お告げ
巫女さんってかわいよね〜
カラスと鈴虫が鳴く夕暮れ時、閑散とした神社の鳥居の前に巫女服姿のアオイが立っていた。
「...不吉なこと?何が起きるってのよ...そんなこと...」
巫女を生業とする家庭に産まれたからか、定かではないが幼い頃から彼女にだけ聞こえる声があった。
それは大人になった今でもときどき聞こえる...といっても大人になると忙しくてそんな暇すらもないだけで、その気になれば毎日お告げに耳を傾ける事ができるのだが。
「お告げなんて簡単な話がネタバレ、明日は良いことあるか悪いことあるかなんて、分からないから面白いのに」
お告げが聞こえることなんかアオイにとっては全く嬉しくないのに今こうして耳を傾けていたのは、神主である親に頼まれてのこと、飽くまで金が貰えるので引き受けたに過ぎなかった。
「...お客様はよかったね、強気でいけば恋愛運抜群だって」
畳の上に正座して神主である親と卓袱台を挟み、アオイはお告げの内容を伝える、神主は湯呑みを手にしたまま、そうか…と、ただそれだけ言葉を返した。
「不吉な事が起きますなんて、私には別に何も言わなくても良いじゃんね〜聞いてないのに」
「忠告じゃろ、お前は常に死と隣り合わせの仕事をしているんだから真剣に聞きなさい」
「生憎わたしは神様より自分の腕を信じてるんでね」
堅苦しい雰囲気の苦手なアオイは、厳格な親に対しても軽口を躊躇わない。
「じゃ、給料よろしくね」
「...ほれ」
「まいど!」
いつの間にか巫女服から私服に着替えていたアオイは、万札二枚が入った茶封筒を受け取った。
「愛してるよ、お母さん!」
「娘に言われてもな」
臨時収入を得たことで、上機嫌に鼻歌を奏でるアオイ隊員であった。
休日・二日目、アオイ隊員は昼下がりの商店街を歩く、世界各国で怪獣は現れるから休む暇なく四十五連勤目に達した事と昨日、一昨日は怪獣災害が発生していない事が重なり、彼女は半ば強制的に三日間の休暇を与えられているのだ。
「いざ休暇なんてもらっても、こうして雑踏の中を歩くしかやる事無いなんて、寂しい人生だね〜我ながらさ」
親から貰った給料袋をズボンの尻ポケットに入れてはいるけど特に何かを買いに出かけてきたわけでもない、ただブラブラと気晴らしに散歩というだけ。
「おやおや、あれはぁ〜?」
アオイは少し先にある駅前のパチンコ屋から見慣れた顔が出てくるのを見て、口角を緩める。
「あっ...アオイ隊員...」
「やあ香燐さん、あいも変わらず負けたんだ」
だから辞めときなよって言ったのにと呆れる猫鈴猫の隣で、ギャンブルで負けて肩を落としている香燐にアオイは陽気に話しかけた。
「今日は休暇ですか、アオイ隊員は!」
「ええ、自棄酒なら付き合えますよ、うっかり機密情報だって漏らしちゃうかも...丸一日あれば」
「大人の会話はんたーい!一夜の間違いに繋がるじゃん!!」
なにを妄想したんだか鼻血の代わりに宇宙産の潤滑油を垂らしている猫鈴猫が、両腕をパタパタさせて断固反対の意を示す。
「馬鹿っ、真っ昼間から何言ってんのよ!」
つられて想像してしまった香燐も、顔が真っ赤になっている。
「いつも愉快だなあ、ふたりとも...っと...」
アオイは二人の肩越しに、彼女たちよりも深く記憶に刻まれた人物を発見した。
「やっぱり急用あったよ、ではでは〜!!」
香燐たちに有無を言わさず駆け出すアオイ、さすがは日頃から訓練を欠かさないMINT隊員だけあり、あっという間に背中が見えなくなってしまった。
「えええええ〜っ!大人な時間を過ごせると思ったのにい!!」
「お姉さまくらいになると、人を選んでる余裕がなくてやだね、さ、ボウリングかカラオケでもいこ」
「備品壊さないでよ...?というか今の暴言で私の心が壊れましたー!!」
モテモテだった学生時代は、もはや遠い記憶の彼方であることを思い知る香燐であった。
「よっす〜三船」
「おおっ、アオイ!久しぶりだなあ!!」
人気のドーナツ屋に入り、アオイが目の前に並んでいる人物の肩に手を置いて話しかけると、それは思った通り学生時代から付き合いのある三船ユリだった。
「まあユリさんのお知り合いですか」
親友の隣に立っていた、アオイも見たことのない清純そうな若い娘が興味津津と聞いてくる。
「あなたは?」
「御紹介が遅れました、私はユリさんと結婚することになった、葛木 玲といいます」
「実はこういうわけなんだ」
自分の肩に恋人の頭が乗ったユリは、一丁前に照れている。
「おまえ結婚するんだね」
「ああ、式は一週間後なんだ、招待状は出しといたが念のために今ここで返事をきいとくよ」
「もちろん行くって、親友の結婚式なんだしさ」
「ありがとな!」
がっしり腕を交差させたのち握手する恋人と、恋人の親友の熱い友情を、玲は嬉しそうに見守った。
「けどふたりとも、お客さんの迷惑にならないようにね」
「あ。」
玲に言われてはじめて、アオイと三船は周りの視線を集めていることに気付く、クスクス笑っている若者もいれば、睨みつけてくる中年層もいる。
そんな客たちに、二人はペコペコと頭を下げた。
...にしても、親友が結婚なんて幸せなことじゃないか、何が不吉な事が起こるだよ。
ま、あれも当たったり外れたりだしな...今回に限って言えば外れてくれてよかったけどさ)
仲睦まじく同じ味のドーナツを食べている親友と、その婚約者を眺めていると、お告げが外れた事を含めて嬉しくなってきて、アオイは思わず頬を緩める。
「ふう、ご馳走さまでした」
「それじゃあアオイ、私達はこのあと二人きりでデート続行なんで失礼するよ!」
このカップルときたら食べるドーナツの味も同じなら食べ終わるタイミングも同じだった、誰がどう見ても相性抜群だ、きっと幸せなふうふ生活を送れることだろう。
「やれやれ、お熱いことだね」
「からかうなよ、またな」
「ああ」
アオイは久々に会った親友たちと別れ、またひとり雑踏の中を彷徨って休暇の時間を潰すのだ。
ずっと休暇、ずっとアニメや特撮貪りたい!