【第12章】「エレナの苦悩:家族の仇と腐敗貴族」
フォーグリアでの一連の騒動がひと段落し、日常に戻ったかに見えたケイたち。
しかし、新たに加わったラヴィニアや、ギルド内の保守派との対立、そして改ざん事件の裏に潜む謎の人物――問題は山積みのままだ。
そんな中、エレナが抱える深い傷に触れる出来事が起こり、彼女の怒りと悲しみが再び表面化する。
それは、保護費制度の闇と腐敗貴族にまつわる、過去の悲劇だった。
「あの領主の名を、こんなところで耳にするなんて」
ある朝、ギルドからの『モンスター被害増加の報告』を見て、エレナが険しい表情を浮かべる。
報告には「小領地でモンスターに襲われた村が出た」という記述があり、そこを治める領主の名が、エレナにとって忘れられない人物だった。
「エレナ、どうしたの? 顔色がすごく悪いよ……」
アリアが気づいて声をかけると、エレナは吐き捨てるように言った。
「あたしの家族を見殺しにした領主の名があったんだ。保護費が払えない村は結界を張る価値なし、と切り捨てた領主……。ほんの数日で、村はモンスターに壊滅させられた」
拳を握りしめるエレナの瞳には、怒りがはっきりと宿っている。
思い出すだけでも震えが止まらない。
その領主は、保護費制度を口実に、十分な防衛費を集められない村を後回しにし、実際には自分の私腹を肥やしていたというウワサがあった。
「聞いたことがあります。保護費を高額に吊り上げて、払えない下層民を放置する悪名高き貴族ですよね……」
フレイアが巻物をまくりながらそう言う。
ギルドや諸領主の間で、腐敗と利権は半ば日常茶飯事になっているが、それを告発できる体制も整っておらず、ずっと放置されてきた歴史がある。
「あたしはあのとき小さすぎた。それでも、結界を外された村にモンスターが押し寄せる様を見て……家族が目の前で殺された。なのに、その領主は『保護費を払わなかったのが悪い』と笑ってたって聞くわ」
エレナは声を震わせながら、忌まわしい記憶を吐き出す。
「エレナさん、落ち着いて。その領主の件で、すぐにどうこうできるわけじゃ……」
アリアが慌ててなだめるが、エレナは怒りを抑えきれず、椅子から立ち上がろうとしている。
「ずっと……いつかあの領主を斬ってやりたいって思っていた。しかし、そいつを斬ったところで、保護費制度が変わらない限り、第二、第三の被害が出るだけだ。どうすれば腐敗を根本から壊せるんだ」
エレナは自分が抱える矛盾――『個人の怒りだけでは制度を変えられない』――に苛立ちを隠せない。
「だからこそ、俺たちがコード魔法を普及したいんだ。今の結界管理は領主や貴族が独占してるから、保護費の濫用も隠しやすい。しかしコード魔法が普及すれば、結界の維持コストを下げて領主の汚職を暴けるかもしれない」
ケイが必死に言葉を重ねる。
保護費制度の闇は、単に貴族が悪というだけでなく、『保護費なしではモンスターに対抗できない』という現実が支えている。
だからこそ、コード魔法で結界や防衛の仕組みを安価・効率的にすれば、既存の腐敗を揺るがす可能性があるのだ。
「最初はあんたたちの改革とか意味が分からなかった。でも、改ざん事件があってもフォーグリアを守り通したのを見て、あたしも信用できるかもって思い始めてる。……実際、弱い人たちを見捨てないシステムを作らなきゃ、同じ悲劇が繰り返される」
エレナは目を逸らしながら呟くが、その声には熱がこもっている。
エレナの言葉を聞き、ケイの胸にはあらためて強い使命感が蘇る。
前の世界のブラック企業の理不尽よりも、はるかに命が直接奪われる残酷な現実。
その一端にコード魔法が一石を投じられるなら、何としても普及と改革を進めねばならない――そう確信が増していく。
「エレナの家族を殺したのは、保護費制度の闇そのもの。腐敗貴族をどうにかしない限り、似たような悲劇が起こり続けるかもしれない」
ケイはそう呟き、エレナをまっすぐ見つめる。
「少しでも役に立ちたい。俺は魔力ゼロだけど、コード魔法なら貴族の支配を崩す手立てになると信じてるんだ」
「あたしも、あんたたちが本気なのはもう分かってる。……だから力を貸して。あの腐った領主がまた村を犠牲にしてるなら、その利権とやらをひっくり返してやりたいの。あたしの剣で、そしてあんたたちの魔法で」
エレナの瞳には決意が宿る。
アリアとフレイアも頷きあう。
「もちろん、私たちも協力しますよ。保守派や悪徳領主に負けるわけにはいかないんだから」と声を合わせる。
「ところで、エレナさん。以前から『剣へのコード魔法組み込み』に興味を示していたみたいですけど、そろそろテストしてみませんか? 魔力適性が低くても制御できるように調整しますから」
アリアが提案する。
エレナは剣を見つめながら、「ああ、そうだな。ぜひやってみたい」と力強く答える。
それをうけて、ケイがメモを取り出した。
「じゃあ、まずは単純だけど、『攻撃速度が一定を超えると衝撃力を増幅する』仕組みを入れてみるか。if(剣速 > threshold) {impact++}みたいな感じかな」
ケイはメモを書きながらつぶやく。
アリアは「あ、でも魔力を使いすぎるとエレナさん自身が消耗するから、制限を入れましょう。例えば剣の一撃ごとにクールダウンを設定するとか……」と補足する。
「なんだか難しそうだけど、いざというときに力を出せるなら文句ない」
エレナは少し苦笑しながらも、その剣を手に取り意気込んでいる。
その様子を見たフレイアは、「ロングタームで見れば、結界の普及だけでなく、実戦での『コード魔法剣術』が広まれば腐敗貴族も容易に市民を圧迫できなくなるかもね。『貴族だけが魔法で強い』という構図が崩れれば、自然と保護費制度の見直しにも繋がるだろうし」と分析を口にする。
こうして、エレナの過去の悲劇と『家族の仇』である腐敗領主への憎しみが露わになるなか、彼女はコード魔法を使った剣術強化を熱望するようになった。
ケイとアリアが理論面を支え、フレイアが研究知識を貸し、エレナは剣の実戦経験を活かして試作品を試す――その連携は、まさに『コード魔法普及』を象徴する共同作業でもある。
保守派の抵抗や大きな政治的課題が待ち構えているが、エレナは自分の剣を『家族の仇討ち』だけでなく、『理不尽を壊す力』として振るう決意を固めていた。
ケイもまた、エレナの痛みを知ったことでいっそう使命感を燃やし、腐敗貴族に揺さぶられない新しい社会の形を模索し始めるのだった。