沈痛
ちょっと辛い展開があります。
その夜、広大な海を一隻のフェリーが航行していた、本日アオイが再会した親友・三船とその婚約者・玲もこれに乗っている。
「夜の海は涼しくていい、君の愛らしさに火照った私の体温を良い塩梅に調節してくれる」
「恥ずかしい台詞を惜しげもなく...だから気に入った…のかも、わたし」
「名誉だなあ」
黒い海を眺めながら夜風を体感できるデッキの上、周囲にも何組かのカップルがいたって気にしないで、三船と玲は二人だけの世界にどっぷり浸かる。
こんなにも特別感と充実感を覚えられる幻想的な幸福な時間があっても良いのかと思う二人だったが、怪獣は突如として不幸を運んでくる。
「どあっ!!なんだ!?」
まるで両手で掴まれて揺さぶられたかのように、フェリーが激しく震動、船員や乗客はパニックに陥る。
「海の上でも地震を体験できるなんてな、あとは飛行機乗ってるときにくりゃ陸海空制覇だぜーっ」
「その前に地獄の底へ墜落だなーっ」
そう言いながら屈強な乗組員が、強い揺れにより船から追放された、しゃがみこんで震える者や冷静に客室へ戻り、ベッドの下に隠れる者もいたが、殆どはこの様にどこまでも深く広がる漆黒の闇へ放り出されて沈んでいく。
しかしこの揺れすら、怪獣の巨体が接近した事により起きた不幸の前兆でしかないのだ。
「玲さん、これって...怪獣の仕業じゃ!」
「大丈夫!きっと船長さんがMINTに連絡を...」
「あっ、あれは!!」
怯えながら抱きしめあう三船と玲は絶望的な光景を目の当たりにする、相変わらず激しい振動を伴い続けるこのフェリーの甲板から、巨大な突起がまるでタケノコの如く生えてきたのだ。
「やっぱり怪獣だ...!」
「船に穴をあけたんだわ、ああ、私たちもう助からないのね」
「君と一緒なのがせめてもの救いだ」
「私だって!」
死を覚悟した二人は互いに強く抱きしめあい、高波を背景に口づけを交わした。
そして怪獣により大きな穴をあけられてしまったフェリーは爆発・炎上、沈没をまぬがれることができなかった。
救難信号を受けたMINTが駆け付けた時には既に怪獣の姿はなく、業火に包まれながら海に呑まれていくフェリーがあるのみ、それでも、急いで救助を試みたのだが... ... ...。
翌朝、ソファーに腰掛けてテレビを眺めていたアオイは、持っていた食べかけのサンドイッチをカーペットに落とした。
「よりによって、こんなタイミングで現れるか...」
テレビで流れていたのは昨晩親友とその婚約者が乗ったフェリーが沈没した事件についての報道で、乗客が全員死亡したことも伝えていた。
原因は怪獣による襲撃を受けたことによるものと発表、コメンテーターはMINTの到着がより迅速であったならばと苦言を呈している。
「やってられない気分だね、これを弾くのは何年ぶりかな」
アオイは押入れから埃を被ったギターを取り出し、幼い頃に使っていた自室の片隅でフォークソングを口ずさみながら演奏を試みる。
長いあいだ全く手入れをせずに放置していたギターは明らかに異音を奏でるが、自分でも耳が痛くなるような一人きりのコンサートをアオイは暫く続けた。
「弔い合戦だな」
やがて演奏を終えたアオイは誓う、親友と親友の愛した者の敵討ちを。
「隊長…T.M海域で謎の大渦が発生、既に三隻の船が巻きこまれて沈没とのことです」
MINT司令室オペレーターの一人が、ユキヒラ隊長に告げた。
「渡航禁止令は出されていたはずなのに、勤勉なのも考えものですね」
どうしても必要な仕事故に、危険と分かっていても渡航する仕事熱心さに呆れればよいのか感心すればよいのか分からない。
「T.M海域といえば...私の親友とその婚約者が乗ったフェリーが沈められた場所ですよね」
休暇を終え出勤してきたアオイ隊員の表情や声色からは普段の軽薄さが感じられない、ユキヒラとリンドウは彼女を気遣って葬儀の出席を勧めたが、どうしても怪獣は私がやると殺気立っている。
「そして海底開発が行われている場所でもあります、あの怪獣はそれによって目覚めた古代生物というのが、古生物学者さま達の見解です」
「ならば尚更、我々人類の手で怪獣を始末する必要がありますね」
「隊長、ようやく怪獣反応を見つけました、やはりT.M海域です」
オペレーターが怪獣発見を隊長に伝えた。
「みなさん、出動です!」
「了解!!」
ユキヒラ隊長の一声を受け、イキシア全機がMINT基地から飛び立った!!
「"あそこだ!”」
「”ミサイル発射!“」
「“了解、ミサイル発射!“」
出動から十五分ほどで目的のT.M海域に到着したイキシアたちは、レーダーに反応があるポイントへ三機一斉にミサイルを投下すると海中に轟音が鳴り響き、空高くまで海飛沫をのぼらせる。
「おいでなすったね!」
プカプカと魚たちの死体が浮き上がった海面から、ついに怪獣は顔を出した。
「”この怪獣をアルバゴンと命名、これを叩く!さあ、怪獣を叩きますよ、暁にはカツオの叩きでもご馳走して差し上げますよ”」
「“冗談言ってる場合ですか隊長〜”」
「”ふふ...調子が...いつも通り...アオイ隊員”」
なるほど気を張り詰めすぎては勝てるものも勝てない、先程のユキヒラ隊長によるつまらないジョークはアオイの緊張を解す為だったのだ!
...と、言う事にしておこう。
「“うわっ!あぶなっ...だけど敵を討つまでは絶対に墜ちるわけにはいかないんだ!”」
海面に顔だけ出した状態で、うっとおしい機械仕掛けの海鳥を落とそうとアルバゴンは口から空気弾を吐き出してきた。
「"作戦に私情を挟むのはよくありませんけど、墜ちないに越したことはありませんね、海へ逃げられる前に一気に倒しますよ!"」
「"了解...!"」
イキシアはアルバゴンの攻撃を避けつつ、これでもかとレーザーやミサイル、レールキャノンを浴びせて応戦を続ける。
しかしアルバゴンは倒れることなく、これにより出来た傷を癒やすために住処である海へと潜ってしまった。
「“アルバゴンが...また...海に... ... ...“」
「“あれだけの火力で倒せないとは”」
「”あいつらは逃げる場所もなく、海に沈められたのに、お前はその海に逃げるというのか”」
アルバゴンが海中を進むスピードは凄まじく、あっという間にレーダーから反応はロスト、MINTは帰還を余儀なくされるのであった。
しかし人々の平和のためにも諦めるわけには行かない、一刻も早く怪獣を倒す必要がある。
「お帰り諸君、我が子の出番と見た」
MINTが基地に戻ると、対怪獣兵器開発の権威・サルビア博士が勝ち誇った顔で待ち構えていた。
「となると完成されたんですね、“ウミユリ”が!」
こくり、サルビアは自慢気に頷いた。
怪獣=災害的な感じ