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【第10章】「ラヴィニア登場」

 フォーグリアで『コード魔法ネットワーク』を運用し始めてから、ケイたちはモンスター対策やネットワーク管理に奔走していた。

 だが、謎の改ざん事件で誤報が流れ、住民の信頼が揺らぎかけたこともあり、彼らはシステムのセキュリティ強化を急務として掲げている。

 そんな折、魔術ギルド本部から『視察兼監察役』としてラヴィニアという名の人物が来訪する――という知らせが届いた。


「ラヴィニア……?」エレナが小声で名前を復唱し、アリアは巻物を開いてギルドの人事資料を確かめる。

 ケイたちが待ち受ける中、フォーグリアのギルド支部の扉が開いた。

 そこから漆黒のロングヘアを一筋の乱れもなく束ね、気品あるマントをまとった女性が入ってくる。

 その堂々たる姿に、支部内の空気が少し張り詰めた。


「初めまして、ラヴィニアと申します。魔術ギルド本部の幹部候補として、あなたがたの『コード魔法ネットワーク』を視察・監察するよう命じられました」


 静かながら芯のある声が、支部の一角に響く。

 マントには家紋が刻まれており、その立ち居振る舞いから名門貴族の出身だと誰の目にも明らかだった。


「監察……ね」エレナが低く呟く。

 改ざん事件があったばかりで、魔術ギルドからの『お偉いさん』が来ると言われれば、警戒するのも無理はなかった。

 ラヴィニアはエレナの不穏な雰囲気を横目に、微かな笑みを浮かべる。


「そんなに警戒しないでください、わたしはあなたがたの取り組みに大変興味がありまして、この目で確かめたいんです」


「ラヴィニア様……名門出身で、かつ魔術ギルド幹部候補として期待されているとか」

 アリアが控えめに言うと、フレイアが軽く会釈しながら「お名前はよくうかがいます。高位魔術も堪能で、政治力もあるそうで」と付け加える。

 しかし、ラヴィニアはわずかに眉を曇らせるように口を開く。


「……確かに私は貴族の家に生まれ、幼少期から魔術ギルド上層部と関わってきました。でも、その『貴族』『名門』という体制の裏側では、腐敗や利権争いが蔓延しているのを嫌というほど見てきたのです」


 ラヴィニアは少し視線を伏せ、短くため息をつく。


「私の実家は『保護費』の徴収や結界石管理の利権に深く絡んでいました。でも、結局それが腐敗に繋がり、弱い人たちをどんどん追い詰めている。身内の汚職を見過ごすことができず、家との折り合いも悪くなって……」


 ケイは「名門がすべて腐ってるわけじゃないんでしょうけど……」とつぶやく。


「汚職を告発しようとしたら揉み消されたこともありました。だけど諦めてはいません。もしあなたがたの取り組みが本当に世界を変えられる力になるなら、私もそれを支援したいんです」


 ラヴィニアは、はっきりした口調でいった。

 フレイアが書簡を確認しながら言う。


「魔術ギルド内には保守派の重鎮がいて、保護費制度をどうにか維持して自分たちの利権を守ろうとしてるそうですね。ラヴィニアさんのような改革派はどのくらいいるんです?」


 ラヴィニアは少し苦笑しながら答える。


「正直、保守派が圧倒的に多いです。高位幹部の中には『魔力ゼロは危険』『結界石の管理は権威ある者しかやるべきでない』と考える人が多く、改革派は肩身が狭い……。でも、最近の汚職暴露や民衆の不満の高まりで、少しずつ声を上げる若手も増えてきています」


 エレナは腕を組んで「なるほどね。要するに、あんたたち改革派はまだ弱小だけど、これから勢力を伸ばしたいわけだ」と理解した様子を見せる。


「あなたの『コード魔法ネットワーク』こそ、保守派の既存体系を揺るがす存在ですからね。改ざん騒ぎの犯人も、ひょっとしたら保守派の仕業かもしれないし、油断はできません」


 ラヴィニアはエレナやアリアを見回し、そこでケイと目が合う。

 ケイは小さく息を吐き、「それでも前に進まなきゃ、利権や腐敗は永遠に消えないから……」と決意する。

 ケイの脳裏には、先日の改ざん事件がよぎる。

 今後も妨害が激化する可能性は高い。

 名門貴族の家柄を捨てかけてまで改革を望むラヴィニアは、どれほど信用できるだろうか。

 エレナも同じ思いなのか、鋭い視線でラヴィニアを見ながら低く言う。


「……本気で協力してくれるかどうか、まだ分からないね。保守派に寝返るかもしれないし」

「当然の疑問ですね。私に言えるのは、もしあなたたちの技術が本当に人々の役に立つと証明できたとき、私は最大限あなた方を支援します。保守派の横槍を抑え込む政治力や、内部情報の提供もするつもりです」


 ラヴィニアはエレナの鋭い視線を受け止めながらも微動だにしない。


「……悪くないわね。その自信、嫌いじゃない」エレナはほんの少し口角を上げる。

 フレイアが穏やかに微笑み、「ならば、改ざん事件の対策や、保護費汚職への反対活動など、具体的に連携できるかもしれませんね」とまとめる。

 アリアは「ラヴィニアさんのバックアップがあると助かります!」と嬉しそうに目を輝かせる。


「承知しました。保守派が一筋縄でいかないのは重々分かってますが……私も巻き返すチャンスを掴みたい。協力してくれるなら、名門貴族の立場や魔術ギルド改革派の力を使って、あなたたちを守り抜きます」


 そう言い切るラヴィニアの瞳には、確かな覚悟が灯っている。

 折しも、エレナが口を開く。「貴族の腐敗って、具体的にはどんなことを見てきたの?」と率直に問いかけた。

 ラヴィニアはほんの一瞬、言葉を飲み込むが、やがて静かに語り始める。


「私の家は代々、結界石の管理を担う貴族でした。けれど、結界石に蓄えた魔力を勝手に横流ししたり、保護費を私腹に使う領主や上層部が少なくない。下層の住民が『保護費を払えなければ路頭に迷う』状態でも、何も変わらない……」


 彼女は幼少期に、実際に保護費を払えず結界から外された村がモンスターに襲われる光景を見てしまったのだという。

 訴えようとしたが、家は「それは仕方ない、そういう制度だからな」と握り潰し、魔術ギルドも黙認する姿勢を崩さなかったらしい。


「それ以来、私の中では『名門貴族』や『保護費』制度そのものが信じられなくなった。変えたいと思っても、保守派に潰されそうで……でも、もう黙ってはいられない」


 その切実な回想に、アリアは目を潤ませ、「そんな過去が……。やっぱり、ラヴィニアさんも苦しんできたんですね」と心を震わせる。

 ケイはラヴィニアの言葉を聴き、「俺たちも似たような後景を見てきた。弱者が理不尽に追い詰められるのを、放っておきたくないんだ」と強くうなずく。


「改ざん事件や保守派の妨害が続くなら、私も本格的に動く必要がありますね。魔術ギルド内部では、腐敗幹部が裏で手を回している噂がありますし」

 ラヴィニアが言葉を続けると、エレナは「ちっ、そこにも敵がごろごろいるってわけか」と歯を食いしばる。

 だが、ラヴィニアはゆるやかに微笑んでみせる。


「だからこそ、あなたがたのコード魔法ネットワークが成功すれば、彼らの居場所を少しずつ狭められるかもしれない。私も、彼らと戦う準備はできています。協力をお願いできますか?」

「こちらもセキュリティ強化やネットワーク拡張で手いっぱいだけど、ラヴィニアさんが魔術ギルド内で働きかけてくれるなら心強いよ」


 ケイが素直に感謝の意を述べる。

 エレナは相変わらず険しい表情ながら、「悪くないわね。『改革派』ってのがどれだけ当てになるか分からないけど、あんたが本気なら、あたしも信じてみる」と腕を組んで言う。

 フレイアは「私も学者として、腐敗した現状を放置したくありません。改革を実行できる方は歓迎ですよ」と同意する。

 アリアは安堵の笑みを浮かべ、「大きな味方が増えましたね! これで、改ざん対策や保護費問題の解決が一歩進むかも!」と胸を撫で下ろす。


 こうして、初対面からの軽い探り合いを経て、ラヴィニアは名門貴族出身でありながら『魔術ギルド改革派』として本気で腐敗と戦う決意をもつ人物だと分かった。

 ケイたちも、彼女となら協力できそうだと感じ始めている。

 保守派という強大な勢力の存在、謎の改ざん犯の暗躍など、多くの困難はまだ残るが、ラヴィニアという『一筋の光』が加わったことで、改革の可能性が少しだけ高まったのだ。


「じゃあ、今後ともよろしく頼むよ。ラヴィニアさん」

「こちらこそ、ケイさん。私もあなたのコード魔法が本物だと信じたい。共にこの世界を……変えていきましょう」


 名門貴族の看板と、魔力ゼロの革新――二つの対極が手を取り合う瞬間は、新たな歴史の始まりを暗示しているようだった。


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