覆水って盆に返りませんのよ?~転生王妃のため息~
この世で一番嫌いな相手と結婚しても、情すら湧かないのが普通じゃない?と思って書きたいように書きたいところだけ書いたよ!
設定はふわっと。
御存知?覆水は盆には返りませんのよ。
とある外国の言葉ですわ。貴方様にも理解できるよう簡単に申し上げると、こぼれた水は戻らない……ですわね。一度起きてしまったことはなかったことにはできないのです。
つまり、もう遅いということですわ。
……はぁ。初顔合わせの日のことは覚えてらして?ええ、私達の。懐かしい?一体どういう神経をなさっていたらそんなことが言えるのかしら。
あの日、貴方が私に何と言ったか覚えてらして?
呆れた。まさか本当に忘れてらっしゃるだなんて……すべてはそこから始まっているというのに。
一つ教えて差し上げるわ。照れ隠しで他人を罵倒する人間なんて、そうそういないのですよ。そんなことをするのは精々貴方くらいでしょう。……ああ、訂正致しますわね、昔の貴方くらいですわ。
ですから、ご理解いただけるかしら。
貴方が常々不満に感じていらした、公の場以外での私の態度は、決して照れ隠しでも愛情の裏返しでもなんでもない。本気で、本当に、心から──私は貴方のことが嫌いなのです。
今すぐにでも貴方の妻という不快極まりない立場を捨ててしまいたい。貴方と結婚するくらいならば死んだ方がまし……婚約者時代の私は、ずっとそう思って生きておりましたわ。
実際何度か試みましたのよ。
ふふ、何をってこの世から旅立つことをですわ。もしかしたら懐かしい世界へ戻れるのではないかと期待して──尤も、貴方の寄越した監視が目を光らせていましたから、どれも失敗に終わりましたけれど。
王家の影を私的に使うだなんてどうかしていますわ……それを許した貴方のお父上も。
ねえ陛下。私、本当に頑張ったと思いますわ。
初夜の日、私は全身に鳥肌が立って吐き気さえしていたというのに震える私を押さえ付けて貴方は事をなさいましたわね?
その一度で子を生せればよかったのに……随分と時間が掛かってしまって。私、何度神を呪ったことか。
生まれてきた子ども達と私が関わらないことが貴方には気に入らないようでしたけれど、ええ、確かに子に罪はありませんわ。
ですが、貴方によく似た蒼い瞳を見ていると……私、我が子に手を上げる最低の親になってしまいそうで。
それどころか、いつか手に掛けてしまうのではないかと──ええ、それ程私は追い詰められていたということですわ。
ですから陛下。もう私を解放してくださいませ。
意味がわからない、という顔ですわね?
私、王妃としても立派に勤めてきたつもりです。子ども達もすっかり育って、立太子もつつがなく終わった。もうこの国は、次の代へと進み始めているのですよ。
ですから陛下。私は病の療養の為に離宮へと移らせて頂きたく思います。感染の恐れがあると傍医に言ってもらって、半ば隔離されるような形が望ましいですわね。
……はぁ。
陛下。私はね、もう一秒足りとも貴方の隣にいたくないのです。
触れないで、見ないで、聞かないで、聞かせないで、見せないで、私に貴方を押し付けないで……!
何故そんなに嫌うのか?
まだそんなことを仰るの?顔合わせの日から婚約者時代、今に至るまで──貴方に、亡き母譲りの黒髪を『妖魔のようだ』と蔑まれ、乱暴に引っ張られたあの日からずっと……貴方を憎み続けてきました。
私は、一瞬たりとも貴方を愛したことはありません。
そして勿論、これからも……貴方を愛することはない。
陛下、下手な言い訳は聞きたくありませんわ。幼い頃の一度の過ちを根に持ち続ける愚かな女と思っていただいても構いません。
それでも私は、貴方から離れたいのです。これ以上貴方の傍にいたら私──
貴方を殺めてしまいそう。
ふふ、これが愛憎ならばどんなに素敵だったか。私にあるのはただただ嫌悪と憎しみだけ……いつまでも私に執着し続け、王命を盾に私を苦しめ続けた貴方を絶対に許しません。
だから陛下。私を手放してくださいませ。そして離宮へ籠ったら、愛妾の元へどうぞ心置きなくお通いください。
ご安心ください。あの愛妾は私が用意した方ですから。分を弁えた、けれどとても可愛らしい貴方好みの女性でしょう?
これからもずっと、陛下を癒し続けてくださいますわ。
陛下……?あら、ふふ。そんな悲しそうなお顔をなさるなんて。
私、とても胸のすくような思いですわ。
さようなら、私を苛み続けた貴方。
好きの反対は無関心などと申しますが、貴方と物理的に離れられればすぐにでもそうなる筈ですから安心なさって。いつまでも憎まれているなんて、執着されているようで気持ち悪いでしょう?
──ああ、やっと自由になれる。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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