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第五話 外の風景と警邏

 私は着物をある程度なおして、外にでる準備をしていた。

コハルさんはすでに玄関で待っているので、私も、草履を持ってそちらに向かう。

しばらくすると、ツトムさんも奥から出てきた。

「すまん。待たせた。」

ツトムさんがそういってこちらに歩いてくる。

「ツトム君、そんな正装で行かなくてもいいんじゃないの。」

コハルさんはそう言って顔を歪める。

「まあ、一応仕事中だし。」

改めて見てると、ムラタさん、コハルさんがTシャツ一枚なのに対して、ツトムさんはスーツである。確かにこの並びならツトムさんの恰好はかなり異質だ。

「まあ、別にいいけど、じゃあ、行きましょう。」

コハルさんはそういうと、少し重そうに玄関の扉を開けた。私も閉まりかける扉を支えながら続いて外に出た。


 部屋から出て外の風景に目を移すと、私は驚いてそのまま固まってしまった。

まず目に入るのは、部屋の中の現代風とは打って変わった板張りの床の細い廊下。木造アパートというものではあろうが、ボロさは全くなく、むしろ白い漆喰の壁はきれいに傾きかけた日を反射している。二階の柵の向こうには黄土色の大きな道とレンガ造りの建物が見える。

「これは・・・。」

私は木の柵の手すりに手をかけて周りを眺める。

そこは明らかに私の知っている世界と違っていた。

「驚いたかな。」

ムラタさんが後ろから話しかける。

私は少し驚いて振り返る。

「は、はい。中と外の雰囲気が全然違くて。」

「ツトムは慣れてる方がいいからって、わざわざ内装をあっちの世界と同じにしてるんだよ。こっちの世界はどっちかっていうと、大正時代に近いのかな。」

ムラタさんがそういうと、鍵を閉め終わったツトムさんも振りむいて言った。

「大正浪漫ってやつだよ。ただ、時代が進まないんで、いろんな時代の建物が混在してるけどな。」

ツトムさんは壁を軽くたたきながら言った。


 私は三人の後ろからアパートの階段をおりていった。周りの建物はツトムさんたちのアパートと同じような感じだった。草履と土が接するたびに独特の音がする。

 少し歩くと、路地を抜けて、少し広めの道に出た。

看板と電柱が立ち並び、道の両脇を商店が埋めている。そこにはたくさんの人々が歩いていると同時に掛け声が聞こえてきたり馬車がはしっていたりとにぎやかな場所だった。色とりどりの上り旗が道に向かって寄りかかっている。

着物を着ているとてっきり目立つものかと思っていたが、歩いている他の人たちも着物やスーツや袴など、私と似たような服装だったので、そんな心配も杞憂だった。

「ここは八手仲見世通りっていうのよ。ようは商店街かな。」

コハルさんが私にそう教えてくれた。

「すごく活気がありますね。私の近くの商店街と大違い。」

私もコハルさんに言う。

「そうね。向こうとは違っていいところよ。温かさがある。」

コハルさんはしみじみと言った。


 しばらく歩くと、通ってきた道と同じくらいの大きさの道との交差点に差し掛かった。

そこを右に曲がると、さっきと違って舗装された大きな道路が現れた。

 ツトムさんとムラタさんは何か話しながら並んで歩き、その後ろをコハルさんと私がついて行く。私はまるで朝の連続ドラマのような風景を前にひたすらに首を右左にするだけだった。そして、なんだかふわふわしたような高揚感に近いものも同時に感じていた。


「ここだよ。さくらさん。」

ある店の前で止まり、ツトムさんが振り返って私に言った。見ると、さっきの紙袋についていた印がついた暖簾が軒先にかかっていた。立派な建物でおばあちゃんの家を思い出した。

「じゃあ、コハルと、俺で入る。ムラタはあれな。」

ツトムさんはムラタさんに言う。

「え、あれって。」

ムラタさんが素っ頓狂な感じで聞き返すと、ツトムさんは顔を少し振って「あれだよ。」と言って何かを合図した。

「ああ、そういうことね。わかった。」

ムラタさんがそういうと、ツトムさんは「いれるなよ。」と言って入り口に入っていった。

私は、二人を見て少し固まっていたが、コハルさんが「入りましょう。」といって私の手を引いて歩きだした。なんのことを言っているのか全く分からなかったが、私もそのまま手をひかれ、暖簾をまくってコハルさんたちに続いた。


「いらっしゃいませ。」

ツトムさんが引き戸開けると、中から女性の声が聞こえた。私も入る。

中に入ると、そこはすぐ土間になっていて、一段上がると板張りになって、その奥に畳が広がっていた。壁沿いにはズラッと反物が積まれている。

前では年配の女性と若い女性の二人が正座で私たちを迎えていた。

「どうも、さっき話したとおりで、よろしく頼みたいんだが、」

ツトムさんが二人に話しかける。

すると、年配の女性の方が答える。

「ああ、じゃあ、この子が。わかりました。湊さん、一式とってきてもらって。あと吉さんの方にも伝えてきてくれる?」

「は、はい。わかりました。」

そういうと、もう一人の女性は立ち上がって奥の方に向かった。

「外に連れがいるんだが、暖簾を外しても?」

ツトムさんが聞くと、年配の女性は「どうぞ」とうなずいた。

すると、ツトムさんは振り返って扉の方にもどり、外に出ていった。内容は聞こえないが、ムラタさんと話しているのだろうか。

ツトムさんの方を向いてると、反対側から声がした。

「どうぞお上がりください。お嬢さんも。」

私は、自分で手を強く握っていたのに気づいた。

手汗も感じる。やはりまだ緊張しているのだろうか。

「ほら、おいで。」

コハルさんも手招きしてくる。

私は軽くうなずくと、コハルさんに続いて一段上の畳に上がっていった。



 一方、外ではツトムとムラタが立っていた。

「お前はいかなくていいのかい?」

ムラタはツトムに尋ねる。

「逆に聞くが、男がいたらいやだろ?」

「まあ、確かに。」

二人がそんな話をしていると、道の横から二人の男がツトムたちを囲うようにスッと出てきた。その男たちは「警邏」と書かれた腕章をつけている。

「警察です。失礼します。少しお話いいですか。」

一人が聞いてくる。

「いいですかって拒否権はないんだろう。三回目なんだよなあ。」

ツトムは少しあきれたような顔で言った。

「そうですか。ありがとうございます。それで、さっき一緒にいた女性とはどのような関係で?」

「その前に身分証の確認が必要なんじゃないか。」

「質問にお答えください。」

もう一人が言ってくる。

「だから身分証確認が答えだってことだよ。先に確認するのが規則だったはずだろ?それをやぶるのか?」

ツトムは落ち着き払った様子で警察官二人と対峙する。

「わかりました。では身分証を提示してください。」

警官はツトムを睨みつけながら言った。

「いいのか。そんなことしても。後悔しても知らないぞ。」

ツトムは少し笑みを浮かべる。

「そ、そんな言い方したら、」

ムラタがツトムにそういった瞬間に怒声が響く。

「さっきから何を言ってるんだ、貴様は!舐めているのか。さっさと出せ!」

警察官はツトムに向かって手を差し出す。もう一人の方は腰につけたサーベルに手をのせている。

ツトムは腕を組んだまま警官の目を見ていたが、もうひとりの方を一瞥するとため息をついた。

「おまえさん、うちらがどういうやつか知らないな?まあ、上から言われてやってるだけだろうが。こっちだってバカじゃないからね。三日前くらいからつけられてるのはわかってる。あそこにいるのはどうせ特高の連中だろう?」

そういってツトムは奥の建物の方を指さす。そこにはスーツを着た二人の男が建物の隅にこちらを見ながら立っている。目の前の二人の警官はそれを聞くとそのまま押し黙ってしまった。

「つまるところ、釘を刺しに来たかんじか?地獄の連中と交流があるからな。」

ツトムはそういうと、胸ポケットに手を入れてはがきサイズほどの二つ折りのケースを出した。そして、それを開いて中から1枚の紙と木札を取り出した。

「ほら、これでいいか。これが民部省の省符。それでこれが俺の身分証。」

紙には民部省の印が大きく右に押され『此岸寮監視部ノ行ウ行旅人二ヘノ周旋ノ許可及ビ保証書』と真ん中に書かれている。木札には真ん中に大きく金色の菊の御紋が埋め込まれていた。

目の前の警官たちはツトムの出した木札をみると目を丸くした。

「こ、これは、失礼いたしました!ご無礼を。」

警官たちはそういって敬礼した。

「おう、おう。やっぱり知らなかったな。まあ、いいよ。とにかく上のやつには邪魔するなと言っといてくれ。」

「は!わかりました。失礼いたします。」

そういって警官二人は敬礼をして離れていった。ふと向こうを見ると、先ほどのスーツの二人はいつの間にかいなくなっていた。


 「突然いなくなったね。」

ムラタはツトムにそういった。

「ああ、どうせ釘指しにきただけなんだろうな。本地派と地獄の連中とかかわるな、と。」

「それだけのために警官をよこしてくるのかい?」

「警保局は仏教が神道に入ってくるのを一番警戒してる。地獄とは一応戦争中だし、冥界が共同地域である以上、俺らは関わっている事になるから仕方ないさ。」


 ツトムたちのいる天上界は明治の初めに神道が仏教から取り返した土地である。

天上界は神道が管理する地域と、仏教が管理する地獄で分割された。しかし、神道の地域では残された仏教派天上人によってクーデターが起こされ、それに便乗して地獄が侵攻し、戦争となった。

今は元の形で休戦中である。


「でも、警戒はしておいた方がいい。いくら菊の御紋があるからといって、特高は何してくるかわからん。つつかれるようなことはしないに越したことはない。」

「・・・そうだね。君は、自信があるのかい?」

ムラタはボソッといった。

「なんの自信だ?」

ツトムがそう聞くと、ムラタは目線を店の方に向けた。

「・・・。ああ。はっきり言うと、自信は、ない。だが、こうなったらもう仕方がない。隠し通すしかないさ。」

ツトムは静かに言った。

「そうか・・・。僕は何も知らないからね。」

ムラタはまっすぐ前を見て言った。

「ああ、お前は偶然居合わせただけだ。」

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