黒き触手が海から迫る
「巨大な熱源反応が接近しています!」
「なに!!攻撃準備を...」
「間に合わない!もう真下だ!!」
日本海をパトロールしていた防衛軍所有の戦艦が、蛸に似た巨影が海中から伸ばした触手に巻き付かれたかと思えば凄まじい力でへし折られて沈没してしまった。
それから黒き怪獣の影は次々と漁船や客船を同じ様に沈めつつも、地上を目指した。
「目標...“オクタウィア”投下!!」
防衛軍によりオクタウィアと命名された怪獣に対し、駆けつけた航空部隊が高火力兵器による爆撃を開始する。
海どころか空に浮かぶ機体にまで、凄まじい爆発音と衝撃が及んだ。
「鼓膜破れるかと思ったが...クジラを一撃で百頭は葬れる威力だけあるな...ん?」
作戦は失敗だ、海中から飛び出してきた怪光線に撃ち抜かれて全機空中で木っ端微塵となった。
「ひいっ!あんな気持ち悪い怪獣に殺されるなんてごめんだね!!」
「まさに悪魔!なんて醜い化け物なんだ!!」
上陸した大ダコ怪獣オクタウィアは、頭部にある複数の眼から怪光線にて貫いたビルを崩壊させ、触手で持ち上げた車をデパートに投げつける事で爆発と崩落を発生させていた。
爆撃により皮膚が爛れ、紫色の血を流しているために、より人々に恐怖心を植え付けかねない風貌で暴れるオクタウィアは正に邪神だ。
「ぐぎゃああああッ!」
「ぎゃっ」
オクタウィアは自分に醜いと言った者を触手で叩き潰し、気持ち悪いと罵倒してきた人間に高熱の墨をピンポイントで浴びせて焼き殺した。
「博士!あわわっ、怪獣さんが暴れてるよぅ〜」
「どうやら手負いの様だし、ここはドブスタイタインの訪れた形跡のない区域!MINTに猫鈴猫くんから逃亡していると聞いている!!ストレスを発散する為に暴れているのだろう!自分に対して悪口を発した人間をピンポイントで優先的に殺害するとは知能の高さが伺えるな」
「早口で長々と!!」
人間にとっては幸運にも、怪獣にとっては不幸にも、あんずとサルビア博士が買い出しの為に街へ足を踏み入れていた。
「とにかくっ!たくさんの人が死んでるっ!博士っ!わたし闘わなきゃ!!」
「カッコいいセリフも震えながらとは、相変わらず臆病な」
「強すぎるパワーを暴走させないためにって!博士がそう設計したんだよっ!」
「そういえばそうだった!」
「...怖いのは本当だけど、私はたたかうよ!」
メンテナンス終了から十時間は経過しているので戦闘許可は出されている、あんずがサルビア博士の頬に唇をあてる。
親愛なる者への頬キスがトリガーとなり、赤い光を伴に包まれた臆病な機械少女は、約五十三メートルにまで巨大化した。
「んんっ!!」
ムチの様に振り翳された触手を、あんずは素手で軽々と受け止めて、そのまま本体でのオクタウィアごと自身の体を何回も回転させ、凄まじい勢いがついた所で手を放した。
ジャイアント・スイングにより怪獣の巨大はビルに叩きつけられ、崩れた瓦礫の下敷きとなる。
「えいっ!!」
立ち上がろうとするオクタウィアに、あんずは足元に転がっていたコンクリート片を投げつけて攻撃する。
(はっ!なんか怪獣さんを、いじめてみるみたいっ)
駆逐対象である怪獣といえど嬲り殺すなんてのは悪趣味だ、あんずはトドメを刺してやることにした。
「はああああっ!」
あらゆるものを砕く、強靭なパワーを秘めた拳が引導を渡そうとオクタウィアの丸みを帯びた頭部に打ち込まれる。
「ひっ...」
拳がオクタウィアの頭部に呑み込まれた。粘液に纏わりつかれた不快感から、あんずは虫を裸足で踏んでしまった時のような声を漏らす。
「柔よく剛を制す的なやつか、あれは、となると相性が悪いな」
「ひゃっ!」
あんずがたじろいだ隙を突き、怪獣はあんずを吸盤付き触手にて拘束した。
「あわわわ...!」
触手から逃れようと内側からパワーで強引に引き千切らんとして腕を動かす赤髪の守護者だが、他の怪獣と比べても知能の高いオクタウィアからは簡単に逃れられない。
「きゃあああああっ!」
あんずを捕縛する触手に黒と紫の混じったエネルギーが流し込まれ、彼女のボディのあちこちから火花が飛散する。
「あんず...!くっ、イキシアの到着はまだか!!」
我が子同然のあんずがピンチに晒された焦りから、サルビアは親指の爪を噛む。
「あ...う...」
数十秒に渡り拘束とエネルギー攻撃を浴びせ続けたオクタウィアは、自ら触手を離してあんずを解放した。
邪神から受けた拷問は予想以上に苦しく、あんずは両膝をついた。
「...このままじゃ、やられちゃ...」
涙を浮かべても海を統べる邪神は容赦などしない、寧ろ嗜虐心に火を点けるだけだった。
オクタウィアは、九十万度に及ぶ高熱の墨を触手に備わる吸盤から噴出する。
「うああああっ!!」
あんずの胸部に高温の墨が付着し、小規模な爆発を起こして苦悶の悲鳴をあげさせる。
「あんず、このままでは、まずいな...」
仰向けにダウンする赤髪の戦士に、邪神は激しく触手を幾度と振り下ろして頭部に備わる全ての円形の眼から同時に怪光線を連発して地獄を味合わせる。
「いくらなんでも残忍だ」
「ああ、みていられない」
あまりにサディスティックな攻撃に、あんずの戦いを瓦礫の影から見守っていた熟年女性ふたりも抱き合って震えた。
「興奮気味だね...タコが海洋汚染により怪獣化したと解析したが、より知能が高くなった事で残虐性も増したとみえる」
やがて悲鳴すらあげなくなった、あんずの胸に備わるリボンのコアも青から赤へと色が変わった。
これは危険信号の役割を持ち、そしてコアから光が消えたときは彼女の機能停止を意味するのだ。
「...あ...」
邪悪な触手に体を縛られ、そのまま勝ち誇った様に空に掲げられる...あんずの意識は、もはや途切れかけていた。
「“冷却レーザー!発射!!”」
誰もが、あんずはここまでかと諦めかけていたところにイキシア一号が馳せ参じ、青白い光線をオクタウィアの背中に浴びせる。
元から体温の低いオクタウィアの全身は、瞬く間に凍りついた。
「流石は隊長さん...いやMINT...頼りになるな」
「よくやったぞMINT〜!!」
「うおおおおおっ!」
サルビアや市民たちは空に浮かぶイキシアに手を振りながら歓声を贈る。
「はあ、はあ、今度こそ、とどめだよっ!」
オクタウィアが凍結した事で自然と解放される形となったあんずは、残された力を振り絞り、邪神の氷像に拳を叩き込んで粉砕!
棲み家である海底より暗く冷たい地獄へと、邪神は沈むのだった。
「うわーい!やったぁ!!なんとか勝てたよ〜っ!!負けちゃうかと思ったぁ!!」
元のサイズに戻ったあんずは、バンザイしながら飛び跳ねて勝利を喜んだ。
「あんず!かなり損傷が激しい...取り敢えず帰るよ」
「あっ!」
息を切らしながら駆け寄ってきたサルビア博士は、あんずを背中に乗せた。
「えへへ...博士の背中だ〜!」
「...まったくヒヤヒヤしたよ」
「隊長さんにお礼を言わなきゃ...あっ、あの、大丈夫?」
「なんの...これしき...ぐぎぎ!!」
機械で出来ているので、見た目より重量のある少女を背負って帰る決意をしたサルビア。
研究や開発で日頃から頭を使っているが、運動不足気味の彼女には丁度いい機会である。
「こら、ハワード!国に帰るわよ!!」
「ママ〜っ!見て、綺麗な石を見つけたの!!」
「ふーん、確かに珍しいかも!綺麗だし」
オクタウィアが倒された三日後の事である、海外から来日していた親子連れの観光客が、北九州のとあるダムにて、ダイヤモンドの様に輝く、曲線を描いた大きな石を発見したのは。
これを国に持ち帰り、周囲に見せびらかしていた彼女らは、何者かに全身の骨をへし折られて死亡しているのが発見された。
「ふーむ、人間というよりは蛸の様な殺害方法だ」
事件現場に訪れ、親子の遺体を目の当たりにした探偵の背中に寒気が走る。
「それじゃあ蛸人間が犯人だとでも?」
「もしそうなら射殺すれば良いんだから、人間と比べると手間はかからないな」
「冗談キツイや...うっ!!」
いきなり苦悶の声をあげた助手、その首にはどす黒い蛇のようなものが巻き付いていた。
「なんだこれは!!」
探偵が力づくで引き剥がそうとするも、黒蛇のパワーは凄まじく全く首から離れようとしない。
「止むを得ん!」
探偵は携行していたナイフで刺すと、やっと蛇は助手から離れて猛スピードで現場から逃走していった。
「たっ、助かりました...」
「君は通報を頼むよ」
「病院に行きます」
「違う、警察にだ、我々だけでは手に負えん」
何故か内側から穴が開けられ、しかもひどく濡れている宝石保管庫を睨みながら、探偵は助手に指示を出す。
ちょっとは心配してくださいよ!わかりましたけど!!」
さて、助手が通報している間に探偵は穴から保管庫の中を覗いてみたが、そこに輝く石は無かった。
駆けつけた警察が調査しても、輝く石は見つからず終いだった、誰かに盗まれたのだろうか?
それから未だに、輝く石も、黒い蛇も、見つかっていない。
―――心当たりのある方は、防衛軍本部、またはMINTにご連絡ください。
終




