【第15章】「魔力ゼロ差別の深層――古代の災厄伝説」
大都市アステリアへの導入準備が加速する中、ケイたちは保護費制度の改革や改ざん犯の警戒だけでなく、『魔力ゼロ』への根深い偏見と戦わねばならない現実を意識し始めていた。
「なぜここまで魔力ゼロを忌み嫌うのか?」という疑問に対し、フレイアが新たに見つけた古文献が、一つの衝撃的な答えを突きつけることになる。
「この巻物、今まで魔術ギルドの奥深くに眠っていたみたい。かつての『大厄災』とは別に、『古代の破滅』を記しているらしいわ。ここに『魔力を持たない者が世界を滅亡寸前に追い込んだ』という凄惨な伝説の記載があるの」
フレイアの声が低く響く。
彼女が巻き上げた埃を払いながら解読したルーン文字には、『魔力ゼロが邪神を封印から解放した』とされる記述があり、まるで『魔力を持たない者=災厄の象徴』のように描かれていた。
「魔力ゼロが世界の破滅を招いた……。そんな由来があったとのですね」
アリアが息を呑むように巻物を覗き込む。
いまでは『魔力ゼロ=不吉』という風潮が一般的だが、アリアはその根拠がまさか古代伝説にさかのぼるとは思っていなかった。
「ここには『邪神の封印を破壊し、闇の大軍を解き放ち、その結果多くの都市が滅びた』とまで書いてあるわ。真偽は別として、この伝説が『魔力ゼロは神に見放された存在』という差別意識を育んだ可能性は高いわね」
フレイアがページをたどりながら眉を寄せる。
ルーン文字の記述には、当時の封印儀式の壮絶さや、魔力を持つ者たちが総力で結界を張っていた様子が断片的に描かれていた。
「ということは、俺が『魔力ゼロ』だから差別されてきた理由は、こういう古代伝説が土台にあるってことか」
ケイは巻物を見下ろし、震えるように口を開く。
これまで『忌まわしい存在』とされ、街の人々から嫌がらせを受けたり、公的支援を断られたりしてきた事実が、頭を駆け巡る。
アリアはケイの横顔を見つめ、かすかに口をゆがめた。
「最初は『差別なんて時代遅れ』くらいにしか思ってなかった。でも、ここまで根が深いと分かると、俺の存在そのものが嫌われてるようで、正直きついな」
ケイは壁にもたれかかり、目を閉じる。
前の世界のブラック企業でも理不尽を味わったが、今の差別は『歴史的呪い』という形で突き付けられている。
フレイアはケイの様子を見て、心配そうに声をかける。
「大丈夫? 無理して読まなくてもいいのよ」
「いや、知れてよかったかもしれない。こういう根拠があるなら、いつか乗り越える術も見つけられる……はずだよね」
ケイはそう言うものの、声にはわずかに震えが滲んでいた。
しばらくの沈黙を破ったのは、ドアを開けて入ってきたエレナの足音だった。
彼女はケイが落ち込む様子を見て、慌てたように近づく。
「ケイ、何かあったの?」
口調は少し強引だが、瞳には気づかいが宿っている。
フレイアが手短に事の次第を説明すると、エレナは巻物を睨みつけるように見下ろした。
「魔力ゼロが世界を滅ぼす伝説? くだらないね。もし本当にそうなら、ケイはこれまでに世界を何度も破壊してるはずじゃないか。だけど現実は、あんたがコード魔法でどれだけ人を助けたと思ってるのよ」
エレナのぶっきらぼうな言葉が、ケイの心を少しだけ軽くする。
いつもはツンケンしているエレナだが、ケイを仲間として認める真意が伝わってくるようだ。
「エレナさんの言う通りです! 現にケイさんはフォーグリアを救ったし、保護費で苦しむ人たちを助けようとしてる。世界を滅ぼすどころか守る側じゃないですか」
アリアも微笑んで肩をすくめる。
ケイは深く息を吐いて、床からゆっくり立ち上がる。
「俺はもう、実際にやってきたんだよな。コード魔法で小都市を救って、多くの人に感謝された。なら、こんな古い伝説に怯えてても仕方ないか……」
「過去の伝説を覆すためにも、あんたがコード魔法を大成功させてみんなを救えばいい。そうすれば『魔力ゼロなんて災厄の引き金だ』なんて誰も言えなくなるわ」
エレナは照れ隠しなのか、そっぽを向きながら口元をわずかに緩める。
フレイアは微笑んで頷き、「私も、保守派がこの伝説を利用して『魔力ゼロ差別』を煽ってくる可能性があると思うの。だからこそ、ケイがそのイメージをひっくり返す姿を、世間に見せつける必要があるわ」と静かな声で言った。
こうして『魔力ゼロが災厄を招く』という衝撃の伝説を知ったケイは、一度はショックを受けるが、仲間の励ましによって自らの役割を再認識する。
魔力ゼロゆえの差別を打ち破り、『魔力ゼロでも世界を救える』という事実を証明すること――それがケイに託された新たな使命かもしれない。
「そうだ……災厄の引き金なんかじゃない。俺は世界を守るためにここにいる!」
ケイは強く心に誓い、アリアやエレナ、フレイア、そしてラヴィニアたちとともに、大都市アステリアへのコード魔法導入準備をさらに進めるのだった。
やがて訪れるであろう大きな試練に向け、彼らは着実に力を蓄え始めている――古代の呪縛を、そして差別の闇を打ち破るために。