前書き 天上人
ーカン・カン・カン・・・ー
また、踏切の鐘が鳴る。相も変わらず遮断器もゆっくりと降りていく。
しばらくして、列車が通ると、鐘が止んで遮断器も上がる。
そして、また人々が動き出す。
モニター越しにそれを見つめがら椅子に深く座る。
何も変わらない、機械的に繰り返す動作。
「変わらんな。」
ふと、コップを片手にそうつぶやく。
すると、後ろから声がした。
「日常ってそんなもんだろ?監視員ってのはつまらんもんよ。」
俺が振り向くと、ムラタはコップを片手にコーヒーメーカーの前に立っていた。
「つまらんとは言ってないだろ?というか勝手に飲むなよ。」
「いいだろって。こんなに一人じゃ飲まないだろ。椅子借りるぞ。」
ムラタはそう言って俺の隣に座った。
こいつはいつも家に勝手に上がり込んできては、しばらく居座る。
まあ、特段何か邪魔するわけでもないし構わないと言えばそうだが。
「お前、仕事はいいのか?」
俺はふと尋ねる。
「仕事?今日は昼から非番だよ。まだ書類が残ってるけど、夜やれば終わるよ。」
「そうか。まあ、ちゃんとやっとけよ。怒られるからな。」
「天上まで来て、まだ上に怒られるのか・・・。こっちも向こうも変わらんな。」
ムラタはそう笑って言うと、椅子からおりて、後ろの床のカーペットに寝転がる。
俺はすかさず事務椅子を回して、ムラタの方を向く。
「おいおい、ただでさえせまいのにもっと狭くなるだろう。」
「知らん、知らん。文句は大家に言えっての。」
そう言ってムラタは床で足を延ばして、ウダウダし始めた。
こうなると、こいつは長い。おそらく最低でも二時間はいる。
「全く、これが天上人だって知ったらあっちの人たちも失望するな。」
俺はモニターに映る人の動きを見ながら言った。すると、ムラタはクルっと体を回して両肘を床についてあごを支える。
「それはそれで、こっちの世界に失望して、お前みたいのが減るだろ?俺は現世に留まるように促す天使なのだよ。ハッハッ!」
ムラタは胸を張って言った。冗談なのかなんなのかイマイチ判断がつかない。
俺は「そもそもお前は天使ではない。」と言いかけた。が、もしかしたら向こうから見れば俺らは神なのかもしれない、とも一瞬思った。
俺は大きくため息をつく。
「なんでもいいけど、さっさと戻ってくれよ。お前は知らんが、俺は、暇じゃないんだ。あと、昔の話はするな。」
俺はまた、モニターの方に向き直した。
「へいへい。前向きに検討しておきますよ。」
ムラタはそう言ってテレビのリモコンを手に取って電源を入れた。
もはや帰る気はなさそうだ。こんなのも一応天界の人っていうんだから世も末だ。いや、ここが末か。
上から眺めながらそう思った。