凶悪犯、襲来
う〜親が癌になっちゃったよ〜まだ重い状態じゃないにしろ手術が必要ってさあ。
全宇宙で指名手配中の凶悪怪獣カガビランが、逃亡先として選んだ地球の郊外に不気味に佇んでいた。
犯罪者怪獣がギョロギョロと左右に目玉だけを動かして周囲を見渡すと、その視界に介護施設が目に入った。
ここから数キロも離れているが、昼食時らしくお年寄り達が職員による補助を受けながら、食事を楽しんでいる光景まで確認できる。
"ニヘラヘラヘラヘラ"愉快そうに鳴き声を発すカガビランは、棘付き棍棒の様な尻尾を地面に叩きつけ、その反動で前方に跳躍した。
「なんだ!?」
尻尾を利用した大ジャンプで、カガビランは介護施設の敷地内に侵入、ゲートボールをしていた入居者や職員を見下ろした。
「蛇神様じゃああああああ!!」
「邪神の間違いじゃないの!?」
「儂らを置いて若者たちだけで逃げとくれ...」
「そんなことできるはずないでしょう!私達はこの仕事に誇りを持っているんだ」
「すまないねぇ」
入居者の殆どが高齢者ゆえに歩みは遅く、また入居者を見捨てるわけにはいかない職員も、迅速に逃亡できるはずもなし。
そんな様子に、カガビランは愉しそうに体を上下に揺らしたかと思うと、その巨体がまた飛び跳ねる。
「ぎゃああああああッ!!!」
着地ついでにカカビランは、逃げゆくものたちを纏めて数十人単位で踏み潰し、生き残った人間も尻尾で薙ぎ払う。
殺戮に満足したカカビランは、口から黒く曲がりくねった光線を吐いて介護施設に浴びせ、蝋細工の如く、ドロドロに溶かしてしまうのだった。
「"目標を発見、直ちに攻撃用意"」
既に介護施設は全滅した後だが、怪獣出現の通報を受けた防衛軍の戦車連隊がやってきた。
「"なんて酷い真似をしやがる、ちきしょう、撃てぇい!"」
十数台と並んだ戦車から、砲弾が一斉に発射され、カガビラン目掛けて向かって飛んでいく。
鋭く巨大な両目が妖しく光った。嵐の様に宙を舞っていた砲弾が一斉停止した、その数秒後だ。
「"なにいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!"」
空中で一時停止していた砲弾のひとつが爆散したのを皮切りに、他の物も連鎖的に同じ現象に見舞われ無力化された。
「"砲弾が駄目なら光線はどうですかね!"」
陸が駄目でも空にはイキシア三号がいる、アオイ隊員はカガビランの心臓部数メートル手前まで急接近。
「"発射ぁ!"」
アオイ隊員が操縦桿に備わるボタンを親指で押すと、イキシア三号から青色のレーザーが放たれるが、これは科学兵器の権威であるサルビア博士によりアポカリオンが猫鈴猫に放った光線を解析して再現したものである。
「"おっと...まじか"」
アオイは驚愕する。人類の科学力で再現された怪獣の光線も、カガビランの体には跳ね返されてしまったのだ。
反射した青色レーザーは、イキシア三号の右翼を粉微塵に破壊した。
「"ああもう、脱出〜!!"」
パラシュートによってアオイ隊員も脱出したのを見たカガビランは、満足気に体を上下させ、嘲笑うように霞と消えていく。
「怪獣が現れた付近に落ちていた皮膚片を回収し、サルビア博士に解析を依頼したところ、ガラスと銀を合わせたような物質で構成されていると判明しました」
中国大陸で怪獣を撃破してMINT基地司令室に戻っていたユキヒラは、コーヒーカップ片手に、帰還してきたアオイに怪獣の情報を伝えた。
「全身が鏡の怪獣ですか、道理でレーザー光線も反射されてしまうわけだなあ〜見た目によらないね」
「はい、ですから、かなり、その厄介ですよね」
「ん〜?」
テーブルの下から小さな音が聞こえてくるので、アオイが確かめてみると、先程から何やらそわそわしているユキヒラの爪先が、僅かながら左右に行ったり来たりしているではないか。
「あの、隊長?」
「え...なんですか」
コーヒーを一気飲みし、ユキヒラは狸に馬鹿されたような間の抜けた顔で見てくる部下を不思議そうに見返す。
「いやですね?今日もしかして午後六時に閉まる定食屋に食べに行く予定なのにスケジュール的に間に合わないかもしれないとか、どうしても見たい野球中継があったりとかします?」
「ありませんよ、私の趣味はこの仕事ですから」
「...説得力ありませんよ?恋人さんがそんなに心配ですか〜?」
悪戯な微笑を浮かべながらアオイはユキヒラに聞いてみる、彼女は首を傾げるフリして最初から理由を既に知っていたのだ。
「わかりますよねぇ」
「そりゃあ隊長が落ち着かない時は決まって健康診断の結果待ちかリンドウ隊員についての事と決まっていますからね」
「なかなか良い性格してる部下を持って、幸せな上司ですね、私は」
「褒めたって、何も出ませんよ〜!」
嫌味に対して満更でも無さそうな部下に呆れてものも言えないユキヒラだが、確かに、ちょっとだけ気が紛れたのも事実であった。
宇宙クラスの指名手配犯ってどれくらい肩身が狭いのだろうか?