誰得触手拘束
「ひいいい!怪獣だぁああああ!!」
「悪魔か邪神かもしれん!」
ビル群を薙ぎ払い、自動車や公衆電話を叩き潰す吸盤のついた触手が、数万トンに及ぶ体重を支える脚に踏まれて陥没する道路に垂れる。
上陸したのち港を破壊しながら街に進行してきた怪獣は、触手と猛威を振るっていた。
「うわあああ!」
怪獣の頭部に備わる球体から怪光線が放たれ、逃げ惑う民衆を一瞬で蒸発させると、それを目の当たりにした人間が連鎖的に悲鳴をあげた。
「あわわわ!街が大惨事だよ...」
基地のモニター越しに怪獣の暴れっぷりを見ていたあんずは体を震わせる、ちなみにメンテナンス終了からあまり時間が経過していないので、彼女の出撃は許可されていない。
「見た目がタコに似ていて悪魔のようだから、余計に怖いか。彼女らが退治してくれたなら、君や猫鈴猫ちゃんが闘う必要もないが...」
同じく映像を見ていたサルビア博士が、何かに気付いて顎に手をあてる。
「それにしてもあの怪獣、やたら頭部を左右させているね...」
「な、なにかを探しているのかなっ」
「報告書には甲殻類が減少している地域に現れたと記載されていたあたり、もしかしたら君が倒したドブスタイタインの残り香に惹かれて現れたのかもしれない」
「食物連鎖だぁ、食べたり食べられたりなんて怖いよぉ・・・」
「悪食のチャンピオンである人間様の前でそれを言うとはね」
頭を抱えてしゃがみこんでしまったあんずに、生みの親である白衣の女性科学者は、やれやれとジェスチャーしてみせる。
「おっと、我らが女神様の到着だよ」
サルビアの指摘通り何かを探すような素振りをたまに見せつつ、法定速度を無視して走る自動車も怪光線で炎上させ民家を踏み潰す怪獣の元に駆けつけたイキシア一号と二号がモニターに映し出された。
「“レーザー!発射ァ!!”」
二基のイキシアは同時にレーザー光線を放ち、怪獣の肩から生える触手を焼き切った、暗黒の海底よりも深く得体の知れない悲鳴をあげると怪獣は全身から黒い煙を噴出する。
「“視界を遮られた!!”」
煙は直ぐに晴れたが怪獣の姿は無かった、まんまと逃げられた様だ。
「“尻尾ならぬ脚を巻いて逃げたか、タコだけに”」
「“イキシア三号、怪獣が逃亡しました、一時帰還してください”」
「“え...了解しました...”」
アオイの洒落を華麗にスルーして、ユキヒラは現在こちらに向かっているリンドウに連絡を入れた。
「ここ数ヶ月の間に、もう何人も行方不明になってるんです、魚も釣れなくなったし」
「ふむふむ、なるほど、なるほど」
自分の暮らす島で異変が起きていますとネットに投稿された数日後に、投稿主も行方不明になったという話題を知った香燐たちは、そこへ取材に赴いていた。
「駄目だ、お姉さまはもっと顔はいい...」
取材場所は砂浜のうえに建てられたテント、猫鈴猫は木の枝で愛するお姉様の似顔絵を描いて暇を潰している。
「...顔“も”でしょうが!!」
「あははは」
「あっ!すみません!!」
仕事中にも関わらず、ツッコミを入れてしまったではないか、香燐は猫鈴猫を恨んだ。
「愉快でいいことです...」
「あっ!うしろ!!」
笑って許してくれた取材相手の背後にくねくねとうねる触手が迫っている事に気付き、香燐は咄嗟に彼女を突き飛ばした。
「きゃーっ!!」
「ああ!桃井記者!!」
取材相手の身代わりとなった香燐を捕らえた触手は、そのまま垂直に急上昇する。
「ごっ、ご機嫌よう海坊主さん、写真一枚撮らせていただけません?」
まるで吟味するように、怪獣の複数の目玉が捕えた獲物を凝視する。
「あっ!お姉さまが食べられる...てか...なんか...センシティブだ」
思春期の学生が捨てられている健全な本を見つけた時と似た、なんとも不健全な表情を猫鈴猫は浮かべた。
「この変態!性癖歪めかけられてる暇があったら助けなさいっ!!」
「葛飾北斎描いた蛸と海女の蛸は吸盤の生え方的には雌だそう、あっ、そうなると、こいつもだ...わたしいま春画の実写版を目の当たりにしてるのか...」
香燐に誤射しない様に慎重に触手が生えている肩に狙いを定め、指先から小型ミサイルを発射する...なんて重要な動作の準備なのに、妙なテンションで猫鈴猫は蘊蓄を語る。
「なっ!んなこと言われたら、恐怖心より羞恥心が勝つじゃないのよ!!」
血の気が引いて青ざめていた香燐の顔が今度は紅潮していく、それこそ茹でダコの様に。
「あらっ!?きゃああああっ!!」
猫鈴猫の目的を察した怪獣は、触手を振り回し始める、誤射率急上昇だ。
「くっ...もう本体をやるしか!」
「目が回る〜っ!ああ!もう!このタコ!!よくも私を辱めてくれたわね!!」
痺れを切らした香燐は、自分を縛りあげている触手に、怒りに任せて噛み付いた。予想外の痛みを触手に感じた怪獣は、うっかり彼女を解放してしまう。
「下は砂だからワンチャン助かったりは...しないわね!!」
「私が助けるから問題なし!」
数十メートル落下すれば奇跡的に死なずとも一生を左右する程の大怪我は免れないだろうが、こんなピンチに見舞われた時の為に、猫鈴猫は近くにいるのだ。
銀髪の守護者は足裏からジェットを噴射して上昇し、空中で香燐の鼻と自分の鼻でキスを交わした。
「...ありがとね!」
巨大化した自分の掌に立って、手を振っている小さな香燐に頷き返しつつ、猫鈴猫はそっと彼女を自分の足元におろした。
そんなシルバーの守護神の背後に、触手を揺らしながら邪神が迫る。
「...アズール・フロンテ」
猫鈴猫は怪獣の方に体を向け、掌を額の横まで上げる。彼女の額に青いランプが露出。
「発射!!」
額のランプから蒼白の細長いビームが伸びて怪獣の肉体に直撃すると爆発を起こし、怯ませて動きを一時的に停止させる。
「...シルバータイフーン!」
次に猫鈴猫は両腕をパーにして突き出し、右手の五指からミサイル、左手の五指から銀色のガトリング光弾を連射する。
頭部に、胸元に、太腿に、高火力の攻撃を一方的に浴びせられた怪獣は、触手を振り回しながら苦しみ悶える。
「よし、猫鈴猫の勝ちだわ!」
「話には聞いていましたが、本当に強い」
共に安全な場所まで離れて観戦していた香燐と取材相手は猫鈴猫の勝利を確信したが、勝ち目がないと悟った怪獣は触手に付いている吸盤から黒い煙を噴出し、島中を暗闇で覆い尽くした。
MINTから逃げた時と似た行動だが、煙の濃度や持続性は格段に向上している。
「前が見えない!」
「まるで私の人生の様だわ!!」
「桃井記者、強く生きてくださいね」
「とほほ...」
(こんな猫騙し、いや子供騙しが通用するか!)
猫鈴猫は全身に眩い光を纏い、超高速回転で島中の闇を吹き飛ばすが怪獣は海へと飛び込んで逃亡済みだ。
「ああん!逃げられたぁ〜っ!!!」
敵の逃亡を許したことに怒った猫鈴猫は、地団駄を踏んで悔しがる。
「うわーっ!やめなさい!!」
「うう...ごめん...」
地震を錯覚させる勢いで島中が揺れ、転倒しかける香燐に叱られてしまう猫鈴猫であった。




