

 台座の上には大きな水晶球が鎮座し、その傍らに木製の端末のようなものが置かれている。

 聞けば、この世界には、独特の魔術技術が発達しており、魔力の強弱を調べるための装置が一般化しているのだという。


「これに手をかざすだけで、魔力の大きさがわかるんですか?」

「そうだ。これは比較的新しい技術でね。魔術師ギルドが運用していて、魔力検査をすればどの程度の術が使えるかが分かる。もっとも、魔力が弱い者はギルドに所属できないがな」


 男は当然のように言うが、ケイには全く理解できない。

 それでも指示どおりに手を乗せると、やや冷たい表面が手のひらを包む。

 水晶球の内部で淡い光が動き出すが、すぐにまた消えてしまった。


「あれ? おかしいな」


 受付の男が端末を覗き込んで首をかしげる。

 もう一度念のため、と言われ、ケイは再び手をかざす。

 数秒ほど光が揺らめきかけるものの、またしてもすぐに途絶え、端末からは赤い文字列がいくつも流れていく。


「まるで反応がない。こいつはもしかして『魔力ゼロ』の可能性があるぞ」

「魔力ゼロ……?」


 ケイの戸惑いとは裏腹に、男の声には重苦しい響きがあった。

 大厄災の頃、『魔力ゼロ』の者が禍を招いた――そんな伝承が広く信じられているらしく、周囲の職員や冒険者が一斉にケイを見つめ始める。


「おい、本当に魔力ゼロなのか?」

「嘘だろう、そんな奴はじめて見たぞ……」


 ささやきが耳に飛び込んでくる中、ケイは訳も分からずまばたきを繰り返す。

 まさか『魔力』などというものが自分にあるなどとは思いもしなかったが、ゼロだとこんなにも騒がれるとは予想外だった。


「魔力ゼロはこの世界では不吉とされている。理由は大厄災にさかのぼるんだが……三百年前、魔力の流れが乱れ、巨大なモンスターの群れが大陸を襲ったとき、『魔力を持たない者が封印を破った』っていう古い伝承があってな。それ以来、民衆は『魔力ゼロが厄災を招いた』と信じていて、公的支援を受けづらくなってるんだ。保護費の優遇もほぼ期待できない」


 男が説明するほどに、ケイの胸は重くなる。

 大厄災――それは、いくつもの国や街が破壊され、多数の人命が失われた大事件らしい。

 再発を防ぐために各都市では結界を張り、その維持費用を住民から集める制度が根付いたという。


「じゃあ、俺はここで生きていくのが難しいってことですか?」

「うーん……方法がないわけじゃないが、正直、魔力ゼロとなればギルドに所属もできないしな」


 受付の男が同情気味に言葉を落とすと、ケイは不安を押し返すように一歩前へ出る。

 会社でも、自分を含め、仲間を『能力不足』と蔑まれ過酷な労働を強いられた記憶がよみがえった。

 もう二度と同じ思いをしたくない――その願いが、彼を行動へ駆り立てる。


「でも……なんとかして生きていかなきゃいけない。宿だって必要だし、食事だって……」

「ギルドとして用意できる支援は限られてる。街には宿屋があるから、まずはそこへ行ってみるんだな。皿洗いでも雑用でも、働き口がまったくないわけじゃない」

「わかりました。あきらめるわけにはいかないので……やれることを探してみます」


 ケイがきっぱり答えると、男は少しだけ目を見開いた。


「強いな。普通は魔力が弱いとわかった時点で絶望する奴もいるんだが……俺はダレンって言う。困ったら相談に来い」

「ダレンさん……ありがとうございます」


 ケイが頭を下げると、ダレンは苦笑いしながら書類を取り出す。

 ギルド規定上、冒険者登録はできないが、仮の身分証だけなら発行できるという。


「魔力ゼロと知れたら嫌な顔をされるかもしれない。それでも、ギルド公認の『調査対象』としてなら、一応の言い訳は立つ。無茶なことはするんじゃないぞ」

「……はい。とにかく、やってみます」


 手渡された紙を胸ポケットにしまい、ケイは石造りのロビーへ戻る。

 外へ出ると、抜けるような青空と活気ある街並みが目に飛び込んできた。

 石畳の道には荷馬車や露店が並んでいる。

 そして街の空を覆うように、薄い透明の結界が確かに揺らめいていた。

 ケイは立ち止まりながら、周囲の様子を観察する。

 聞けば、ここグレイヴァルドは多くの領主が連合を組む『アルド王国』の一都市で、古くから魔術研究が盛んな土地だという。

 だが大厄災によって人口は激減し、かつての繁栄からは程遠いらしい。

 その復興策として生まれたのが『保護費制度』――街を守るために莫大な資金を集め、結界維持や冒険者の派遣にあてるのだ。


「魔力ゼロが不吉、大厄災の引き金を引いたとされる伝承か……」


 口元で小さくつぶやきながら、ケイは険しい思いを抱く。

 差別的な扱いを受けるかもしれないと分かっても、もう立ち止まるわけにはいかない。


「よし、とにかく宿へ行ってみよう。皿洗いでも何でも、まずは生きる手段を見つけなくちゃ」


 そう決意を固めると、ケイは石畳を一歩ずつ踏みしめて歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ