【第17章】「大きな亀裂の幕開け」
大都市アステリアで始まったコード魔法ネットワークの試験導入は、市民の期待を背負って華々しくスタートを切ったかに見えた。
しかし、その成功をわずかに味わった直後、まるで狙いすましたように改ざんの罠が発動する。
市内各地に流れる誤報や結界の不具合が、ケイたちが築き上げた信用を一気に崩そうとしていた。
――深夜のアステリア。
高い城壁と巨大な結界石が街を取り囲み、本来ならば静かな闇が広がっているはずだった。
しかし今宵は、守備隊のもとに異常警報が次々と飛び込む。
「街の東門を超大型モンスターが突破した！」
「西区一帯が火災だと！？」
「下層地区で謎の瘴気が蔓延しているっ！」
どれもコード魔法ネットワークの端末から上がってきた警報だ。
ところが、実際に現場へ走った冒険者や守備隊が見たのは何も起きていない街の風景だった。
逆に、本当にモンスターが侵入した別の区画では、警報が鳴らず、結界が弱体化していた――その結果対応が遅れ、負傷者が出てしまう。
「こんなのデタラメじゃないか！」
守備隊の隊長が激昂し、怒号が響く。
結界石を管理する整備部門も、端末操作に追われてパニック状態だ。
新型システムの画面は次々とエラーを吐き出し、誤報・無報が入り乱れる。
「まさか……誰かがこのコードを改ざんしたってこと！？ 」
アリアは血の気が引く思いで端末のログを解析しようとするが、ログ自体が破壊されつつあるらしく、バグが連鎖的に発生している。
ケイも横で額に汗をにじませ、「ネットワーク中枢にバックドアを仕込まれた形跡がある……クソッ、いつの間に」と唇を噛む。
地上にあふれ出した偽警報が、市内を大混乱に陥れる。
事実、ある下層地区は「迫り来る魔物群」に怯えてパニックを起こし、逃げ惑う人々が衝突や転倒で負傷する。
その一方で、本当にモンスターが出没した地域では警報が鳴らず、一部市民が襲われる被害も出ている。
「まずいわ、あちこちで嘘の情報が飛び交ってる……しかも結界石まで不具合を起こしてるって！」
フレイアが走り込んで報告する。
結界石が不安定化している区画は防御力が落ち込み、本当の侵入者がいれば甚大な被害を受ける恐れがある。
「何とかならないのか！？」
エレナが剣を握ったまま苛立たしそうにケイとアリアに詰め寄る。
だがケイは首を振る。
「書き換えが広域に及んでる。システム管理者権限まで奪われている感じだ……今は緊急停止すら難しい」
下層の庶民区には元々結界が厚く張られておらず、今回の誤情報や結界の不具合で大きな混乱が生じているらしい。
殺到する住民からは「この技術は危険だ」「魔力ゼロが作ったから呪われたんだ」と責める声が噴き出し始めた。
「ここでシステムが崩れたら、魔力ゼロのケイさんの信用は一瞬で崩壊する……」
アリアが声を震わせながら端末を叩く。
画面上には赤いエラーメッセージが増え続けていた。
偽警報が相次ぐ夜。
街の各所で悲鳴と怒号が入り交じり、『魔力ゼロの革新的技術』を称賛していた市民すら、一気に不安と不信へと傾きはじめる。
「やはり魔力ゼロの技術など当てにならん！」
「こんな大失態、保護費を返せ！ 結界が不安定じゃないか！」
保守派と腐敗貴族が裏からあおっているとも言われるが、もはや市民の混乱は止まらない。
ラヴィニアが収集した情報によると、一部の貴族や商会が「コード魔法ネットワークは危険」と主張するビラを密かに配り始めたらしく、魔力ゼロへの差別を再び強く意識させようとしている。
「くそっ、こんな形でやられたら、あたしが剣を振ったってどうにもならないじゃない……」
エレナが剣を構えても、相手はシステムを混乱に陥れた何者かだ。
暴力的に排除できる相手でもなく、もどかしさが募る。
「大都市アステリアでの導入が、こんな短時間で崩れるなんて……！ 俺たちは慎重に準備してきたはずなのに……」
ケイは絶望的な気持ちを必死でこらえながら、改ざんを止めるコードを入力し続けるが、背後では市民の怒声と悲鳴が混じり合う。
世界を変えると大きく掲げた野望が、一夜にして足元から崩れ落ちそうな危機感に包まれる。
こうして、大都市アステリアでのコード魔法ネットワークは一度の大規模改ざんによって信頼を揺るがされ、壮大な期待は落胆と混乱に変わった。
謎の改ざん犯や保守派の策謀が、これからさらに暗い影を落とす中、ケイたちがどう立て直すのか――混沌が深まる夜の街で、大きな亀裂が確かに口を開いたのだった。
