【第14章】「歴史の闇――保護費制度の変質と大厄災の教訓」
大都市アステリアへのシステム導入が目前に迫るなか、ケイたちは保守派や腐敗貴族が何としても阻止しようとするであろう未来を予感していた。
なぜここまで保護費制度が根深く、誰も反発しづらいのか――フレイアとラヴィニアは、古い資料を漁りながらそのルーツを探ろうとしていた。
そこにはかつて『善意』として機能していた制度が、年月を経ていかに歪められてしまったかという暗い歴史が浮かび上がる。
「ここに書かれているわ。<大厄災後、諸都市を防衛するため緊急措置として保護費が設置された>」
フレイアは埃のつもった古文書をそっと広げ、指先で行をなぞりながらラヴィニアに解説する。
「この記述によると、最初は『みんなで少しずつ負担して結界を維持しよう』という善意の制度だったようね」
「ええ。名門貴族の家に育った私も、昔は『保護費は人々を救うために導入された崇高なシステム』という説を教えられたことがあります」
ラヴィニアは自嘲気味に微笑する。
「でも実際は、今では貴族が汚職や利権の温床にしている……こんなに悲劇を生んでいるなんて、どこでどう間違ったのかしら」
資料には保護費を導入した当初の事例がいくつも示されている。
大厄災という破滅的災害で、多くの町や村が滅びる寸前、貴族や領主が結界石を買い求め、高額な維持費を一部自腹で賄いつつ市民から募った寄付で都市全体を守った――そこには本来、貴族と市民が力を合わせた善意の記録が鮮明に残っていた。
「私の家にも、そうした『祖先の偉業』として伝わる話があります。先祖が多額の出資をして結界を張り、危機を乗り切ったと……。だけど今の貴族たちは、その伝統を自分たちの権力維持に使っているだけなのです」
ラヴィニアは古文書をめくる指にわずかな怒りを滲ませた。
「ここに『大厄災』の様子を描いた挿絵があるわ。都市が炎に包まれ、巨大なモンスターが壁を壊している。当時は結界石が足りず、人々は必死に守る場所を選んで逃げ回ったそうね」
フレイアが見せるその絵には、凄惨な破壊の光景が描かれていた。
市街地が灰じんに帰し、たくさんの遺体が転がる壮絶な場面に、ラヴィニアは息を呑む。
「これを見ると、もし結界が張れなければどれだけ多くの人命が失われたか想像できます。だから保護費で財源を確保するのは仕方なかったというのも分かります」
ラヴィニアはかすかに眉を寄せつつ、当時の人々の死闘に思いを馳せる。
「結界石が希少で高価ならば、それを買い集め整備する費用は膨大になる。モンスター襲来が日常的に起きる世界で、『結界がなければ全滅』という恐怖が、市民にも『払うしかない』と思わせたのよね」
フレイアは淡々と説明するが、その声には大厄災を経験した先人たちへの敬意と同情がにじんでいる。
「そして当時は、その仕組み自体は人々を救うために有効だった。でも今は、結界維持の名目で貴族が汚職を重ね、領民を苦しめている。もう本来の目的から逸脱しています」
彼女自身、貴族の腐敗を目の当たりにし、告発したが取り合われなかった過去があるだけに、ラヴィニアが強く拳を握りしめる。
「もう一つの問題は、『結界がなければ死ぬ』っていう恐怖ね。市民は保護費が高いと文句は言いつつ、代わりの手段がなければ結局払わざるを得ない」
フレイアが古文書を閉じ、静かに言葉を続ける。
「しかも貴族や領主は結界石の管理権を握ってるから、保護費を徴収する立場。払わない人たちは容赦なく見捨てられ、実際にモンスター被害が起きても救援を寄越さないケースもある。エレナみたいに家族を失った例は数え切れないほど……」
ラヴィニアは苦い面持ちでうつむき、家族を失った人々の叫びを想像するように目を閉じた。
「だから、人々が保護費制度を『悪』と理解していても、容易には反発できない。命に直結するから……。だからこそケイのコード魔法を使ったシステムが画期的なのです。誰でも使える結界技術が確立できれば、貴族や領主の独占を崩せるかもしれない」
フレイアはうっすらと笑みを浮かべる。
ケイが提案するコード魔法ネットワークによって、結界運用の独裁を打ち破れる可能性が高まるからだ。
「私もギルド改革派として、結界維持コストを下げるコード魔法のシステムに大いに期待しています。保護費が『誰もが納得する形』になれば、汚職や非人道的な見捨て行為も正当化できなくなる」
ラヴィニアは決意を新たにするように言葉を重ねる。
自分の家が関わってきた汚職を目の当たりにし、それを正したいという意志が痛いほど伝わってきた。
こうしてフレイアとラヴィニアは、過去の大厄災の惨状と、そこから生まれた保護費制度の変遷を詳しく調べ上げた。
当初は『みんなで生き延びるための善意』だった保護費も、長い年月と権力闘争の中で腐敗し、多くの人々を苦しめる仕組みとなってしまった。
その背景には、『結界なしでは確実に死ぬ』という恐怖があり、だからこそ住民は従わざるを得ないのだ。
「私の家系も、最初は大厄災の混乱を支えた英雄だったと称えられています。でもいつしか、そうした名門の多くが私利私欲に走り、保護費を利権化している。恥ずかしい話です」
ラヴィニアが声を落としてつぶやくと、フレイアは優しく声をかける。
「あなたがこうして改革派として動いているのも、そうした歪みを正したいからでしょう? きっとケイたちも心強く思ってるわ」
「ええ……大厄災という教訓を、本来の意味で活かすときが来ていると思います。コード魔法使ったシステムによって、汚職を暴く仕組みを作れれば、もう人々は高い保護費に苦しむ必要がなくなるかもしれない」
ラヴィニアの瞳には、揺るぎない決意が映っていた。
史料の山を片付けながら、フレイアも頷く。
そうして二人は、『コード魔法システム』が腐敗を断ち切る一手になると確信を深め、ケイたちのもとへと戻っていくのだった。
「大厄災の残した傷跡はまだ深いけれど、その中にこそ私たちが見直すべき本当の善意が隠されている……」
ラヴィニアは胸中でそう強く言い聞かせていた。
守るべきものは、自分たち改革派の名声ではなく、かつて共に生き延びようとした『人々の絆』――それを取り戻すため、彼女はケイや仲間たちと共に次なる戦いに挑む決意を固めた。