お姉様との出会い
怪獣と百合、一般受けしなそうな組み合わせですが、書いてて楽しいから仕方ないんです。
「由美ってば、それ六十年前の歌じゃない!」
「やば!一体何歳なのよ、つーか、それ知ってる雅美も大概じゃん!!」
「そう言う奈美はミーハー過ぎて発表されてから一年以内の曲しか歌わねえだろ」
「流行りに乗るのって楽しいんだから仕方ないじゃん」
草木も眠る丑三つ時になろうと、キャンプ場に訪れている若者達は全く眠る気配が無い。
退屈な睡眠の暇があるならば、闇を照らす火を取り囲んで、みんなで歌い、ギターを弾く楽しい時間に費やす。
キャンプファイヤーは火神への崇拝が起源とされるが彼女らにとっては興味なし、飽くまでも自分たちの友情をより深く強くする為の儀式に過ぎない。
「...ねぇ、なんか聞こえない?」
ギターを弾いて場を盛り上げていた奈美が、急に指を止めたかと思うと妙な事を言い出した。
「おっ!夏に相応しい怪談話ってヤツですかなあ、女の啜り泣く声だったりして!!」
「ちょっとやめてよぉ!」
奈美の言葉に、気のせいだろうとは思いつつも友人たちは目を閉じ、耳を傾けてみる。
聞こえてくるのは、虫の...蛙の...鳴き声なんてのもない、静かなもの...とは言い難かった。
ただひとつ深い森の真上に広がる夜空に、やたら大きな鳥のような鳴き声が確かに静寂を引き裂いているのだ。
「あ...れ...なんすかこれ」
「わかんない!怖いよぉ!!」
若者たちが巨大な鳴き声に肩を震わせて抱き合っていると、テントを設置してある背後から鼓膜が破壊されそうな轟音と震動が発生した。
恐る恐る振り返ると、先ずテントを踏み潰している、鶏足に似た脚が視界に入る。
幽霊でもない限り、脚があるならば勿論そこから上の肉体も存在する。
少女たちが顔をあげてみると、赤い鶏冠の様な物が黒の中に浮かび、爛々と光る目玉が此方を見下ろしていた。
「幽霊の方がマシだったかもね〜」
「どちらかといえば、ウチらがこれから幽霊なる展開じゃね...!」
闇夜に融けていた黒い嘴が、無慈悲に若者たちへと振り降ろされた。
巨大な怪鳥は人肉だけを体内に取り込み、口に合わなかったのか衣服だけは吐き出した。
五名も捕食しておきながら空腹は満たされなかったので、しゅん・・・と肩を落とした怪鳥は、キャンプ場を飛び去るのだった。
まったく!編集長ってば、こんなとこに向かわせるなんて、パワハラなんじゃないかしら!!」
茶の長髪に茶のロングコートという、夏だというのに秋か冬気分かと突っ込みたくなる服装の女性が、若者たちが怪鳥に食われたキャンプ場にて、怒りを露わにしながら一心不乱に写真を撮りまくっている。
事件から一週間後の日中に、この桃井 香燐記者が憤っている理由は、暑い、最近競馬でかなりの額を失った、アパートの水道を止められた...などなど、原因を探ればいくらでも候補が浮かんでくる。
或いはその全てなのかもしれないが、違う、もはやそれらには慣れた、今の憤りの原因は上司からの理不尽な命令だ。
「ここに来ていた若者五人は全員行方不明、現場には唾液まみれの服が遺されていた。
生物学の権威であるシルビア博士は、衣服に付着した唾液を調べたところアミラーゼが殆ど検出されなかったことから、彼女らは巨大な鳥類型の怪獣に食われたのではないか...と発表した、
じゃないわよ!私も食われるじゃない!!」
今朝出社して、編集長に今回の事件で他社より先にスクープを掴めと命令された際、ついでに知らされた情報は香燐を萎えさせるに十分すぎるものであった。
「くっそぉ、私だって借金が無きゃ、こんな仕事とっくに辞めてるのに...あの頃が懐かしいわ」
大きめの石に腰掛け、直ぐ側を流れる川に映した自分の顔を眺めながら香燐は学生時代を振り返る。
「あの娘もこの娘も狙っていたわね、クラス一の美少女である、私の隣の席を...」
自分で言うなよ自惚れめ、と思われるだろうが実際のところ香燐は美人の類である。
加えて面倒見もよく文武両道なのもあって、学生時代の香燐はとにかくモテていたのだから羨ましい限りだ。
「”お姉さま!私などではつり合わないのは承知の上です、だけどこの気持ちは抑えられません”」
「”あなたが好きなんだけど、この私の人生をひとっ走り付き合いなさいよ”」
「”好き好き好き好き愛してる”」
「”私だけを見てください、貴女が別の人を見てる時わたしは貴女を見ています”」
香燐は自己肯定感を上げるため、周りに誰も居ないのを良い事に、今まで告白してきた女子たちから聞かされたセリフを自己再生しはじめた。
こんな痛々しい振る舞いを誰かに見られたらドン引きされる事態は免れないだろう。
「うふふ、今でも鮮明に一言一句思い出すわね、てか告白してきたの全員女子だったわね、私も女子が好きだから都合がよかったけど」
それが今じゃ女子からすらもモテません、悲しいかな美しき華も枯れ果ててしまえば誰からも注目されないのである。
「へ〜!告白された時の台詞、ぜんぶ覚えてるんだ、気持ち悪いね、お姉さま!!」
幼く無邪気な声が、香燐の耳元で悪口を囁いた。
「この私が気持ち悪いなんて...ってアンタ誰よ、いきなり現れて見ず知らずの相手をお姉さまと呼ぶなんて、気持ち悪いのは一体どっちかしら!!」
「仮に百人を対象としてアンケートを実施すれば、気持ち悪いのはお姉さまに八十五票、私に十五票くらい入るだろうね」
くすくす笑いながら、茂みから香燐の目の前に現れたのは銀色の髪に琥珀色に輝く瞳を持つ幼気な少女だった。
いくら美人と言っても、幼女に対しても大人げない台詞を吐く人間になってしまっては誰からも好かれなくなって当然だろう。
「失礼な子ね、お可愛くないこと!私は仕事中なんだから邪魔しないでよ!!」
「過去の栄華に縋り付いて現在を堕落していく職業なんて、この惑星にはあるのかな」
「こっ、この...意味不明な事を、あら?」
ふたりの頭上を黒い影が通過した、一見すると鳥のシルエットだが違和感を覚えずにはいられない、鳥にしては、あまりに巨大すぎるのだ。
「食われて死にたくないけど仕事しないと首を切られて野垂れ死ぬ...働いて死ぬか、働かずに死ぬか、二つに一つね!」
香燐は巨大な黒い影を追い掛けて駆け出したが――――怪鳥はマッハ三のスピードで飛んでいる。
超音速に顔が良いだけのダメ人間が、動画撮影しながら走って追いつける筈などなかった。
「あ〜くそ!影は見失ったけど明日を見失う訳には行かないのよね、よし、飛んでったのと同じ方角へ走り続ければきっと遭遇できるわ!」
前向きな気持ちで再び走り出すこと二時間、気付けば香燐は、不気味な廃トンネルの入り口前に立っていた。
他のところは一話完結で一話一万字とかですが、ここでは分けて連載するとしましょう。