月もにやける百合の女王
「逃げるのよ伊奈波ちゃん!」
グラウンドに発生した地割れから飛び出てきたウサギ怪獣は、杵を振りおろして校舎の一部を破壊する。
「きゃっ!!」
落ちてきた瓦礫を背中に受け、香燐は気絶してしまった。
「あ...ああ...」
腰を抜かしてしまい怯えるしかできない伊奈波を爛々と光る赤い目で見据えると、か弱き童女に対しても容赦なく凶悪な大うさぎは杵を振り下ろした。
「伊奈波ちゃん、あぶないっ!」
全速力で走ってきた空が伊奈波を抱き上げ、転倒しながらも振り下ろされた杵の攻撃を避ける。
「空ちゃんっ!怪我っ...!!」
ふらふらと立ち上がる空の膝は皮がめくれて血が出ている、相当な痛みだろうに泣き虫な彼女がいまは涙ひとつ見せない。
「これくらい、ぜんぜん大丈夫だよ、それより伊奈波ちゃんを守れてよかった...お月見、一緒にしたいもん...」
空はフッと気を失って膝から崩れ落ちる、痩せ我慢をしていても子供の身にはあまりに大きいダメージだったのだ。
「空っ!!」
「アッ!君も逃げるんだ!!」
伊奈波が必死に空の体を揺さぶっていると救助隊がやってきた、いつの間にか瓦礫と化した校舎、救助隊による生徒と教師たちの避難誘導が行われ、警官隊が怪獣に発砲するという危険な状況に陥っていたのだ。
「お姉さまっ!!!」
焦りの表情を浮かべる猫鈴猫が、二階から飛び降りて倒れている香燐に駆け寄った。
「あの怪獣を倒して子供たちを...みんなを守って...そうしたら一緒にお月見を...」
「わかった!約束するよ、あの怪獣は絶対に倒してみせるから!!」
「月みながら盃をいっぱい...うふふ」
「こんなときでもアルコール?しかも一杯じゃなくてたくさんってこと!?」
「ガクッ」
「それ口に出して言う生命体はじめてみた...」
とにかく猫鈴猫は気絶した香燐の鼻に自らの鼻先をあてる、今こそ怪獣との戦いだ、巨大化した猫鈴猫は銃撃する警官隊と火炎放射で抵抗するアルナブムーンの間に降り立った。
「女神様の降臨だ!!」
「やった!これで安心ですね!!」
戦闘早々、猫鈴猫は"アルギュロ・スペシャル"を発射するもアルナブムーンは満月状のバリアを展開して防いでしまう。
「開幕必殺技は効かないのがお約束じゃないのよ、ばか!」
月兎は口から三日月斬撃光線を吐いて、猫鈴猫を切り刻まんとする。
「あぶない!」
「猫鈴猫ちゃん、がんばってー!!」
空を背負っている伊奈波をはじめ、避難しながらも怪獣との戦いを見ている子供たちの声援が猫鈴猫に送られる... ... ...声援を受けたことで生まれた不思議な感情を、記憶メモリに新たに刻む銀の戦士は、飛んでくる残虐な三日月を側転のちバク転で避けきった。
「"シルバーカッター...射出!!"」
猫鈴猫の肘がパカッと開いたかと思うとそこから白銀の光をまとうブーメランが飛び出して、アルナブムーンの長い耳を切断した。
これにより戦意を喪失したアルナブムーンは目玉をポロリと落とし、背負っていた臼を足元に置いた。
「せんせーあれどういうこと?」
「さ、さあ...」
異様な光景に大人すらも困惑を隠せず、猫鈴猫もかなり警戒する。
(なにをする気なんだ!)
アルナブムーンは杵を何度も振り下ろしはじめた...自分の目玉を入れた臼に。
「ウサギが餅をついている!」
「うわあ!昔話みたいだ!!」
子供たちは先生が朗読してくれる絵本の内容を思い出しつつ、餅つきをするうさぎ怪獣を楽しそうに眺める。
「にゃ?」
やがてアルナブムーンは臼から餅を取り出すと、ペコペコと必死に頭を下げながら猫鈴猫に差し出した。
「...あれ目玉の餅だよね」
気持ち悪い食べ物だが、せっかく差し出されたものだし、地球人のうち特に日本人は食べ物を蔑ろにすると怒るから面倒くさいとデータにあったので、猫鈴猫は空に浮かぶ満月を見ながら素直に餅をいただくことにした。
「あっ!猫鈴猫ちゃん、あぶない!!」
だがやはりこれは怪獣の罠だった、猫鈴猫が餅を食べてる間にアルナブムーンは空高くまで跳躍し、杵を振りかざしながら落下してくる。
「にゃあ!」
猫鈴猫は腕をブレード状に変形させると落下してくるアルナブムーンの首に突き刺し、そのまま全身の皮を剥いでしまった、丸裸になった兎怪獣は、恥ずかしそうに胸と股間を両手で隠す。
「ぷふっ」
ちなみにこの光景は大人たちが笑いを堪えながらも見るなと言ったので、幸い子供たちの視界には映っていない。
「"にゃい"」
恥じらっている隙に猫鈴猫の容赦ないドロップキックを浴びせられたアルナブムーンは吹き飛ばされて海へと落下、塩水が体に染み込んで、ヒリヒリとした痛みを全身に覚えながら溺れ死んだ。
「あ!お空にまた太陽さんがのぼったよ!!」
本来の時間通りに太陽が空に現れ昼に戻る、人々は平穏を取り戻したのだ。
猫鈴猫による怪獣撃破の翌日、貴方がたの言う通り、もっとしっかり調査するべきだった...と防衛軍は学校に謝罪したらしい。
その日の、本物の夜を迎え、香燐は病院のベッドの上で本物の月を猫鈴猫と眺めていた。
「やっぱり本物は綺麗ね、あの子たちも私達みたいに、お月見してるかしら?」
香燐は猫鈴猫が病院近くの店で買ってきた月見団子を頬張りながら、伊奈波と空のふたりに思いを馳せる。
「きっとね...あーあ、病院の中でなんて色気がないなあ〜」
「どのみち無いわよ、わたしには」
「色気より食い気だもんね〜」
「食欲の秋とは言っても、色気の秋とは言わないでしょ?」
「確かに、あとは馬肥ゆる秋ともいうね」
「誰が馬よ〜!」
これはこれで、良い感じにお月見の時間を過ごしているとも言えなくもない香燐と猫鈴猫。
一方、空と伊奈波は...。
「お月さま綺麗だね、伊奈波ちゃん!」
膝に絆創膏を貼ってはいるものの、香燐のように入院は免れた空が、自宅の縁側に腰掛けて月見団子を美味そうに食べていた。
その隣には顔を赤らめる伊奈波がいた、どうやら約束どおり、ふたりでのお月見を楽しんでいるようだ。
「そっ、そうね、空ちゃんも、綺麗だよ...ひゃっ」
「団子みたいに、ぷにぷに!」
「ちょっとー!!」
伊奈波の頬を突っついてからかう空、臆病な今までの彼女なら、こんな事すらも怖くて出来なかった。
怪獣によりピンチに陥った伊奈波を助けた際に勇気を発揮してから、ただの泣き虫では無くなったのだ。
「ごめんね、わたし今まで色々と突っかかって」
「謝らないで伊奈波ちゃん、私の為だってわかってたから大丈夫だよ、怖かったけど...」
安堵させるためか、空は伊奈波の掌に自分の掌を合わせ子犬のように頬をすりつける。
「なんだか、せっ、積極的だね」
嬉しさ。驚き。伊奈波はすっかり、たじたじ、いつもの強気は何処へやらだ。
「空ちゃんが不器用すぎるんだもん!私が居なきゃ、駄目なんじゃない?」
「それ私がいつも言ってるやつ...あはは、お互い様なのね!」
「うんっ」
いずれ結ばれる今はまだ幼い二人の時間を、中秋の名月は夜の空から見守っていた。
終




